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第二話 転生というものがあるのならば
05-2.アイザックはアリアのことを嫌っている
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「俺はお前が憎くて仕方がない」
思わず口にした言葉だった。
「平民は貴族に関わらなければいい。俺たちとお前は違う。それを弁えないなら、いっそのこと、あの時、投獄されてしまえばよかったんだ」
アリアの表情が変わった。
今にでも泣き出しそうな顔だった。
そうやってイザベラを誑かそうとしているのだろう。
昔からそうだった。イザベラが来る時間を見計らって態度を変える。
「俺たちは皇国の未来を担う貴族だ。化け物と言われようが、怪物だと言われようが、悪魔だと言われようが、皇国の為ならなんだってやらなきゃいけねえ立場に立っている。それができないような奴は公爵家には要らねえんだよ」
何度、イザベラに伝えたことだろう。
彼奴は一度も俺の言葉を信じなかった。
「弱い奴にイザベラの傍にいる資格はねえんだよ。彼奴の足枷になるだけなら、今すぐ、消えてくれ」
アリアの涙を見て、それどころではなかったのかもしれない。
それを繰り返していく内にイザベラはアリアに執着心を抱くようになった。
引き離そうとしてもイザベラは頑なに離れようとしなかった。
きっと、彼奴が憧れて仕方がない家族愛というものを得られるような気がしたんだろう。
それでも、学院に入学をする頃にはそれも薄れていた。
イザベラはアリアに執着をしなくなった。
気に掛けてはいたが、声はかけなかった。彼奴の名を呼ばなかった。
だから、油断をしていた。
イザベラの隣を奪われるようなことはないと油断していた。
「……アイザック様」
アリアに名前を呼ばれるだけで吐き気がする。
「わたくしは、お姉様の家族ですわ。貴方様がなんとおっしゃられようとも、お姉様がそうおっしゃってくださいましたもの。わたくしは、わたくしを愛してくださっているお姉様の言葉を信じますわ」
用件はそれだけだと言わんばかりの顔をしている。
「ですが、これだけは覚えておいてくださいませ」
こんな顔をするような女だっただろうか。
いつだってイザベラの後ろをついてくるような目障りな子どもの印象しかない。
「お姉様はわたくしを貶すような人とは婚約を結ばれませんわ。少なくとも、わたくしのことがお嫌いなアイザック様はお姉様の傍にいる権利すらもございませんのよ」
「なにを――」
「わたくしへの態度を改めてほしいとは望みませんわ。ですが、わたくしも、ローレンス様への愛を貫くだけの少女ではありませんことを血筋だけが頼りのお可哀そうな心の片隅に留めておいてくださいませ」
腹立つ顔を殴ってやろうか。
「わたくし、婚約が破談になった一週間前に心を入れ替えましたの。もう殿方に縋りつくだけの弱い少女には戻りませんわ。わたくしはお姉様の自慢となれるように強く、美しい女性になろうと思いますのよ」
泣き出しそうな顔はもうない。
明らかに見下しているような顔だった。
「アイザック様。貴方が心の底から疎ましく思うわたくしの忠告にどうぞ耳を傾けてくださいませ」
ゆったりと立ち上がる姿は貴族の令嬢そのものだ。
似合わない。
平民が貴族の真似事をしているのは不愉快だった。
「お姉様には遠回しの言葉は通じませんわ。どうか、ご自分のお心に耳を傾けてくださいませ。それから泣いて謝ってくださるのならば、お優しいお姉様は一度目の過ちは許されることでしょう。二度目はございませんわ」
「……お前に言われなくてもわかっている」
「まあ、そうでしたの。わたくしには、そのようには見えませんでしたわ」
白々しい。
イザベラとはなにも似ていない。
それなのにイザベラと唯一同じ色をしている目で見られると居心地が悪くなる。
「これでも、幼い頃は兄のように慕っておりましたもの。なにもお返しすることができないわたくしからの贈り物ですわ。どうぞ、有効に活用してくださいませ」
「はっ、最悪な冗談だな」
「えぇ、そうおっしゃられると思っておりましたわ」
まるで、イザベラに責められているみたいだ。
きっと、彼奴は俺を責めることもしないんだろう。
仕方がないことだと笑うんだろう。
