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第二話 転生というものがあるのならば

04.領地視察

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 アリアには屋敷の敷地内からはなにがあっても出ないことを約束させ、一人で好き勝手に動き回るあの子の性格を熟知した使用人たちにあの子の護衛と監視を命令し、馬車に乗り込む。

 執事長のロイとメイド長のマーガレットを屋敷に残してきている為、問題は起きないだろうが、先日の婚約破棄の一件を考えると急に王城へ呼び出しがかかる可能性も捨てきれない。

 なにかあれば直ぐに連絡を入れるようにと連絡手段の一つである魔法道具を渡してあるが、大丈夫だろうか。
 心配事が尽きない。


「イザベラ様。スケジュールの確認をさせて頂きます。十一時三十分頃、スプリングフィールド領フォスキーヤ町にて町長殿と冒険者組合との会合、終了は十二時三十分頃を予定しております。その後、町内散策を兼ねた昼食を摂り、十四時には商業組合との会合、終了は十六時頃を予定しております」

「……そうだな、それで構わない」

「その後、隣町のクリーマ町の視察も予定されておりましたが、こちらはいかがなさいましょうか。視察される場合、アリア様との夕食には間に合わない可能性がありますが」

「問題ない。そのまま視察へ行く」

「畏まりました。では、そのようにスケジュールを調整させていただきます。何か御用がございましたらお呼びくださいませ」

 これからの予定を正確に覚えているディアを秘書として昇格させたのは正解だった。
 予定の修正は必要ないと判断したディアは馬車の外に出る。

 フォスキーヤ町までは馬車でも三十分ほどかかるのだから、座っていればいいと言ったものの、断固としてそれを受け入れようとしないのはマーガレットの厳しい教育の成果だろう。

 父や義母は馬車の中に使用人を入れることを拒む性格だったから仕方がないのだが、一人だと退屈だ。

 本当ならば夕食の時間はアリアと過ごしたかったが、仕事を放棄するわけにもいかない。

 自由を愛する風潮の冒険者たちは気にしないかもしれないが、時間と金を気にする商人たちはなにかと規則を事細かく言う癖がある。こちらの弱みを見せるわけにも隙を与えるわけにもいかない。

 今後の領地経営の為の基礎は学院の頃に築いてきたとはいえ、それが全てというわけにもいかないのだから、大人になるというのは大変だ。

 これも領地経営に興味のなかった父のせいでもあるのだからやる気が削がれる。


***


「――イザベラ様。フォスキーヤ町に到着いたしました」

「あぁ。そのまま冒険者組合に向かってくれ」

「畏まりました」

 スプリングフィールド領内でも繁栄しているフォスキーヤ町には、領内唯一の冒険者組合がある。

 町の名に由来するフォスキーヤ冒険者組合と名乗っているあの場所に顔を出していた日々を思い出す。学院に通っていた頃、身分も、名も、性別すらも偽り、出入りしていたことがある。

 アイザックと一緒に冒険者の真似事をしながら鍛錬をしていた日々が懐かしい。

 爵位を継げばそのような真似は許されない。
 冒険者のように各地を渡り歩くことも、依頼される魔物討伐に向かうことも許されない。

 私が死ねば、スプリングフィールド公爵家は家督相続問題で大きく揺れることになるのだから、当然と言えばそれまでだが。それでも、公爵令嬢ではなく、どこにでもいる魔法学院の生徒として振る舞えた日々は輝かしいものだった。

 思えばアイザックが冒険者組合を出入りしなくなったのは、エイダ嬢との交流をするようになった頃だった気がする。

 あの楽しいだけの日々は呆気なく終わりを迎えてしまった。
 元々お忍びとして行っていたことだ。

 遊びというよりは現実逃避だった。

 それに対して何も不満を抱くことはなかったのだから、不思議なものである。

 私はアイザックと一緒に身分を隠して各地を渡り歩くことが好きだった。

 いつの日かアリアも連れて三人で世界を旅しよう、なんて下らない言葉を交わしたこともある。その後にはアリアには二人で世界を旅しようなどと都合のいいように約束をしてしまったことがアイザックにばれてしまい、二、三日は拗ねられて大変な思いをした。

 それすらも笑い話になる思い出だ。

 アイザックと一緒ならば何だってできるような気がしていた。

 それほどに私は彼を信頼していたのだ。
 今だって、その気持ちは変わっていない。


 馬車が冒険者組合の出入り口の目の前で止まる。

 スプリングフィールド公爵家の家紋が描かれた馬車に気付いたのだろう。冒険者組合からは慌てて人が飛び出て来る。

 いつもは素っ気ない顔をした受付嬢のベラだ。

 見知った人間の知らぬ顔を見るのは気分がよくない。

 公爵家を相手にするのだから当然だと父ならばいうだろうが、身分の差というのは友になることも許されないといわれているような気分になるのだ。

 私は、身分を隠していた時はその素っ気ない対応が好きだった。
 誰にも媚びないような態度に好感を抱いていた。

「スプリングフィールド公爵様! フォスキーヤ冒険者組合にお、お越しいただきましてありがとうございます! どうぞ、中にお入り下さいませ!」

 頭が地面にぶつかるのではないかと心配する勢いでお辞儀をしたベラの顔を見てはいけない気がした。頭を深すぎるほどに下げているベラから視線を外しながら、ディアの手を取り、馬車から降りる。

