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第二話 転生というものがあるのならば

06-3.下らないものと吐き捨て、その手を払い除ける

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「俺が言っているのはそういう意味じゃない! イザベラが守るべきなのは皇太子殿下だろ!? 皇国の為に生きるんだって決めただろ!」

 それなのに、アイザックはそれを簡単に壊してしまう。

「冷静になれ。なにが最善策だ。それはイザベラが犠牲になるだけじゃないか」

 冷静になれと他人事のような言葉を口にしながら、両手で肩を捕まれる。

 バカみたいに強い力で肩を摑まれ、思わず、痛みで表情が歪んだのは仕方がないだろう。
 冷静になることができれば、その表情すらも誤魔化すことができただろうか。

「しっかりしろよ、イザベラ。お前は現実を見てないんだ」

 現実を見ていない? それは、お前だろう。

 皇太子殿下は、アリアを一方的に婚約破棄した。
 市民階級のエイダ嬢と婚約をしたいなんて受け入れられるはずがない。

 皇族も貴族も政略結婚なのだ。

 市民だって親や親せきの思惑によって結婚を決められるだろう。
 恋愛結婚などというのは物語上の空想のものだ。

 エイダ嬢を傍におきたければ、結婚をした後、側妃にすればよかったのだ。

 そうすれば、全てが綺麗に収まったのに。

 現実とはかけ離れた空想話を現実にしようとしている皇太子殿下とエイダ嬢こそ、現実を見ていないのだ。それなのに誰もそれに気付かない。なにもかもがおかしい。

「……痛いよ、アイザック」

 摑まれている肩も痛いが、それよりも、心が痛い。胸が苦しい。

 アイザックだけは違うと思っていた。

 前世での私のように罪を犯すことはないと信じていた。彼は彼なりの正義を貫き、皇太子殿下を守っていたのだと信じたかった。

 現実を突きつけられたからだろうか。

 アイザックの言葉が胸に刺さるようだった。

 心が痛い。苦しくて仕方がない。

 立場を投げ捨てて泣くことができれば、この痛みは和らぐのだろうか。

 なりふり構わずアリアだけを守ることができれば、なにも悩むことも悔やむこともないのだろうか。
 それができないのならば、この痛みは慣れるしかないのだろうか。

「悪い。掴むつもりなんかなかったのに」

 力のない私の言葉になにを思ったのか、アイザックの手は肩から離れる。

「なあ、イザベラ。俺の手を取れ。このままだと苦しいだけだ」

 そして、肩を摑んでいた手は私に差し出された。

「魔力が膨れ上がっているのは自覚してるだろ。そのままだと、取り返しのつかないことになる」

「……わかっている。だが、アイザックの手を掴んでも変わらないだろう」

「少しでも中和すれば、変わるかもしれないだろ」

「それは一時的な効果しかないのは身をもって知っているだろう?」

「知ってる。それでも、今よりは楽になれるだろ」

 真っ直ぐに伸ばされたその手を取ることは許されない。
 その手を取って泣いてしまいたいと思うことは間違いなのだ。

 それは公爵として求められている私の姿ではない。

 これは甘えだ。
 誰一人、手放したくないというのは甘えでしかない。

「アリアを匿うのは止めるべきだ。少なくとも、アリアの為にイザベラが犠牲になる必要はねえだろ」

 それでも、アリアがいない日々には戻れない。
 大切な異母妹がいない日々には戻りたくない。

 その為には、私自身を犠牲にしても構わない。
 例え、破滅の道を歩むことになったとしても、アリアだけは守って見せると決めたのだから。

「まだ間に合うんじゃねえの、イザベラ。俺も一緒に皇太子殿下に謝ってやるから。だから、泣くのを我慢するのは止めろよ」

「……なにを謝るというのだ」

「婚約破棄の大舞台を台無しにしたことと、皇太子殿下の提案を拒否したこと、それからエイダを悲しませたことも。全部、俺も一緒に謝ってやるから」

「私はなにも後悔をしていない。公爵として正しいことをしただけだ。アリアを傷つけた相手に謝罪をするつもりはない」

「そういうと思ってた。それでも、俺はお前が酷い目に遭うんじゃねえかって、それが心配なんだよ。お前の言い分も分からなくはねえけど、でも、それはイザベラを犠牲にしてまで貫くようなことじゃねえよ」

 泣いてしまいそうになっていることも、それを堪えていることも気付いているのならば、なぜ、その理由には気付いてはくれないのだろう。

 追い打ちをかけるような言葉で手を取ると思ったのだろうか。
 公爵令嬢であってもその手を取るわけにはいかないということを知らないわけではないだろう。

「頼むから、正気に戻ってくれ」

 アイザックの顔を見つめれば、いつも通り、バカみたいに真っ直ぐな眼をしていた。真面目に言っているのだろう。バカだけれども正直な男なのだ。

 見ていれば分かる。
 私が悔しくて泣きそうになっていることをアイザックが見抜いているのと同じかもしれない。

 唯一無二の親友として共に居た時間は変わらない。

 二度目の人生を歩み始めた私の方が、彼のことを知っているといっても過言ではないだろう。

 だから、分かってしまう。
 彼は本気で言っているのだ。

 それが解決方法だと心の底から思っているのだ。
 私が正気ではないと本気で思っているのだろう。


「……くだらない」

 あぁ、くだらない。
 くだらなくて仕方がない。

 思わず零れてしまった言葉にアイザックは不審そうな眼を向けて来る。

「その手を取るはずがないだろう。私はスプリングフィールド公爵として正しいことをしたと自負している。この手紙も私の手に渡ることなく塵となった。それだけの話だ。ディア、客人には早々に帰って貰え」

 目の前で手紙を破り捨てる。
 そして、それを床に放り投げて背を向ける。

「おい! イザベラ!!」

 アイザックに名を呼ばれると胸が痛む。
 なぜだろうか。心が痛いと泣いている。

「イザベラ!!」

 それでもその手を取るわけにはいかない。

 アリアを守る為にも、スプリングフィールド領を守る為も、公爵としても、その手は振り払う必要があった。

 それなのに、なぜ、これほどに心が痛いのだろう。
 胸が苦しい。零れそうになる涙を堪えるのが辛くて仕方がない。

 アイザックならば話せば分かってくれると心のどこかで思っていたのかもしれない。

 だから、心が痛いのだ。涙を堪えるのが辛いのだ。

 今はそういうことにしてしまおう。

 心が痛い理由を考えれば考えるほどに苦しくなるのならば、気付かないままでいるべきなのだ。
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