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寒々しいものも

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 そうして新しい部屋を見たが、新しい部屋に移れた高揚感もありつつ、どこか寒々しいものも感じられた。
 そこにあるのは、前の部屋よりも広い空間に、炬燵とファンヒーターが一つずつ。ミニキッチンに目を移せば冷蔵庫や電子レンジもあるものの、ベランダには洗濯機もあるものの、圧倒的に荷物が少ないのだ。衣装ケースも段ボール箱も、取り敢えずクローゼットに収まってしまった。そして窓にはカーテンすらかかっておらず、<生活感>というものがまるでない。
 と、そこに、
「もう引っ越し終わったのか?」
 開け放していた玄関に現れたのは、結人ゆうとだった。引っ越しを手伝おうとやってきたのだが、
「って、え? まだ終わってないのか? 荷物届いてないのかよ?」
 部屋を見た結人が思わず声を上げる。そんな彼に、一真は、
「いや……もう終わってる。これだけなんだ……」
 どこか困惑した様子で言った。
「そ……そうか……」
 これにはさすがに結人も戸惑い、
「いやいやこりゃあいくら何でもだろ。よし、今からホムセンに行って、なんか買おうぜ」
 そう提案した。
「え……でも、金ないし……」
 一真が応える。金そのものは、琴美の奨学金があることはある。けれどそれはもちろん、琴美が学校に通い学習するためのものであって、生活費ではない。いや、厳密には奨学金を受ける生徒が生活できるようにという意味で使うこともできるのだが、自分のためにも使うのは違うと一真は考えていた。だから、手をつけるつもりはないのだ。これまで何度か、どうしても生活が成り立たないという時には食費などとして使ったことは確かにあったが。
 すると結人が、
「心配すんな。引っ越し祝いだ。元々そのつもりで金も用意したんだよ。俺だけじゃなく、沙奈子さなこ千早ちはやからも預かってきてる。合計十万だ」
 ニヤリと笑みを浮かべて口にした。
「でも……」
 と腰が引けた一真の様子に、
「いいんだよ。俺達も散々、いろんな人に助けられてきた。今度は俺達が一真や琴美を助ける番だ。今まではお前の両親がいたからあんまり大っぴらにはできなかったけど、もう遠慮は要らねえだろ?」
 鋭い目付きで告げてくる。それは、本物の死線さえ超えたことのある者の目だった。実の母親に殺されかけるという死線を。<ロクでもない親や大人>が絡むと、結人はそういう目をする。彼には実の母親に殺されかけた時の記憶が残っていた。そして、
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 と、自分を殺そうとしている実の母親に対してそんな風に考えていたことも覚えていたのだった。

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