 公爵になるというのは、すべての関係が変わってしまうことでもある。

 名ばかりの変装をしていただけの私の正体にも気づいていただろう。
 大勢の人々が出入りする冒険者組合の看板を背負っている受付嬢が気づけなかったとは思えない。

 だからこそ、少しだけ寂しかった。

「頭を上げて構わない。組合長の元に案内を頼んでもいいか?」

「はっ! はいっ! こ、こここちらですっ!」

 町長を兼任している組合長からなにか言われたのだろうか。

 不自然な返事をしたベラは飛び上がるように頭を上げて、緊張していることが丸分かりのぎこちない歩き方をして先導する。その姿は異国の物語に登場する操り人形のようでおかしくて仕方がない。


「おや、イザベラ公爵令嬢――、あぁ、これは失礼しました。スプリングフィールド公爵、お久しぶりです。相変わらずローズ様と同じ美しい金色の髪をしているのですね。その色を持つのは貴女様と先々代当主様だけとは羨ましく思いますよ」

「やあ、フォスキーヤ殿。毎回、同じような挨拶をして飽きないものだね、君も。ところで、ご自慢の受付嬢は愉快だね。怯えているように見えたのだけども、あれは、君の指示かな?」

「いえ、いえ、とんでもございません! 私は公爵に失礼のないようにと口煩く言っただけです」

「ふふ、どうだか。……まあいい、面白いものを見ることができたよ。君が私のことをどのように言ったかは眼を瞑ってあげよう」

 なにもかも偽った関係ではあったが、一時期は組合長と組合員という関係だったことに気付いているのだろう。
 皇国内でも有能な人材の一人として数えられているフォスキーヤ町長の眼は誤魔化せないと考えるべきだろう。

 魔法学院の生徒として視察に来ていたことには気付いているはずだ。

「フォスキーヤ殿。今日は相談に来たんだ」

「手紙に書かれていた例の件のことですか?」

「そうだ。使い方によっては皇国に大打撃を与えかねない悪質な魔法が確認されている。スプリングフィールド公爵領を守る為、是非、君たちフォスキーヤ冒険組合との協力関係を強化したい」

「これは、随分と素直に言うのですね。交渉をするのならばもっと遠回しに、自分の利益を求めるべきだと思いますが?」

 人のよさそうな顔をしている癖に摑めない性格をしている。
 この性格に振り回されたこともある。

 そして、全てを偽った上での関係ではあったが、この人がこの町とスプリングフィールド公爵領へ愛着を抱いていることも知ることができたのは大きいだろう。

 この人は領地の害になることは好まない。
 フォスキーヤ町の自治を許している限りは、利益のない争いもしないだろう。

「これは交渉じゃない。フォスキーヤ殿への依頼だよ」

「なるほど、依頼ですか。公爵、依頼ならば会合を開かずとも引き受けましょう」

「それでは意味がない。今後、例の件について協力をし続けてもらわなくてはいけないからな。条件などを事細かく決めてしまえば、後が楽だろう?」

「楽なのは公爵だけでしょうがねえ……。まあ、いいでしょう。例の件に関しては冒険者としての血が騒ぐというものです。なにより公爵に恩を売っておけば後々良いことがあるでしょう」


 ――結局、フォスキーヤ町長との会合は一時間を予定していたのだが、その倍の時間はかかってしまった。その為、町内の散策は取り止め、馬車の中で軽食を摂りながらも次の会合場所へと向かう。商業組合との会合も予定時間を過ぎてしまい、予定を大きく変更するしかなかった。


 大都市の一つに数えられるフォスキーヤ町の隣町であるクリーマ町の視察は、今日でなくても問題はない。

 会合を開くわけでも人を待たせているわけでもない。

 領内で理性を持たない魔物が多く目撃をされている町の為、復興がどれほど進んだのかをこの目で確認したかったのだが、また、後日にしよう。

 しかし、今後の領地経営の方針や領内で確認されている魔物の討伐依頼や犯罪者の取り締まり等、父が放任していた内容を全て一から確認し同意を得るのは、思っていたよりも大変だった。

 所謂、公爵として仕事をしていた前世の記憶を取り戻したとはいえ、それも三年ほどで終わってしまったのだ。

 前世同様、アリアが婚約破棄をされたことを考えれば、三年後に戦争が引き起こされる可能性は高い。前世とは違い、エイダ嬢が正式な婚約者として認められていないことを踏まえれば、開戦時期は異なってくる可能性もあるだろう。

 それを口にすることはできないものの、人の心を惑わす危険性を秘めた魔法が存在する可能性を共有し、協力関係を保ち続ければ、領内が荒れ果てる可能性は減るのではないだろうか。

 敗北だと分かり切った戦争が引き起こされた切っ掛けは、エイダ嬢にあるのではないかと私は思っている。

 不気味なほどにエイダ嬢が中心となり世界が回っていたのだ。
 その違和感を抱きつつも気付けばエイダ嬢を大切な存在であるかのように扱っていた。

 操り人形にでもなった気分というべきか、自分の意思が薄れていくようだったというべきか、表現のしようもない不思議な感覚だった。

 アリアを死なせてしまった元凶の一人であると認識していながらも、復讐心も殺意も抱けない。
 あの感覚は二度と味わいたくはない。
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