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第二話 六

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「さて、百位。百位であることを続けるのであれば、聞く」

 ふんぞり返る五位は肘をついていた。澄まし顔、ではなくやけに神妙な面持ち。急に変わった気配に一瞬だけどきりと胸が鳴る。

「な、なによ?」
「食事会の話だ。そなた、女帝十位との関りは?」

 ――毒物事件のことを聞きたいのね。

「今日、初めてお話したわ。百位のわたしが十位様と関わることなんてありえなかったし」
「十位の席は最前列右端。左に九位、後ろが二十位。様子で気になったことは?」
「普段を知らないからわかんないわよ。それに、九位様はまだしも、後ろなんて振り返る余裕なかったわ」
「では、十位の様子は? 警戒や、怯えた様子は?」
「……わかんないわよ。家のことを気にしてはいたみたいだけど。さっきも言ったけど、わたしにそんな周囲を観察する余裕なんてなかった。なにが言いたいのよ」

 五位は肘をつく左手で顎をさする。考え込むように視線を流す。

「腑に落ちない点があってな。一つ。十位が狙われた理由。二つ。毒をいつ仕込んだのか。三つ。なぜあからさまに味でわかる毒を仕込んだのか」

 確かに、狙うなら帝位だろう。仮にだが、あやかしを操る能を危惧する者が居たのなら、いくらでも居る女ではなく、数名しかいない帝位を狙うべきだ。

「……毒の仕込みなんて、配膳したときじゃないの?」
「いや、実はな、配膳後に毒の調べはしてあった」
「え? そうなの?」
「帝位四位だ。あいつのあやかしは鼻が効く。そもそも、俺たちが毒殺を警戒しないと思うか? 俺たちは一方の貴族には都合が良く、一方の貴族には都合が悪い。特に、現皇帝に不満を持つ者には目の敵にされている。命を狙われる経験なぞ、俺を含め、帝位ならみなしている」

 悪意で飯を食う輩もいる。貴族にとって重要なのは自分たちの立場。それは、ここ帝都に来てから痛いくらいにわかったこと。
 虐めで腹を下すことはあっても毒殺はなかった。毎日、毒に怯え、食す。想像できない。

「配膳完了後、四位が女帝の食事も含め、一通りは調べてある。そのときには、確実に毒は無かった。あれほど強烈な毒だ。気づかないはずがないと、本人も申していた」
「じゃあ、配膳が終わったあと、ってこと?」
「だが、女帝の入場が終わるまで衛兵が目を光らせている。しかも十位は最前列。毒を仕込むにはあまりにも目立つ場所だ。女帝の入場が始まる前から四位はすでに席に着いていたが、さすがに気づくはずだ」
「……仕込むのは難しいのね」
「そして、そんなに苦労して仕込んだのに、味で気づかれては意味がない。毒殺するのに、あのような毒、使う必要がない。あれは本来、刀や矢に仕込むべき毒で、毒殺なら他に適したものがいくらでもある」

 舌が麻痺するような苦みを思い出す。心底苦かった。まだピリッとしている。
 しかし、次から次へと情報が入ってきて頭の中が一杯になってきた。

「つまり、あんたは、どう見てるの?」
「ふむ。俺の中の候補はいくつかある」

 五位は右手の人差し指を立てた。

「女帝十位の自作自演。目的は不明」

 中指が立つ。

「帝位四位の嘘。目的は不明」

 薬指。

「外部、もしくは内部からの脅し、または警告。手段は不明」

 小指は立てず、拳が握られた。

「そして、おまえがなにかを企み、自分で仕込み、自分で毒を受けた」
「…………は?」

 目が点になったような気がした。いま、この男、なんて――。

「動機はそうだな。自身の保護、または復讐、と言ったところか」
「ま、待ってよ!」
「いまのところ、一番疑われているのは、百位、おまえだ」
「え」

 胸にぽっかり穴が開き、そこから血が抜けていくような感覚だった。手が震え、足元がふわふわする。

「ま、まって、お願い、わたし、なにも、してないのに」
「そうか? 動機ならあるしな。虐げの復讐。食の管理は女帝十位の役目。飯を抜かれる元凶は十位ではないのか? そして殺意が無くても、そなた自身が毒で倒れれば、騒ぎを起こし、保護下に入れる可能性もある。毒を仕込んだのは二位と三位が騒いでいるとき。あのときなら、いくらでも機会があったろう」