それはアリアもわかっていることだ。
だから、この女は俺の態度が許せないのだろう。
「アリアお嬢様。そろそろ、退出願います」
「わかりましたわ。それでは、アイザック様。ごきげんよう」
扉の隙間から聞こえた執事の声に従うアリアの姿は堂々としていた。
一発、殴ってやればよかった。
そんなことをすれば、イザベラは話も聞いてくれなくなることがわかっている。
「チッ」
何事もなかったかのように応接間から出ていったアリアの顔を思い出し、思わず机を叩いてしまう。物に当たるのは良くないことだ。
わかっている。
それでも、どうしようもない感情が込み上げてくる。
アリアはスプリングフィールド公爵家の血筋を継いでいない。
それなのに、態度だけは貴族の令嬢そのものだ。
生意気な態度も屈しないと言いたげな目も腹が立つ。
「最悪だ」
こんな形で自覚をするとは思っていなかった。
俺はイザベラのことが好きなのか。
だから、イザベラが執着をするアリアが憎くて仕方がないのか。
家族というものに対して憧れを捨てきれていないイザベラのことだ。そこには行き過ぎた家族愛しかないのはわかっている。
それでも、アリアに向けられている執着心が羨ましい。
イザベラの感情を向けられたい。
彼奴の全てが欲しい。イザベラの全てを共有したい。
早く、イザベラからあの女を引き離さなくては。
アリアに対する執着を絶たせないと。
――そうしないと、イザベラは俺を見なくなってしまう。
このやり方が正しくないのは知っている。
「……はは、確かに、化け物だな」
固執した感情は疎ましいだけだ。
執着心は魔力を増やす。人前では見せられない化け物のような力が増していく。
すべてを燃やし尽くして灰にする炎を押し殺す。魔力を漏らしてはいけない。
イザベラとマーヴィンだけが受け入れてくれた力は俺の心を乱す。
感情的になってはいけない。
ここはウェイド公爵邸ではない。俺を閉じ込めるような檻はない。
執着心を抱けば苦しむだけだと言っていたマーヴィンの言葉がよくわかった。
イザベラがいつも仕事に追われている気持ちが痛いほどにわかった。
そうでもしていないと感情のままに増えていく魔力を抑えられない。
これが愛というのか、わからない。
きっと、イザベラの顔を見れば答えがわかるはずだ。
思わず口にした言葉だった。
「平民は貴族に関わらなければいい。俺たちとお前は違う。それを弁えないなら、いっそのこと、あの時、投獄されてしまえばよかったんだ」
アリアの表情が変わった。
今にでも泣き出しそうな顔だった。
そうやってイザベラを誑かそうとしているのだろう。
昔からそうだった。イザベラが来る時間を見計らって態度を変える。
「俺たちは皇国の未来を担う貴族だ。化け物と言われようが、怪物だと言われようが、悪魔だと言われようが、皇国の為ならなんだってやらなきゃいけねえ立場に立っている。それができないような奴は公爵家には要らねえんだよ」
何度、イザベラに伝えたことだろう。
彼奴は一度も俺の言葉を信じなかった。
「弱い奴にイザベラの傍にいる資格はねえんだよ。彼奴の足枷になるだけなら、今すぐ、消えてくれ」
アリアの涙を見て、それどころではなかったのかもしれない。
それを繰り返していく内にイザベラはアリアに執着心を抱くようになった。
引き離そうとしてもイザベラは頑なに離れようとしなかった。
きっと、彼奴が憧れて仕方がない家族愛というものを得られるような気がしたんだろう。
それでも、学院に入学をする頃にはそれも薄れていた。
イザベラはアリアに執着をしなくなった。
気に掛けてはいたが、声はかけなかった。彼奴の名を呼ばなかった。
だから、油断をしていた。
イザベラの隣を奪われるようなことはないと油断していた。
「……アイザック様」
アリアに名前を呼ばれるだけで吐き気がする。
「わたくしは、お姉様の家族ですわ。貴方様がなんとおっしゃられようとも、お姉様がそうおっしゃってくださいましたもの。わたくしは、わたくしを愛してくださっているお姉様の言葉を信じますわ」
用件はそれだけだと言わんばかりの顔をしている。
「ですが、これだけは覚えておいてくださいませ」
こんな顔をするような女だっただろうか。
いつだってイザベラの後ろをついてくるような目障りな子どもの印象しかない。
