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第三話 ヒロインのいない物語

05-1.女公爵はお疲れである

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* * *


 あれは、公爵として求められる結果ではなかっただろう。

 恨んでいた。憎んでいた。
 死んでも構わないと、酷い目に遭わせてやろうと思っていたことだってある。

 前世からの憎しみは消えることもなく、私の心の中に焼き付いている。

 許せるわけがなかった。アリアの命が奪われるきっかけを作り、皇国を戦争に導いたエイダを許してはいけないと思ってしまった。

 クリーマ町で引き起こされた事件の犯人がエイダだと知った時、復讐の時が来たのだと思ってしまった。前世での復讐を、今世での復讐を果たす時が来たのだと思ってしまった。

 騎士団の到着を待たず、迷いの森を強行突破したのは私情だろうと指摘されても否定はできないだろう。

 死んでしまえばいいと思っていた。
 殺してしまおうと思ってしまった。

 この手で復讐を果たしてやると思っていた。


「……はぁ」

 それでも、友として過ごした日々がなくなるわけではない。

「最悪だな」

 学院での日々が消えてしまうわけではない。くだらないことだと言いながらも、エイダの我が儘に付き合った日々は夢ではなかった。

 エイダの悲鳴が頭の中から離れてくれない。

 悲痛な顔を忘れられない。助けを求める声を忘れられない。

「気持ちが悪い」

 声に出してみる。

「許されないことをしたのは、あの女だ」

 クリーマ町を救う為だった。

「それなのに、彼奴は……」

 吐き気がする言葉ばかりだった。
 理解ができない言葉ばかりだった。

 それは、私が何度も求め、与えられることを諦めた言葉だった。

「理解ができない」

 騒動を終わらせる為だけに、私を守りたいのだと蕩けた表情で語ったエイダを捕縛した。

 死ぬよりも苦しい拷問が待っているとわかっていながらも、その命を終わらせる覚悟もなく、責任から逃れるために手放したようなものだった。

「いっそのこと、恨んでくれればいいものを」

 数か月前までは友だった。
 私が前世の記憶を取り戻すまでは友だった。

「知りたくもないものを与えられた気分だ」

 私は、友であったことを忘れてしまったかのような振る舞いをしていた。

 可愛い異母妹を追い詰めた相手だからと一方的に関係を絶った。一度だってまともな会話が成り立ったことはなかった。

 それでも、私はエイダの友として過ごしたことがある。

 エイダは最後まで私を疑うことはしなかった。

「どうしたものか……」

 クリーマ町を半壊に追い込んだ事件を解決させたのはよかった。騎士団には氷漬けにした魔物の状況を説明し、眠
らせたエイダを重要人物として丁重に扱うように言付けはした。

 なにが起こるかわからないという意味を込めて忠告したようなものだ。

 かつて友だった人に対する情がないわけではない。

 エイダの死を望んでいることは事実だ。人形のように表情が抜け落ち、両目からは涙を零していた彼女を救いたいと思ったことも事実だ。

 矛盾している感情を抑えきれない。

 エイダの死を望む言葉を、あの場で発言をするべきではなかったのだろう。

 それでも、操り人形のような姿になっている彼女が壊れてしまう前に開放を願ってしまった。それは一方的で自分勝手な押し付けだ。

「はぁ……」

 執務室のソファーに身体を預けながらため息を吐く。

「なにが正しいのか、わからなくなってきたな」

 セバスチャンたちの反対を振り切って現場に向かったのだ。
 これは、一人でも多くの領民を救うことができればいいと、反対を押し切って出向いた結果だ。

 クリーマ町に住む人々の命は救うことができたかもしれない。
 魔物の襲撃事件を解決させたといえば聞こえがいいかもしれない。

 結果論では正しい行為だったと認められるかもしれない。

「自己満足の結果、友を、狂わせたようなものか」

 私がかつての友を見捨てたことには変わりはない。

 執務室の壁際にいるのにもかかわらず、何も言わずに立っているセバスチャンに問いかけるように独り言を口にしても返事はない。

「なにもするべきではなかったのかもしれない」

 触れるべきではないと判断したのか、私が自分自身で答えを見つけ出さなければ意味もないことだからなのか、それとも、どのような答えを与えられたとしても納得などできないことをわかっているからなのかもしれない。

「アリアを連れて、逃げてしまえば、よかった」

 何もかも捨てて二人で生きる道を探ればよかった。
 そうすれば、後悔することはなかっただろう。

「壊すことしかできないのに。守ろうとするのがいけなかった」

 エイダを犠牲にすることで事件を解決に導いたのだ。

 一人を犠牲にすることで多くの領民が救えるのならば、問題はないと判断を下すしかなかった。他の方法を模索する余裕はなかった。

「最悪だ」

 それを部下にさせる覚悟はなかった。
 その罪を部下に押し付けるわけにはいかなかった。

「夢ならば、良かったのに」

 エイダはアリアの死を望んでいた。
 エイダが居なくなれば、アリアは安全が保障される。日常に戻れる。

 それでも、エイダが私の友であった事実だけは消えてはくれない。

「消えてなくなってしまえばいいのに」

 執務室で仕事をしなくてはならないと中途半端な使命感だけで歩いていたものの、ソファーに倒れ込んでしまった後は動けそうにもない。

「私なんか消えてしまえばいいのに」

 これは一時的な症状だと頭では理解をしている。
 不安を煽るだけの言葉は口にするべきではないとわかっているのに、抑えきれない。

「なにもかも、嘘ならば良かったのに」

 引き連れていた人々が恐怖に駆られて暴走をする前に終わらせなければいけなかったとはいえ、必要以上の魔力を注ぎ、効力を倍増させたのが倦怠感の原因だろう。

 魔力過多の傾向があるとはいえ、魔力を消費すれば倦怠感などの心身症状が現れる。この症状だけは薬を飲んでも改善させないから困ったものだ。

 今回は自らの意思で友を見捨てたことに対する心理的な要因も含まれているのだろう。自業自得としか言いようがない。

 これでエイダを中心とした不気味な関係性は壊れた。
 不安定なままで繋がっているだけの関係性は壊れたことだろう。

 彼女が、本当に力を失ったのか疑わしい箇所も残っている。

 しかし、彼女の言葉を信じるのならば、彼女の知っている未来は消えたのだろう。今後も戦争や飢饉などの危機は訪れるだろうが、エイダを中心として世界がおかしくなることは避けられると信じよう。
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