 もう言葉が出なかった。
 なにを言っても意味が無いと思えた。
 なぜなら、いつかやり返してやりたい、その心は事実でもあったから。

「わたし、なにも、してない……」

 誰が信じてくれるのだろうか。こんな田舎娘の言葉など。
 なんとなく、これからの未来が想像できる。事態を収拾するにはとにかく犯人が必要だ。犯人を捕らえ、罰する。そうすれば、女帝らは安心して生活することができる。帝都はなるべく早く帝位一位が誕生することを望んでいる。なら、このような事件は早々に処理すべき。
 女帝百位など、そもそも居ないような存在なのだ。
 自分でも思う。なんて都合が良い存在なのだと。

「ま、全て憶測であるがな。今回の件、調べは俺が一任された。だが、俺も忙しい身でな。それに女帝すべてを調べるなど骨が折れる。そこでだ、百位、協力しろ」

 急に風の向きが変わった感触に、百位は青ざめた顔で首を傾げた。

「え。意味わかんない。わたしが一番怪しいんでしょ?」
「第三者視点ではな。俺は、そなたは無実だと考えているが?」
「は? さっき」
「あくまで可能性の話。考えた結果、無実だと判断する。犯人だと思っていれば、飯なぞやらんが」
「……わたしが怪しくない理由を教えて」
「そなたは被害者であり、捨て駒になりかけた、からだ」
「……どういうこと?」
「知らなくていい」

 五位は逃げるように夕陽を見やった。キラキラと夕陽を反射させる神輿の中で、わずかに口を開いたままにしている五位はたそがれているようにも見えた。一人ぼっち。言葉で表すなら、そんな様子だった。

「もっとも、そなたに選択する猶予は無い。はい、と答える以外に道は無い。なぜか。俺の協力者という肩書きがなければ人柱になるだろう。この意味は、わかるな?」

 さっき頭をよぎったことが一周してまた頭によぎった。人柱、という単語が両肩にのしかかってくる。

「……具体的に、わたしになにをさせるつもりよ」

 五位が夕陽のような瞳を向けてくる。見下ろされてはいるが、見下されてはいなかった。

「まず、虐げの意図を探れ」
「……意図?」
「冷静に考えろ。いくら田舎出身であっても、女帝になったそなたは貴族と同等の立場だ。それを平民の下女が虐げる。こんな公の場で、だ。打ち首にされても文句は言えんぞ」

 言いたいことはわかる。というより、自分も考えたことがあった。九十九位に相談したこともあったが、女帝同士のいざこざなら、下位である自分らが不利。だから我慢するしかないというのが結論だった。

「それは、わたしが百位だから、上の女帝に文句は言えないわよ」
「そなたを虐げる下女は、主人の意向に沿って虐げをしているのか?」
「……え? そうじゃないと、変でしょう? だって、さっきあんたが言ったように、下女が女帝に……」

 思い出してみれば、虐げてくるとき、いつも居たのは下女だけだった。下女らは、主人の傍にいるときは物静かに顔を伏せたまま。上位女帝に下位女帝が虐げられている。そのような噂は下女の間で流行っていたと――。

「ちょ、ちょっと待って。下女が勝手にそんなことするわけないでしょ? そんなことをしたら、主人に恥をかかせて……ほんとに……」

 ふむ、と五位が頷く。

「百位、探ってみろ。いい加減、やられるのも飽きたろう。俺は食事会の毒を調べる。用があれば十六夜を向かわせる。そなたも言伝があれば十六夜に言え。そなたの虐げ、食事会の毒、さすがに無関係だとは思うが、この帝都、裏で動きがあるのは間違いない。目的は定かではないが――」

 五位は瞼を閉じ、神輿に深くもたれかかる。腕を組んだとき、沈む斜陽の影が神輿から煌めきを奪った。

「百位。留意しろ。関わる人間すべてを疑え。下女も、友人も簡単に信用するな。死にたくないのなら、な」

 担ぎ手のあやかしが動き出し、神輿が反転して背を向く。五位が言ったことをうまく理解できなかった百位は、「待って!」と神輿を呼び止めた。

「わたしの下女も、ククも、悪い人じゃないわよ!」

 神輿から声だけが届く。

「実体をもたないあやかしは、人に憑つき、心を意のままに操る。そなたは、身に覚えはないのか?」

 そう言い残し、神輿の姿は遠くなっていった。百位は、ぽかんと口を開けたまま、その場から動けなかった。
 振り返っても、誰もいない。ただの石造りの道が伸びていて、左右には木が生い茂っているだけだった。

 老婆なんていない。

 ガチガチと鳴った奥歯を噛みしめた百位は、自分の体をぎゅっと抱きしめてから屋敷への道をとぼとぼと歩き始めた。やけに、両肩が凝った。

 斜陽の木漏れ日は、進む道を照らしはしなかった。
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