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Escape(逃亡)⑥
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ヨークが音声認識で電話をつないだ。七コール目で相手が応じる音がした。
『……Hello?』
こちらを警戒する硬い声だった。登録外のナンバーだから当然だ。
「ナタリー、俺。シーだよ」
C-rayの、Cだ。以前ナタリーに呼ばれていた名前を告げた。一年半ぶりの会話だった。忘れ去られたかという心配は杞憂だった。
「シー? うそ、どうしたの? どこから電話かけてるの。あなた、廃棄になったって話、あれ撤回になったの」
ナタリーはヒューマノイドのデザイナーだ。俺のデザインも手がけた。いわば生みの親だ。いまはフリーだけど、コンプリート社に勤めていた時期もあって、元同僚経由で廃棄の話が伝わったのかもしれない。
ついでにいうと、俺は半年ほどナタリーに雇われていた。先生のアシスタントの次に就いた仕事で、身の回りの世話が主だった。
半年ほど経ったある日、突然ナタリーの婚約者にクビにされた。ロボットとはいえ、男の俺が四六時中そばにいるのが気に入らないって理由だった。それ以来、音信不通にしていた。
「ナタリー、助けてくれないかな。俺、いまちょっと動けなくて」
「あなたが動けないって、事故にでも遭ったの? 場所は? どこにいるの」
「都心から北に四十キロほどの谷底」
アジトから進んだ距離は、頑張った割にたいして稼げなかった。
「あの、ナタリーさん? ここはアンバーヒルです」
ライナスがフォローすると、ナタリーの大きな溜息が聞こえた。地名は丘なのに、いるのは谷。何事かと脱力するよな普通。
「誰と一緒なの? ああ、もういいわ。わかったわよ、行くわよ!」
受け入れるしかないと悟ったのか、ブツっと通話が切れた。あとはナタリーが来るまで林の中に身を隠し、レッド・リストの奴らをやり過ごすんだ。
「クレイ、エアカーじゃないとここまで降りてこられないよ」
「大丈夫。ナタリーはエアカーの免許しか持ってない」
「お金持ちなんだ……」
ナタリーとは久しぶりの会話だったけど、覚えててくれて助かった。ほかに頼れる人はいないし、ナタリーならわがまま言っても聞いてくれる気がしたんだ。俺を一方的にクビにした負い目があるしって。ずるいかな。
「ナタリーは、クレイの友達なの?」
「友達ではないな」
「じゃあ……恋人?」
突飛な質問をされて、一瞬考え込んだ。詰問調なのはなぜだろう。
「彼女は人間だよ。結婚してる」
恋多き女性だけれども、さすがにロボットを恋愛相手に選ぶような人じゃない。
「すごく親しそうだった」
「以前雇われてたんだよ。それで面識があるだけ」
ライナスはなぜか不機嫌だった。助けが来るっていうのに嬉しくなさそうで。そもそもあんな短い会話で親しさレベルを決められてもな。深層心理学がデータベースに入ってたら、ライナスの不機嫌具合を即座に分析して解決できるのに。
『データなどに頼らんで、経験を積んだほうがいいぞ』
ふと、先生の声が聞こえた気がした。会えなくなって間もないのに、すごく懐かしい。俺が見上げた夜空のどこかに、ダリアって星はあるのかな。そこへ行けば、先生にまた会えるかな。
「ライナスが助かるなら、このまま死んでもいいや」
「何言ってるの、そんなのだめだよ」
「安全な場所に送り届けたら、それが終わったら……逃げ続けるのは疲れるし、この世界になんの未練もないから」
むしろどうして生き続けなきゃならないんだ。意味がない。廃棄目前の、もう必要とされてない俺の、存在自体。役目はとっくに終わってる。
「なんでそんなこと言うの……」
ライナスの大きな瞳から、涙がこぼれた。せっかく乾いた頬がまた濡れていく。
「なんで泣くの」
「なんでわからないの!」
いや、わからないよ。泣いたり笑ったり不機嫌になったり、なぜかいまは怒ってる。ライナスはくるくる表情が変わるんだ。そういえば、ナタリーもそうだった。女の子はみんなとても感情豊かで、時に俺を困らせる。ライナスは少年だけど。
「泣くなよ」
「じゃあ死んでもいいなんて言わないで」
