上 下
50 / 72

50話

しおりを挟む
「ふぅ……」

 自室に戻ると、フィオナは深く息を吐きながらソファーに腰を下ろす。
 自分の手へ視線を落とすと、小刻みに震えていた。

(ああ……私、怖かったのね)

 夫を奪った少女と、彼女を我が子とした母。
 あの人たちが品行方正な人間ではないことは、理解している。
 けれど、まさか人を殺めようとするとは思わなかった。

 フィオナ自身を狙うのならまだいい。
 だが、くだらない思い違いで義妹が殺されそうになってしまった。

「大丈夫ですか、フィオナ様……」
「……ええ。心配をおかけして申し訳ありません」

 ジェイミーに声をかけられて、フィオナは目を伏せながら頭を下げた。
 すると、彼女は困ったように眉を寄せる。

「フィオナ様は何も悪くありませんよ」
「ですが、私に巻き込まれてカレン様が……」
「謝らないでください! カレンお嬢様だって、きっとそう仰ると思いますよ!」

 ジェイミーは腰に両手を当てて、強い口調で言う。

 レベッカとロザンナが、自分に毒を盛ろうとしている。
 そのことを近衛兵から知らされたカレンは、

『それはよかった。あの二人を捕まえてしまえば、今後フィオナ姉様が狙われることはありませんもの』

 とほくそ笑んでいたらしい。その肝の据わりように、伯爵夫妻も言葉を失ったそうだ。

「カレン様はフィオナ様の事情を知った時、ソルベリア公爵家とレオーヌ侯爵家にひどく憤慨されておりましたからね」

 かつての主を思い返して笑うジェイミー。
 彼女は元々ルディック伯爵家の侍女で、フィオナの世話係として王宮に呼び寄せられたのだという。
 その縁もあって、ルディック伯爵家はフィオナと養子縁組を結ぶことになったのだ。……高位貴族の面々から、羨望せんぼうの眼差しを向けられながら。

 フィオナの素性は、ソルベリア公爵家とレオーヌ侯爵家以外の高位貴族には知らされていた。
 そして、どの家が彼女を引き取るか長期間に渡って議論が続けられた。
 その話を聞かされたフィオナは、貴族たちから疎まれていると心を痛めていたが、むしろ逆だった。

 傲慢で見栄っ張りなロザンナと違い、清楚で物腰柔らかなライラは社交界での評判が高い。
 それに加えて、彼女に憧れて慕う令嬢も多かった。カレンもその一人だ。

 そして何より陛下は、フィオナをメルヴィンと婚約させるために、高位貴族もしくは近々陞爵・・される家を養家に選ぶと宣言していたのである。
 こんな上手い話に、食いつかない家などなかった。

「だけどフィオナ様は優しすぎます」
「え?」
「レベッカ嬢とロザンナ夫人の減刑を申し入れた件ですよ。あのままいけば死罪にできたのに、どうしてあの二人を助けたのですか?」
「……レベッカ様は毒を盛ったと自白しましたし、結果として誰の命も奪っておりません。それに……いえ、何でもありません」

 フィオナは俯いて、首をふるふると横に振った。
 と、ドアが開く音がしたので顔を上げると、メルヴィンが佇んでいた。

「殿下……あの、レオーヌ侯爵夫人とレベッカ嬢は……」
「恐らく君が想像している通りだ。俺から語るつもりはない」
「そうですか……」

 相槌を打ちながら、両手を握り締める。そうしなければ、震えを抑えることができなかった。

「……フィオナ、二人で話がしたい。いいだろうか?」

 メルヴィンが壊れ物に触れるように、優しい声で尋ねる。
 今は彼の顔をあまり見たくない。……見るのが辛い。
 それでも断るわけにはいかなくて、視線を彷徨わせた後、フィオナはゆっくりと頷いた。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

優秀な妹と婚約したら全て上手くいくのではなかったのですか?

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:18,319pt お気に入り:2,605

こわれたこころ

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,001pt お気に入り:4,911

【R18】爆乳ママは息子の友達たちに堕とされる

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:156pt お気に入り:209

消えた令息が見えるのは私だけのようです

恋愛 / 完結 24h.ポイント:248pt お気に入り:1,786

処理中です...