上 下
13 / 61

第三話 一

しおりを挟む
 
 女帝百位に使える下女は、うんうんと唸りながら文を睨む百位を部屋の隅から眺めていた。
 
 ――先日の食事会から、お嬢様の様子がよそよそしい。最近、お嬢様はずっと考え事をしておられる。なにを悩んでいるのかは聞いても教えてはくれない。食事会の一件から、毎日の食事がきちんと頂けるようになっている。女帝十位様が気をかけている、とはちらり聞いた。おかげでお嬢様も自分も食事の心配がなくなった。お嬢様も顔色を良くしてきているし、万々歳だ。毒物騒動のとき、最底辺の下女であった自分は立ち入ることすらできず、なにもお役に立てなかった。それから、お嬢様は以前よりも素っ気ない反応を多く見せるようになった。なんの役にも立たない自分に、怒っているのでしょうか。

 それにしても……。

 床を見下ろした下女は、ぶるぶるな胴体を見据えた。ここ数日、文を携えてやってくるお客様がいる。
 帝位五位のあやかし、十六夜だ。

「十六夜様。お茶をどうぞ」

 十六夜の足元に茶柱が立った湯呑をそっと置いた。十六夜はぺこりと頭を下げると、胸ビレを湯呑につけて茶をちゅうちゅうと吸い始める。胸ビレが緑茶の色になっていく。
 口はそこなのかとまじまじと眺めてしまう。

「あ~~~~!」

 百位が頭を掻きながら喚く。どうやら問題発生のようだ。

「お嬢様、いかがなさいました?」
「ねえ! あのウンコ三姉妹って、九十三位の下女よね!?」
「は? うん……、いえ、お嬢様、お言葉が下品でございます」

 ――いきなりなにを言い出すのだこのお方は。

 うんこ……もとい、馬小屋の下女のことを言いたいのだろう。菊の紋様を刺繍した水色の着物で仕えているのは、九十三位の下女だ。事あるごとに絡んできて、度々うんこ……馬糞を投げてくる三人の下女がいる。馬小屋は下位の女帝が順番に管理する決まりになっているが、いつの日でも馬小屋で作業をしているのが九十三位の下女三人だ。

「なんであいつらって、いつもウンコ投げてくんのよ!」
「……お嬢様、せめて馬糞と」

 百位は怒っているが、気持ちは痛いほどわかる。あの三人は常に悩みの種だ。
 しかし恥じらいなく下品な言葉を連発するのはさすが農村出身である。

「最近は、あの三人も大人しくしているようですね」

 おそらく帝位五位のおかげだ。一昨日も三人組はなにかを企んでいたようだったが、たまたま十六夜が訪ねてきていて、十六夜の姿を見た三人組は脱兎のごとく逃げ出した。それからは目も合わせてこない。

「不思議なのよね。わたし、あいつらになんかしたかしら?」
「と、申しますと?」
「えっと、あいつらがわたしに嫌がらせしてくる、きっかけ、はなにかしら?」
「……それは……」

 振り返ってみる。嫌がらせが始まったのは年明けくらいだったと記憶している。最初は道を塞がれたり、こそこそと罵倒されたりするくらいだったが、いつからか、ごみや水、あげくには馬糞を投げてくるようになった。酷くなったのは春先くらいからで、その頃から食事も抜かれるようになった。
 確かに、きっかけはどこにあっただろうか。

「申し訳ございません。自分には、心当たりは思いつきません」
「え? あ、いいの別に。わたしもさっぱり意味わかんないから。あんなことして、楽しいのかしら」
「弱者を虐げるのは、人間の本質、でございますから」

 言ってハッとした。いま、主を馬鹿にしたのではないか。

「……それもそうね。わたしみたいな農民なんて、平民以下よね」
「い、いえ……その」

 口が軽すぎた、と反省したが、当の本人はどこか楽し気にニヤニヤしていた。悪事を企む子のよう。

「お、お嬢様? いかがなさいました?」
「そうよね、わたしは農民で、あっちは平民。ウンコの扱いならこっちのほうが慣れてるものね」

 ぶつぶつと念仏を唱え始めた百位に、下女は困惑した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

生贄の花嫁~鬼の総領様と身代わり婚~

硝子町玻璃
キャラ文芸
旧題:化け猫姉妹の身代わり婚 多くの人々があやかしの血を引く現代。 猫又族の東條家の長女である霞は、妹の雅とともに平穏な日々を送っていた。 けれどある日、雅に縁談が舞い込む。 お相手は鬼族を統べる鬼灯家の次期当主である鬼灯蓮。 絶対的権力を持つ鬼灯家に逆らうことが出来ず、両親は了承。雅も縁談を受け入れることにしたが…… 「私が雅の代わりに鬼灯家に行く。私がお嫁に行くよ!」 妹を守るために自分が鬼灯家に嫁ぐと決心した霞。 しかしそんな彼女を待っていたのは、絶世の美青年だった。

百合系サキュバス達に一目惚れされた

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

AV研は今日もハレンチ

楠富 つかさ
キャラ文芸
あなたが好きなAVはAudioVisual? それともAdultVideo? AV研はオーディオヴィジュアル研究会の略称で、音楽や動画などメディア媒体の歴史を研究する集まり……というのは建前で、実はとんでもないものを研究していて―― 薄暗い過去をちょっとショッキングなピンクで塗りつぶしていくネジの足りない群像劇、ここに開演!!

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ロボリース物件の中の少女たち

ジャン・幸田
キャラ文芸
高度なメタリックのロボットを貸す会社の物件には女の子が入っています! 彼女たちを巡る物語。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

処理中です...