それで涙が止まるのか。事実を事実として口にしちゃまずいのか。釈然としなかったけど、俺はとても眠くて思考がまとまらなくなっていた。ライナスに「もう言わないよ」と伝えたかどうかも、さだかじゃない。
『……Hello?』
こちらを警戒する硬い声だった。登録外のナンバーだから当然だ。
「ナタリー、俺。シーだよ」
C-rayの、Cだ。以前ナタリーに呼ばれていた名前を告げた。一年半ぶりの会話だった。忘れ去られたかという心配は杞憂だった。
「シー? うそ、どうしたの? どこから電話かけてるの。あなた、廃棄になったって話、あれ撤回になったの」
ナタリーはヒューマノイドのデザイナーだ。俺のデザインも手がけた。いわば生みの親だ。いまはフリーだけど、コンプリート社に勤めていた時期もあって、元同僚経由で廃棄の話が伝わったのかもしれない。
ついでにいうと、俺は半年ほどナタリーに雇われていた。先生のアシスタントの次に就いた仕事で、身の回りの世話が主だった。
半年ほど経ったある日、突然ナタリーの婚約者にクビにされた。ロボットとはいえ、男の俺が四六時中そばにいるのが気に入らないって理由だった。それ以来、音信不通にしていた。
「ナタリー、助けてくれないかな。俺、いまちょっと動けなくて」
「あなたが動けないって、事故にでも遭ったの? 場所は? どこにいるの」
「都心から北に四十キロほどの谷底」
アジトから進んだ距離は、頑張った割にたいして稼げなかった。
「あの、ナタリーさん? ここはアンバーヒルです」
ライナスがフォローすると、ナタリーの大きな溜息が聞こえた。地名は丘なのに、いるのは谷。何事かと脱力するよな普通。
「誰と一緒なの? ああ、もういいわ。わかったわよ、行くわよ!」
受け入れるしかないと悟ったのか、ブツっと通話が切れた。あとはナタリーが来るまで林の中に身を隠し、レッド・リストの奴らをやり過ごすんだ。
「クレイ、エアカーじゃないとここまで降りてこられないよ」
「大丈夫。ナタリーはエアカーの免許しか持ってない」
「お金持ちなんだ……」
ナタリーとは久しぶりの会話だったけど、覚えててくれて助かった。ほかに頼れる人はいないし、ナタリーならわがまま言っても聞いてくれる気がしたんだ。俺を一方的にクビにした負い目があるしって。ずるいかな。
「ナタリーは、クレイの友達なの?」
「友達ではないな」
「じゃあ……恋人?」
突飛な質問をされて、一瞬考え込んだ。詰問調なのはなぜだろう。
「彼女は人間だよ。結婚してる」
恋多き女性だけれども、さすがにロボットを恋愛相手に選ぶような人じゃない。
「すごく親しそうだった」
「以前雇われてたんだよ。それで面識があるだけ」
ライナスはなぜか不機嫌だった。助けが来るっていうのに嬉しくなさそうで。そもそもあんな短い会話で親しさレベルを決められてもな。深層心理学がデータベースに入ってたら、ライナスの不機嫌具合を即座に分析して解決できるのに。
『データなどに頼らんで、経験を積んだほうがいいぞ』
ふと、先生の声が聞こえた気がした。会えなくなって間もないのに、すごく懐かしい。俺が見上げた夜空のどこかに、ダリアって星はあるのかな。そこへ行けば、先生にまた会えるかな。
「ライナスが助かるなら、このまま死んでもいいや」
「何言ってるの、そんなのだめだよ」
「安全な場所に送り届けたら、それが終わったら……逃げ続けるのは疲れるし、この世界になんの未練もないから」
むしろどうして生き続けなきゃならないんだ。意味がない。廃棄目前の、もう必要とされてない俺の、存在自体。役目はとっくに終わってる。
「なんでそんなこと言うの……」
ライナスの大きな瞳から、涙がこぼれた。せっかく乾いた頬がまた濡れていく。
「なんで泣くの」
「なんでわからないの!」
いや、わからないよ。泣いたり笑ったり不機嫌になったり、なぜかいまは怒ってる。ライナスはくるくる表情が変わるんだ。そういえば、ナタリーもそうだった。女の子はみんなとても感情豊かで、時に俺を困らせる。ライナスは少年だけど。
「泣くなよ」
「じゃあ死んでもいいなんて言わないで」
それで涙が止まるのか。事実を事実として口にしちゃまずいのか。釈然としなかったけど、俺はとても眠くて思考がまとまらなくなっていた。ライナスに「もう言わないよ」と伝えたかどうかも、さだかじゃない。
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