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49話
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「す……捨てていなかったのですか!?」
ロザンナの顔から、みるみるうちに血の気が引いていく。
「当然だ。これが現状、カレン嬢が毒を盛られたとする唯一の証拠だからな」
机に両肘を立てて口元で両手を重ねると、メルヴィンはレベッカとロザンナを交互に見た。
「ワインに混入された粉末の正体が分かるのなら、こちらとしてはどちらが飲んでも構わない」
「い、嫌ですわ。王太子殿下まで、私たちが毒を盛ったとお疑いなのですか?」
「疑り深くなければ、王太子など務めていられるか。……それに、あなた方には選択の自由などない」
メルヴィンの冷たい視線が、ロザンナに突き刺さる。
そしてグラスが彼女の前に置かれた。
「ひっ」
ロザンナが短い悲鳴を上げて、大きく仰け反る。
「どうした。それを飲んでも、たかが数時間ほど眠るだけだろう?」
「で、ですがっ、ご迷惑をおかけするわけにはまいりませんわ!」
「眠った後は、医務室のベッドに運ばせる。気にする必要などないぞ」
メルヴィンの言葉が、徐々に逃げ場を奪っていく。
この世の終わりのような顔の義母に、レベッカはおずおずと口を開いた。全身の震えは、決して演技ではない。
「お、お母様、飲んでみてよ……」
「冗談じゃないわ! どうして私が飲まないといけないのよ!?」
「だって、元々はお母様が言い出したことじゃない! メルヴィン殿下、私はただ母に乗せられていただけなんです! 私は悪くありません!」
「いいえ! レベッカの言うことを聞いてはいけませんわ、殿下! この小娘はソルベリア公爵と婚約していながら、王太子妃の座を狙おうとしていたのですよ!」
互いに責任を押しつけ合う母と娘。
見ていられないと、ルディック伯爵夫妻が目を逸らす。
「……ロザンナ様、レベッカ様。もうおやめください」
眉を顰めながら、フィオナが二人の口論に口を挟む。
するとレベッカは顔を真っ赤にして、目尻を吊り上げる。
あの女の、怒りと悲しみが混ぜ合わせたような表情。あれは、ライラがトーマスの不貞を知った時に見せたものと同じだ。
「私にトーマス様を取られたくせに、偉そうにしてんじゃないわよ! よく分からないけど、家族にも捨てられたんでしょ!? だから平民になるしかなくて、惨めに暮らしてきたんだわ!」
「……何のことを仰っているのか、分かりかねますが」
フィオナは小さく溜め息をつくと、菫色の瞳でレベッカを見据える。
「確かに私は、かつての伴侶や家族に捨てられました。ですから私も彼らを捨てて、新しい人生を手に入れました」
「な……何が新しい人生よ! どうせメルヴィン殿下に体を差し出したから、婚約者になれたくせに! 結局、あんたも私と変わらないじゃない……!」
「……彼女を君と一緒にするな。俺が彼女を選んだのは、そんな下品な理由ではない」
氷のように冷たい声に、レベッカははっと我に返る。
フィオナの隣で、メルヴィンがこちらを鋭く睨みつけていた。
「あ……」
メルヴィンの傍らに置かれた補助杖。
グリップの脇に埋め込まれたアメジスト。
それを目にした途端、レベッカは嫌でも理解してしまった。
フィオナに対する愛の深さを。
(わ、私だって、トーマス様にドレスやアクセサリーをたくさん買ってもらって……)
だが、それだけだ。
愛されていると心から実感したことなど、一度もない。
むしろトーマスにとって、今の自分は都合のいい性欲処理の道具でしかなかった。
「……ワイングラスに仕込んだのは毒よ。伯爵令嬢を殺して、私が王太子妃になるつもりだったの」
もう、何もかもがどうでもいい。
レベッカは項垂れると、か細い声で告げた。
ロザンナの顔から、みるみるうちに血の気が引いていく。
「当然だ。これが現状、カレン嬢が毒を盛られたとする唯一の証拠だからな」
机に両肘を立てて口元で両手を重ねると、メルヴィンはレベッカとロザンナを交互に見た。
「ワインに混入された粉末の正体が分かるのなら、こちらとしてはどちらが飲んでも構わない」
「い、嫌ですわ。王太子殿下まで、私たちが毒を盛ったとお疑いなのですか?」
「疑り深くなければ、王太子など務めていられるか。……それに、あなた方には選択の自由などない」
メルヴィンの冷たい視線が、ロザンナに突き刺さる。
そしてグラスが彼女の前に置かれた。
「ひっ」
ロザンナが短い悲鳴を上げて、大きく仰け反る。
「どうした。それを飲んでも、たかが数時間ほど眠るだけだろう?」
「で、ですがっ、ご迷惑をおかけするわけにはまいりませんわ!」
「眠った後は、医務室のベッドに運ばせる。気にする必要などないぞ」
メルヴィンの言葉が、徐々に逃げ場を奪っていく。
この世の終わりのような顔の義母に、レベッカはおずおずと口を開いた。全身の震えは、決して演技ではない。
「お、お母様、飲んでみてよ……」
「冗談じゃないわ! どうして私が飲まないといけないのよ!?」
「だって、元々はお母様が言い出したことじゃない! メルヴィン殿下、私はただ母に乗せられていただけなんです! 私は悪くありません!」
「いいえ! レベッカの言うことを聞いてはいけませんわ、殿下! この小娘はソルベリア公爵と婚約していながら、王太子妃の座を狙おうとしていたのですよ!」
互いに責任を押しつけ合う母と娘。
見ていられないと、ルディック伯爵夫妻が目を逸らす。
「……ロザンナ様、レベッカ様。もうおやめください」
眉を顰めながら、フィオナが二人の口論に口を挟む。
するとレベッカは顔を真っ赤にして、目尻を吊り上げる。
あの女の、怒りと悲しみが混ぜ合わせたような表情。あれは、ライラがトーマスの不貞を知った時に見せたものと同じだ。
「私にトーマス様を取られたくせに、偉そうにしてんじゃないわよ! よく分からないけど、家族にも捨てられたんでしょ!? だから平民になるしかなくて、惨めに暮らしてきたんだわ!」
「……何のことを仰っているのか、分かりかねますが」
フィオナは小さく溜め息をつくと、菫色の瞳でレベッカを見据える。
「確かに私は、かつての伴侶や家族に捨てられました。ですから私も彼らを捨てて、新しい人生を手に入れました」
「な……何が新しい人生よ! どうせメルヴィン殿下に体を差し出したから、婚約者になれたくせに! 結局、あんたも私と変わらないじゃない……!」
「……彼女を君と一緒にするな。俺が彼女を選んだのは、そんな下品な理由ではない」
氷のように冷たい声に、レベッカははっと我に返る。
フィオナの隣で、メルヴィンがこちらを鋭く睨みつけていた。
「あ……」
メルヴィンの傍らに置かれた補助杖。
グリップの脇に埋め込まれたアメジスト。
それを目にした途端、レベッカは嫌でも理解してしまった。
フィオナに対する愛の深さを。
(わ、私だって、トーマス様にドレスやアクセサリーをたくさん買ってもらって……)
だが、それだけだ。
愛されていると心から実感したことなど、一度もない。
むしろトーマスにとって、今の自分は都合のいい性欲処理の道具でしかなかった。
「……ワイングラスに仕込んだのは毒よ。伯爵令嬢を殺して、私が王太子妃になるつもりだったの」
もう、何もかもがどうでもいい。
レベッカは項垂れると、か細い声で告げた。
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