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第二話 転生というものがあるのならば

06-2.下らないものと吐き捨て、その手を払い除ける

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「二人の手紙の内容を知っているか?」

 返事をしなかったのには理由がある。

「どちらも同じような内容だ。私に喧嘩を売っているようなものだよ」

 アリアが婚約破棄をされた日以降、毎日のように届けられる手紙の内容はいつも同じようなものである。最後はいつも同じ内容になるのだ。

「婚約破棄をされた異母妹を罪人として裁くというものだ。その為に必要になる罪状を、どのような内容でも構わないから告げ口しろと強要する内容ばかりだ。その上、スプリングフィールド公爵家にエイダ嬢の後見として婚約を支持しろと書かれた時は怒りで言葉を失ったよ」

 どのような形になったとしてもアリアを殺そうとする人間が聖女だと崇められるのならば、女神様は死に神と同一の存在になるだろう。

 罪人として連れて行かれてしまえば、アリアは死刑になる。
 それは前世となにも変わらない。

 守る術もなく手放してしまった先にあるのは、虚無感と死を乞う日々だけだ。
 永久に続くような後悔は二度としたくはない。

 告げ口を強要されたということは、条件が揃っていないのだろう。

 もちろん、このまま無視を続けるわけにはいかない。
 それならば、――アリアを守る為の手段を整えるしかない。もう時間はない。

「私は公爵として返信する必要性も、従う必要性もないと判断をした。謹慎中の皇太子殿下には公爵に命令を下す権限はない。それすらも理解されていない人ではなかっただろう」

 皇太子殿下は常識のある人だった。

 魔法の才能も剣術の才能も飛び抜けてはいない。話術が飛び抜けているわけではない。学ぶ機会が少ない平民階級の人々よりも少しだけ優れているだけだ。

 それも学ぶ機会を得て、それを修得する努力を重ねてきた結果である。

 なにも問題を引き起こさなければ、皇国を継ぐのは彼になるだろう。
 謹慎処分が終われば彼は皇帝陛下に求められる振る舞いをするだろう。

 そうでなければならない。
 元々スプリングフィールド公爵家の後見があるからこそ皇太子に選ばれた人なのだ。

 優しすぎる彼には皇国を維持していく力はあっても、繁栄させていく力はないだろう。それは、貴族ならば誰もが分かっていることである。

 だからこそ、認められる為だけに努力を惜しまない人だった。

「なあ、アイザック? おかしいとは思わないのか」

 どうか、おかしいと思ってくれ。

 元婚約者を罪人に仕立て上げようとする人ではないと反論をしてくれるだけで構わない。皇太子殿下はそのような暴君のような真似をする人ではないのだと否定してほしい。

 前世では、皇太子殿下に仕えることを至上の喜びだと感じていたアイザックだからこそ理解して欲しい。

 皇太子殿下はそのような真似をするような人ではないと言ってほしい。

 そうすれば、私はあの人が変わってしまったと認めることができる。

「何がおかしいんだよ? 殿下の願いを叶えるのが当然だろ?」

「今の殿下は正気ではない」

「そうだとしても、俺たちの態度を変えるべきじゃねえよ」

「いいや、私たちは正さなければならない。そうしなければ、いずれ、取り返しのつかないことが起きてしまう」

 未来のことを知っているのは私だけだ。

 それを口にするわけにはいかないのはわかっている。悪用をするような男ではないが、巻き込むわけにもいかない。


「……アリアを、守らなくては」

 思わず零した言葉にアイザックの顔つきが変わった。

「アリアのところに行かなくては――」

「イザベラ!!」

 思わず、身体が揺れた。

 驚いたわけではない。怯えたわけではない。
 ただ、アイザックの必死な顔は、前世で見た最後の顔によく似ていた。

 それが恐ろしかった。
 あれは決して夢ではないのだと言われているような気さえしてくる。

「しっかりしろよ。彼奴に会いに行く必要なんかないだろ」

「……あ、あぁ、そうだな。アリアは……」

「アリアは公爵邸にいる。公爵邸の使用人の腕前は、誰よりもお前が知っているだろ、イザベラ。良いから、今は俺だけを見てろ」

 部屋の温度が急激に上がった。
 アイザックの魔力が漏れ出しているのを感じる。

 珍しい。私よりも魔力を抑えるのが上手かったはずなのに。

 動揺をしているのがよくわかる。

「卒業式の時も思ったんだけどさ。イザベラ、お前、変だぞ? お前、彼奴のことを嫌っていたじゃないか。疎んでいたじゃないか。なんで庇うような真似をしたんだよ。皇太子殿下だって、エイダが説得をしていなかったら、お前のことも許さないって言っていたんだぞ!?」

 まるで常識を子どもに教えている大人のようだった。
 それは、正しいことを正しいと主張する子どものようにも見える。

 いつもと何も変わらない表情で当然のように主張した言葉を聞いて、空しさを覚える。
 なぜだろう。なぜ、当然のようにアリアを否定するのだ。

「お前が守るべきなのは彼奴なんかじゃねえだろ! 少しは冷静になれよ!」

 なあ、アイザック。
 お前はあの子の幼馴染みだったじゃないか。

 あの子は、お前のことを兄のように慕っているというのに。

 今だって、機会があれば昔のようにお茶会をしたいと、お前の武勇伝を聞きたいと言っているのに。

 それをお前は気持ち悪いと否定するのだろう。
 以前のように妹分だとあの子の頭を撫でることはないだろう。

 それが分かってしまう。

 それでもアリアはお前を兄のように慕っていたのだ。
 それを気付かないような人ではなかっただろう。

 考えが足りないことはあっても、口より先に手が出るような性格ではあっても、アリアを可愛がっていた過去まで消えてなくなるようなことはないだろう。

「公爵として皇帝陛下にも皇后陛下にも尽くしている。スプリングフィールド公爵領は今まで以上の発展を遂げるといっても過言ではない。私は、その為に命を懸けるつもりだ。公爵として祝宴や舞踏会、お茶会の参加が必要ならば出席もするし、必要ならば開催だってする。今はまだ祖父様と祖母様の知恵を乞うこともあるが、それでも、公爵としてオーデン皇国に尽くすつもりだ」

 分かっている。分かってしまった。
 それでも認めたくないと思ってしまうのは、まだ若い証拠なのだろう。

「私は、怪物と呼ばれることを、もう恐れてはいないよ」

 感情的に振る舞えば、私の足元からすべてが凍り付いてしまう。

 魔力を支配下に置いている時は強力な武器になる。
 それは、私の支配下から離れた途端に他人の命を危機に陥れる怪物に成り下がる。

「アリアが生きていてくれるなら、それだけで構わない。アリアが幸せになってくれるなら、笑ってくれるなら、私は怪物と恐れられても構わない」

 先々代として度々指導に訪れてくれる祖父母ならば、若い考えだと笑うだろう。

 相手の考えを理解しているのに認めないのは、愚かな行為だ。

 愚かな行為は領地経営には必要ない。政策を誤れば多くの領民の命を危険に晒すこともあり得る領主には、公爵には愚かな選択肢をしてはいけない。

「だから、もう、いいんだ。私のことは放っておいてくれ。これは私が見出した最善策だ。邪魔をしないでくれ」

 それでも、アイザックが求めている答えではない答えを口にしていた。

 それで諦めてくれたらいいのに。

 甘すぎる願いが冷静であるべき公爵としての顔を壊してしまう。
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