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第二話 転生というものがあるのならば
06-1.下らないものと吐き捨て、その手を払い除ける
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「お帰りなさいませ、イザベラ様。応接間でアイザック・ウェイド公爵令息がお待ちでございます」
領地視察を終え、玄関に足を踏み入れた途端に言われたセバスチャンのその言葉に頭が痛くなる。
アリアと約束をした夕食の時間までは残り二十分。元々守るつもりはなかったが、仕事の都合で約束を破るのと屋敷内にいながらも約束を破るのでは話が違う。私の気分の問題だが。
しかし、来客を放っておいて食事を摂るわけにはいかない。
このような時間帯に来客があるのは珍しいことではないが、今回は急すぎる。なにを考えているんだろうか、あのバカは。
「なぜ、連絡を入れなかった」
「イザベラ様は公爵としてのお仕事をされて外出されておりますとお伝えしたところ、応接間で待たれるとのお返事でしたので。イザベラ様にとっての優先順位は変動ないものであると判断いたしました」
「……そうか。賢明な判断だよ、セバスチャン。ルーシー、アリアが部屋から出ないように監視しておけ。食事は部屋に届けさせろ」
「かしこまりました」
アイザックとアリアは面識がある。
三大公爵家の一つであるウェイド家との友好関係を築くことを目的としたお茶会等で挨拶を交わす程度はしていたはずだ。
それ以降もアリアから声をかけていた気がする。
皇太子殿下の婚約者であった頃は未来の皇妃殿下としてそれなりに可愛がっていたように見えた。
時々、何を思ったのか、アリアの性格が悪いなどと根拠のない話を口にしていたが、あれは、きっと悪戯のつもりだったのだろう。
叶うはずもない夢物語を口にして、三人で冒険をしようと話をしたことだってある。アリアも兄のような存在としてアイザックを慕っていた。
それなのに、アイザックはアリアに殺意を向けた。
アイザックはアリアへの敵対心を抱いていると判断してもいいだろう。
それならば二人を接触させるわけにはいかない。
露骨なまでに敵意を向けられてしまえば、アリアも気付いてしまうだろう。
そのようなことは阻止する必要がある。
アリアが傷つくようなことはあってはならない。
なにより私がアリアの泣きそうな顔を見たくはないのだ。
「セバスチャン。ロイにこれを」
「かしこまりました。イザベラ様。常に部下が控えております。緊急時は必ずお呼びくださいませ」
「必要ない。それよりもアリアの護衛を強化しておけ」
「アリアお嬢様の護衛は倍の数を配置しております」
「ふふっ、抜け目がないな。さすが、ロイの後継者だよ」
応接間で待っているだろうアイザックも気付いているだろう。
彼奴は考えが足りないことが多いが第六感は鋭い。
使用人たちの警戒心の高さや殺意に気付いていないとは考えにくい。
だからこそ、言葉にするのだ。
そうすれば嫌でも気付くだろう。
私がアイザックの訪問を快く思っていないことも分かるだろう。
気付かなければそれまでだ。
公爵家同士の付き合いは継続していくことになっても、個人の付き合いは薄れていくことになる。それは、……なぜか、とても心が痛い。
「やあ、アイザック。随分と待たせたようだね。――それで用件を聞こうか」
応接間を開ければ、いつも通りのアイザックが座っていた。
事前の通達もなく訪れるような非常識な真似は今までしたことがないアイザックのことだから、切羽詰まった表情でもして待っているかと思えば、そういうわけではないらしい。
「いや、連絡を忘れた俺が悪いから。……それに、無事に公爵を継いだんだってな。昨日、父上から言われるまで知らなかったんだけど」
「アイザック。私は用件を聞くと言ったんだ。公爵になったことへの文句を言いに来たのならば、早々に帰ってもらえるか? 私も忙しいのだよ」
「え、あ、いや……。実はローレンス皇太子殿下から手紙を預かって来たんだ」
差し出された手紙を受け取れば、皇族の紋章が押されている。
この手紙が公式なものであるとの証明だ。
それならば読まないわけにはいかないだろう。
どうせいつもと同じ婚約破棄の関連か、エイダ嬢との婚約の後押しを願う内容か、それとも、アリアを引き渡せとでも書かれているのか。謹慎処分中であるというのにもかかわらず学習しない人だ。
そのようなことを繰り返している余裕はないだろう。それが分からない人ではなかったのだが、人は悪い方面にも変わってしまうものだ。
このような手紙は毎日のように送られてきている。
必ず目を通すようにしてはいるものの、返事は一度もしていない。
どの手紙も不快な内容ばかりだった。
「なぜ、お前がこれを運んで来た? 使用人に任せればいいだろう。他の書類は全て使用人が持ってきたが」
「それは……。あー、イザベラ、怒ると思うんだけど。婚約者の一件でさ、ローレンス皇太子殿下が公になることを嫌がっているというか。さすがに謹慎処分中の身で堂々とできないというか、なんか、色々とあるみたいでさ」
「なぜ、それがお前に手紙を託す理由になるのだ」
「なぜって、そりゃあ、皇太子殿下にも色々あるんだよ。ほら、エイダは聖女だけどさ、市民階級の人だからって、城の中でも意見が分かれているみたいで。……わかるだろ? それ、エイダからの手紙なんだ。手紙の返事が来ないからって、幼馴染みの俺からなら受け取るだろうってさ」
これは何を聞かされているのだろうか。
アイザックから渡された手紙ならば返事をすると? ――あの人たちはスプリングフィールド公爵家を何だと思っているんだ。
皇太子殿下からの一方的な婚約破棄により多大な損害を被り、信頼関係は崩れ、それを補うための会合や商談が山のようになっているというのに、個人的な手紙の返事を催促するだと?
エイダ嬢はそのようなことをするような人だと諦めがついても、皇太子殿下は他人の心を理解できない人ではなかっただろう。
敬愛すべき人だったのに変わってしまったのだろうか。
「バカにされたものだな、アイザック」
「利用されているだけなのは、わかってる。それはただの口実だ」
「口実? そんなものを用意しなくても勝手に遊びに来るではないか」
「今まではそれで良かったんだけどなぁ。さすがに公爵閣下の友人と名乗るのには、相応しくねえ立場だろ」
急に押しかけて来ただけはある。
まともに整理されていない言葉を聞いてもなにも心に響かない。
「これは友人として引き受けてやっただけだ。そんなに深い意味はねえよ」
アイザックを通じて手紙を届ければいいと判断をした二人の考えは理解できないが、なにより、それを引き受けたアイザックもおかしい。
深い意味がないのに行動を起こすような男ではないだろう。
口実を作ってまで会いに来る理由もわからない。
「立場を気にしているのならば、アイザックは公爵家の令息だ。皇太子殿下とは対等な友人として振る舞うことが許された身分だろう。その上、爵位や領地を与えられていない皇太子殿下は謹慎処分を受けている身だ。お前を伝達役として使うことを許される立場ではないだろう」
「だから、これは友人として引き受けたんだよ。人聞きの悪いことを言うんじゃねえ」
「少なくとも私たちはそのような友人関係ではなかった」
「学院での話だろ。卒業すれば変わってくるものだってある。イザベラ、お前、なんで怒ってんだよ? 俺が伝達役を引き受けても、お前が損する話でもねえだろ。それともこの手紙は厄介事か?」
アイザックは手紙の内容を知らないのだろう。
何も聞かされずに伝達役を引き受けたのだ。
それが皇太子殿下たちにとって都合のいいことになると知っていながらも、友人として引き受けたのだろう。
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