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ハーレム

立ち合い出産(と言っていいのか?)

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新暦元年十月十八日



「分娩が始まりました。赤ん坊が生まれます!」

深夜。そろそろ寝ようかと思っていた俺にセシリアCQ202がそう告げた。いよいよか。

池の中ではるかが苦しそうに何度も体を回転させる。わざとそうしていると言うよりは、見悶えてる感じか。ちからはそんな彼女を見ながら落ち着きなく周りを泳ぎ回っていた。

ここまでちからはるかに献身的に尽くしてたと思う。その姿は身重の妻を気遣う夫そのものだったんじゃないかな。とは言いつつも、実際に世話をしていたのはエレクシアとセシリアCQ202だったが。まあそれは仕方ないか。本来の彼らの生活だと、代わりに食料を取ってくるとか敵が来ないように見張るとか程度らしいし。

もっとも、水中では、あの不定形生物以外に天敵と呼べるような生物は今のところ確認されていない。後は寄生虫とかが怖いくらいだろうか。エレクシアとセシリアCQ202が管理する今の環境でならそのどちらも問題ない。

ちなみに、彼らの仲間を観察していた間、観察している範囲内ではあの不定形生物は一度も現れなかった。河を中心に生息してると仮定しても、やはり出現頻度は決して高くないようだ。もしくは、積極的に他の生物を襲うということが実はそれほどないのかもしれない。はるかの基になった個体を取り込んだように、普段は河の底に沈んだ生き物の死骸などを食べている可能性もあるな。

それでも、ひそかじんふくがあれほど恐れているということは、彼女らにトラウマを植え付ける程度には襲われたりもするんだろうが。

「あーっ! うあーっ! わぁーっ!!」

あれこれ考え事をしていた俺の耳に、はるかの叫び声が届く。見ると、ちからの体にしがみついた彼女の体に相当な力が入ってるのが感じられた。

セシリアCQ202が『分娩が始まりました』と告げてから既に二時間。初産の人間ならまだまだ序の口といった時間だったが、ぐーっと力がこもったかと見えた瞬間、

「産まれました!」

とセシリアCQ202の声が。灯りに照らされた水面に、普段の濁りとは違う濁りが広がっていく。恐らく血だろうな。

万が一に備え待機しているエレクシアとセシリアCQ202の前で、肩で息をしていたはるかが水中をまさぐって、何かを掴みあげ、それをぺろぺろと舐めだした。

「赤ん坊です。バイタルサイン確認。生きてます!」

言われるまでもなく、手足をばたつかせ「みぃ~、みぃ~」という感じで泣き声を上げる小さなそれを見れば、まぎれもなくそこに命があるのが分かる。

そうか、これが出産か……

何とも言えない感覚が、俺の体の中から込み上げてくるのも感じる。そうだな。俺もああやって生まれてきたんだ。母親から……

普段はあまり考えないようにしていた両親の顔が頭をよぎる。俺と妹を残してさっさと死んでしまったことを恨んだ時期もあったが、それも今となってはただの思い出か。こうやって生み出してくれたことがすごいんだもんな。

分娩が始まってから二時間で生まれるとか、人間からすれば超安産だろうか。妹が生まれた時も、二人目だったが結局、四時間くらいかかったのをうっすらと覚えてる。母親が分娩室に入った時と、看護師が「産まれましたよ」と告げに来た時にそれぞれ時計を見た記憶だ。まだ初等部だった俺にとってはものすごく長く感じた時間だった。

それに比べてもあっさりしたものなんだろうが、それでも出産が命懸けだというのも肌で感じた。勝手に涙が溢れそうになるのも無理ないことかもしれない。

「頑張ったな、はるか…」

思わず呟いた俺の視線の先には、水面に浮かんだ状態で胸に赤ん坊を抱いたはるかの姿が。

だが、こうして『良かった良かった』という部分だけが出産じゃないことを、俺は思い知ることになった。

しばらくして、はるかが体をぶるっと震わせるのが分かった。それからおもむろにまた水中をまさぐって、何かを掴みあげる。

『ん? また赤ん坊か?』

と俺は思ったが、それはやけに歪な形をしたただの肉の塊のようにも見えた。

って、あれはまさか…?

「胎盤や臍帯ですね。出産によって不要になったそれが排出されたものです。後産というものでしょう。私も実物を見るのは初めてですが」

エレクシアが解説してくれる。俺も話には聞いていたが、あれがそうなのか。などと感慨に浸っていた俺の前で、はるかがそれをむしゃむしゃと貪り始めた。

「おおっ!?」

思わず声を上げると、今度はセシリアCQ202が解説してくれた。

「ああやって胎盤や臍帯を食べてしまうのは、野生の動物には割とよく見られる行動ですね。エネルギーや栄養の補充の為だとも言われています。人間にとってはショッキングな光景かもしれませんが、これも自然の摂理というものなのでしょう」

それもそうか。特にはるか達のような肉食の動物にとっては普通に食事してるのと変わらん感覚なんだろうな。

何だかつくづく命っていうもののすごさを思い知らされるような気がする。

とその時、俺は何かの気配に振り返っていた。すると、ローバーの上に爛々と光るものが二つ。

ようだった。この時間、いつもは寝ている筈の鷹がさすがに五月蠅くて寝ていられなかったのか、こちらを凝視していたのだった。

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