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50話
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「ふぅ……」
自室に戻ると、フィオナは深く息を吐きながらソファーに腰を下ろす。
自分の手へ視線を落とすと、小刻みに震えていた。
(ああ……私、怖かったのね)
夫を奪った少女と、彼女を我が子とした母。
あの人たちが品行方正な人間ではないことは、理解している。
けれど、まさか人を殺めようとするとは思わなかった。
フィオナ自身を狙うのならまだいい。
だが、くだらない思い違いで義妹が殺されそうになってしまった。
「大丈夫ですか、フィオナ様……」
「……ええ。心配をおかけして申し訳ありません」
ジェイミーに声をかけられて、フィオナは目を伏せながら頭を下げた。
すると、彼女は困ったように眉を寄せる。
「フィオナ様は何も悪くありませんよ」
「ですが、私に巻き込まれてカレン様が……」
「謝らないでください! カレンお嬢様だって、きっとそう仰ると思いますよ!」
ジェイミーは腰に両手を当てて、強い口調で言う。
レベッカとロザンナが、自分に毒を盛ろうとしている。
そのことを近衛兵から知らされたカレンは、
『それはよかった。あの二人を捕まえてしまえば、今後フィオナ姉様が狙われることはありませんもの』
とほくそ笑んでいたらしい。その肝の据わりように、伯爵夫妻も言葉を失ったそうだ。
「カレン様はフィオナ様の事情を知った時、ソルベリア公爵家とレオーヌ侯爵家にひどく憤慨されておりましたからね」
かつての主を思い返して笑うジェイミー。
彼女は元々ルディック伯爵家の侍女で、フィオナの世話係として王宮に呼び寄せられたのだという。
その縁もあって、ルディック伯爵家はフィオナと養子縁組を結ぶことになったのだ。……高位貴族の面々から、羨望の眼差しを向けられながら。
フィオナの素性は、ソルベリア公爵家とレオーヌ侯爵家以外の高位貴族には知らされていた。
そして、どの家が彼女を引き取るか長期間に渡って議論が続けられた。
その話を聞かされたフィオナは、貴族たちから疎まれていると心を痛めていたが、むしろ逆だった。
傲慢で見栄っ張りなロザンナと違い、清楚で物腰柔らかなライラは社交界での評判が高い。
それに加えて、彼女に憧れて慕う令嬢も多かった。カレンもその一人だ。
そして何より陛下は、フィオナをメルヴィンと婚約させるために、高位貴族もしくは近々陞爵される家を養家に選ぶと宣言していたのである。
こんな上手い話に、食いつかない家などなかった。
「だけどフィオナ様は優しすぎます」
「え?」
「レベッカ嬢とロザンナ夫人の減刑を申し入れた件ですよ。あのままいけば死罪にできたのに、どうしてあの二人を助けたのですか?」
「……レベッカ様は毒を盛ったと自白しましたし、結果として誰の命も奪っておりません。それに……いえ、何でもありません」
フィオナは俯いて、首をふるふると横に振った。
と、ドアが開く音がしたので顔を上げると、メルヴィンが佇んでいた。
「殿下……あの、レオーヌ侯爵夫人とレベッカ嬢は……」
「恐らく君が想像している通りだ。俺から語るつもりはない」
「そうですか……」
相槌を打ちながら、両手を握り締める。そうしなければ、震えを抑えることができなかった。
「……フィオナ、二人で話がしたい。いいだろうか?」
メルヴィンが壊れ物に触れるように、優しい声で尋ねる。
今は彼の顔をあまり見たくない。……見るのが辛い。
それでも断るわけにはいかなくて、視線を彷徨わせた後、フィオナはゆっくりと頷いた。
自室に戻ると、フィオナは深く息を吐きながらソファーに腰を下ろす。
自分の手へ視線を落とすと、小刻みに震えていた。
(ああ……私、怖かったのね)
夫を奪った少女と、彼女を我が子とした母。
あの人たちが品行方正な人間ではないことは、理解している。
けれど、まさか人を殺めようとするとは思わなかった。
フィオナ自身を狙うのならまだいい。
だが、くだらない思い違いで義妹が殺されそうになってしまった。
「大丈夫ですか、フィオナ様……」
「……ええ。心配をおかけして申し訳ありません」
ジェイミーに声をかけられて、フィオナは目を伏せながら頭を下げた。
すると、彼女は困ったように眉を寄せる。
「フィオナ様は何も悪くありませんよ」
「ですが、私に巻き込まれてカレン様が……」
「謝らないでください! カレンお嬢様だって、きっとそう仰ると思いますよ!」
ジェイミーは腰に両手を当てて、強い口調で言う。
レベッカとロザンナが、自分に毒を盛ろうとしている。
そのことを近衛兵から知らされたカレンは、
『それはよかった。あの二人を捕まえてしまえば、今後フィオナ姉様が狙われることはありませんもの』
とほくそ笑んでいたらしい。その肝の据わりように、伯爵夫妻も言葉を失ったそうだ。
「カレン様はフィオナ様の事情を知った時、ソルベリア公爵家とレオーヌ侯爵家にひどく憤慨されておりましたからね」
かつての主を思い返して笑うジェイミー。
彼女は元々ルディック伯爵家の侍女で、フィオナの世話係として王宮に呼び寄せられたのだという。
その縁もあって、ルディック伯爵家はフィオナと養子縁組を結ぶことになったのだ。……高位貴族の面々から、羨望の眼差しを向けられながら。
フィオナの素性は、ソルベリア公爵家とレオーヌ侯爵家以外の高位貴族には知らされていた。
そして、どの家が彼女を引き取るか長期間に渡って議論が続けられた。
その話を聞かされたフィオナは、貴族たちから疎まれていると心を痛めていたが、むしろ逆だった。
傲慢で見栄っ張りなロザンナと違い、清楚で物腰柔らかなライラは社交界での評判が高い。
それに加えて、彼女に憧れて慕う令嬢も多かった。カレンもその一人だ。
そして何より陛下は、フィオナをメルヴィンと婚約させるために、高位貴族もしくは近々陞爵される家を養家に選ぶと宣言していたのである。
こんな上手い話に、食いつかない家などなかった。
「だけどフィオナ様は優しすぎます」
「え?」
「レベッカ嬢とロザンナ夫人の減刑を申し入れた件ですよ。あのままいけば死罪にできたのに、どうしてあの二人を助けたのですか?」
「……レベッカ様は毒を盛ったと自白しましたし、結果として誰の命も奪っておりません。それに……いえ、何でもありません」
フィオナは俯いて、首をふるふると横に振った。
と、ドアが開く音がしたので顔を上げると、メルヴィンが佇んでいた。
「殿下……あの、レオーヌ侯爵夫人とレベッカ嬢は……」
「恐らく君が想像している通りだ。俺から語るつもりはない」
「そうですか……」
相槌を打ちながら、両手を握り締める。そうしなければ、震えを抑えることができなかった。
「……フィオナ、二人で話がしたい。いいだろうか?」
メルヴィンが壊れ物に触れるように、優しい声で尋ねる。
今は彼の顔をあまり見たくない。……見るのが辛い。
それでも断るわけにはいかなくて、視線を彷徨わせた後、フィオナはゆっくりと頷いた。
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