「お姉様はわたくしを貶すような人とは婚約を結ばれませんわ。少なくとも、わたくしのことがお嫌いなアイザック様はお姉様の傍にいる権利すらもございませんのよ」
「なにを――」
「わたくしへの態度を改めてほしいとは望みませんわ。ですが、わたくしも、ローレンス様への愛を貫くだけの少女ではありませんことを血筋だけが頼りのお可哀そうな心の片隅に留めておいてくださいませ」
腹立つ顔を殴ってやろうか。
「わたくし、婚約が破談になった一週間前に心を入れ替えましたの。もう殿方に縋りつくだけの弱い少女には戻りませんわ。わたくしはお姉様の自慢となれるように強く、美しい女性になろうと思いますのよ」
泣き出しそうな顔はもうない。
明らかに見下しているような顔だった。
「アイザック様。貴方が心の底から疎ましく思うわたくしの忠告にどうぞ耳を傾けてくださいませ」
ゆったりと立ち上がる姿は貴族の令嬢そのものだ。
似合わない。
平民が貴族の真似事をしているのは不愉快だった。
「お姉様には遠回しの言葉は通じませんわ。どうか、ご自分のお心に耳を傾けてくださいませ。それから泣いて謝ってくださるのならば、お優しいお姉様は一度目の過ちは許されることでしょう。二度目はございませんわ」
「……お前に言われなくてもわかっている」
「まあ、そうでしたの。わたくしには、そのようには見えませんでしたわ」
白々しい。
イザベラとはなにも似ていない。
それなのにイザベラと唯一同じ色をしている目で見られると居心地が悪くなる。
「これでも、幼い頃は兄のように慕っておりましたもの。なにもお返しすることができないわたくしからの贈り物ですわ。どうぞ、有効に活用してくださいませ」
「はっ、最悪な冗談だな」
「えぇ、そうおっしゃられると思っておりましたわ」
まるで、イザベラに責められているみたいだ。
きっと、彼奴は俺を責めることもしないんだろう。
仕方がないことだと笑うんだろう。
それはアリアもわかっていることだ。
だから、この女は俺の態度が許せないのだろう。
「アリアお嬢様。そろそろ、退出願います」
「わかりましたわ。それでは、アイザック様。ごきげんよう」
扉の隙間から聞こえた執事の声に従うアリアの姿は堂々としていた。
一発、殴ってやればよかった。
そんなことをすれば、イザベラは話も聞いてくれなくなることがわかっている。
「チッ」
何事もなかったかのように応接間から出ていったアリアの顔を思い出し、思わず机を叩いてしまう。物に当たるのは良くないことだ。
わかっている。
それでも、どうしようもない感情が込み上げてくる。
アリアはスプリングフィールド公爵家の血筋を継いでいない。
それなのに、態度だけは貴族の令嬢そのものだ。
生意気な態度も屈しないと言いたげな目も腹が立つ。
「最悪だ」
こんな形で自覚をするとは思っていなかった。
俺はイザベラのことが好きなのか。
だから、イザベラが執着をするアリアが憎くて仕方がないのか。
家族というものに対して憧れを捨てきれていないイザベラのことだ。そこには行き過ぎた家族愛しかないのはわかっている。
それでも、アリアに向けられている執着心が羨ましい。
イザベラの感情を向けられたい。
彼奴の全てが欲しい。イザベラの全てを共有したい。
早く、イザベラからあの女を引き離さなくては。
アリアに対する執着を絶たせないと。
――そうしないと、イザベラは俺を見なくなってしまう。
このやり方が正しくないのは知っている。
「……はは、確かに、化け物だな」
固執した感情は疎ましいだけだ。
執着心は魔力を増やす。人前では見せられない化け物のような力が増していく。
すべてを燃やし尽くして灰にする炎を押し殺す。魔力を漏らしてはいけない。
イザベラとマーヴィンだけが受け入れてくれた力は俺の心を乱す。
感情的になってはいけない。
ここはウェイド公爵邸ではない。俺を閉じ込めるような檻はない。
執着心を抱けば苦しむだけだと言っていたマーヴィンの言葉がよくわかった。
イザベラがいつも仕事に追われている気持ちが痛いほどにわかった。
そうでもしていないと感情のままに増えていく魔力を抑えられない。
これが愛というのか、わからない。
きっと、イザベラの顔を見れば答えがわかるはずだ。
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