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第二話 転生というものがあるのならば
01-1.これは夢だろうか
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* * *
暖かい太陽の温もりを感じる。
馬車の揺れにより身体を揺らされながらも、それが心地よくて眠りを誘う。穏やかな日々を再現したかのような夢見心地は至福の時であり、このまま時が止まってしまえばいいとすら思う。
背中を貫く様々な属性で生み出された魔法の刃の痛みはない。
鼻を貫くような悪臭も吐き気を催す死体の臭いもない。
息をしているだけで精神を蝕まれていくかのような気分に陥ることもなく、ただ、暖かい太陽の温もりを感じることができるのは幸せなことなのだと知らなかった。
魔法により温度調節がされているのにもかかわらず、窓から降り注ぐ太陽の温もりを嫌っていたあの頃では知ることはできなかった。
死んでから知るとは不思議なこともあるものだ。
心地よい馬車の揺れが収まる。
それと同時に先ほどよりも強い日差しが顔に当たる。眩しいとすら思ってしまうのはなぜだろうか。――これでは、まるで生きているようである。
「……誰かと思えば、ディアじゃないか」
「はい。ディアでございます。イザベラお嬢様、お帰りなさいませ。お足元にお気を付けくださいませ。御持参なさったお荷物はミーヤがお運びいたします」
眼を開けてみれば、見慣れたメイドのディアの顔がある。
支給したばかりであろう新しいメイド服に身を包み、この時を待っていたといわんばかりの笑顔である。
あの日のような涙を堪えながらも、忠実に命令を守ろうとしていた無理矢理の笑顔ではない。
嬉しくて仕方がないというかのように輝いてみる笑顔は、とても懐かしいものだった。
「私は、帰って来たのか」
私は死んだはずだ。
これは一体どういうことだろう。走馬燈と呼ばれるものでも見ているのだろうか。
……それならば、一目でもいい。アリアに会いたい。
「はい。お嬢様。公爵代理がお待ちでございます。一か月後は卒業式を控えているのでしょう? 言われた通り、必要な書類はロイ執事長が揃えてございます。それにしても、わざわざ、卒業期の前日にお戻りになられなくとも問題はございませんでしたのに」
「時間がなかったのだよ。卒業後は忙しくなるだろう?」
「はい。卒業後は休息もないままに公爵として仕事をなさるおつもりだと伺っております。先代公爵閣下の墓前には手を合わせていかれませんか?」
「母上に合わせる顔はない。用事を済ませ次第、学院に戻る」
「かしこまりました。馬車の手配をしておきましょう」
差し出されたディアの手を取り、馬車を降りる。
走馬燈とはいえ、ここまで都合よく記憶に忠実なものであろうか。
時間がずれていることには違和感を抱くが、好都合だった。
あの時はディアとこのようなやり取りをした覚えはない。
それならば、これは夢だろうか。
いいや、あの時、私は致命傷を受けた。エイダ嬢を庇って命を落とした。
一体、これはどういうことなのだろうか。まるで過去に戻ったかのようである。
「父上はどこにいる?」
「大広間にてお待ちでございます」
「そうか。ルーシー、ロイに書類を持って大広間に来るように伝えてくれ」
「かしまりました」
夢でも過去でも構わない。
あの日に戻れるのならばやることは一つだけだ。
ディアの後ろをついて歩いているルーシーに伝令を頼めば、直ぐに向かって行った。
「イザベラお嬢様」
「早かったな。ルーシーとは行き違いになったか?」
「えぇ、すれ違うところでございました。お嬢様、休息をとられなくてもよろしいのでしょうか?」
「手短に済ませておきたいのだよ」
「そうでしたか。それでしたら、お嬢様のお好みに合わせて作らせた菓子は学院に持っていけるように手配をしておきましょう」
ロイには我が儘を言ってばかりだった。
最後の別れまで無理を言い、強引に押し通そうとする私の背を守っていてくれたのはロイであった。
二度と会うことはないと覚悟を決めていた。
「ロイ」
「はい、いかがいたしましたか?」
ロイの穏やかな顔を見たのは、いつ以来だろうか。
「あの子が好むような菓子も入れておいてくれないか」
私の提案にはいつも笑顔で応えてくれた。
最後だけは涙脆くなってしまったが、……せめて、この夢の中だけは笑っていてほしい。
「……アリアお嬢様は公爵代理の隠し子でございます」
「知っている」
「先代公爵閣下とは血の繋がりがございません。公爵代理の権限を撤回させてしまえば、お嬢様とは関係のない平民の娘になることでしょう」
「特例を申請するつもりだ。皇帝陛下もローレンス様の婚約者を平民に落とすような真似は許されないだろう」
特例処置により令嬢としての立場を維持できる保証はない。
それならば、養子縁組を結べばいい。
アリアを守る為にはどのようなことだってしてみせよう。
「これは私の我儘だ」
夢だとしても、もう少しだけこのままでいたい。
アリアにもう一度会えるのならば言いたいことがある。
過去の筋書き通りに進んでいくのならば、変えてしまいたい過去がある。
「敬愛するイザベラお嬢様の我儘ならば、公爵家にお仕えする者は喜んで叶えることでしょう。ですが、腑に落ちないことがございます」
「言ってみろ」
「なぜ、急にアリアお嬢様のことを気にかけるようになられたのでしょうか? 彼女の婚約が内定した以降、適切な距離を保たれていたと思っておりましたが、お心変わりするような出来事でもございましたか?」
ロイの疑問は当然のことのように思えた。
あの子を見殺しにしてしまった頃も同じようなことを聞かれたことを思い出した。
「アリアだけが私に家族というものを教えてくれた」
見慣れた廊下を歩く。
装飾品を買い漁りそうな性格をした義母が珍しく手を付けようとしなかった壁画が並んでいる。
「怪物公女の凍り付いた世界に色をつけたのは、アリアだった」
公爵位を継ぐまでの間、社交界では怪物公女と呼ばれていた。
それは公爵位を継ぐのと同じように引き継がれ、戦場で命を散らす時まで怪物公爵として恐れられてきた。
私の魔力量は基準値を大幅に超えている。
魔力の制御を怠れば、一瞬で触れているものを凍らせてしまう。
四年前、領内にあるクリーマ町で大量発生した魔物たちを凍り付かせたあの日から、私の力を恐れた人々の目を忘れられない。
「ただ、それだけの話だ」
ロイは納得しないだろう。
そして、私の決定に歯向かうこともない。
暖かい太陽の温もりを感じる。
馬車の揺れにより身体を揺らされながらも、それが心地よくて眠りを誘う。穏やかな日々を再現したかのような夢見心地は至福の時であり、このまま時が止まってしまえばいいとすら思う。
背中を貫く様々な属性で生み出された魔法の刃の痛みはない。
鼻を貫くような悪臭も吐き気を催す死体の臭いもない。
息をしているだけで精神を蝕まれていくかのような気分に陥ることもなく、ただ、暖かい太陽の温もりを感じることができるのは幸せなことなのだと知らなかった。
魔法により温度調節がされているのにもかかわらず、窓から降り注ぐ太陽の温もりを嫌っていたあの頃では知ることはできなかった。
死んでから知るとは不思議なこともあるものだ。
心地よい馬車の揺れが収まる。
それと同時に先ほどよりも強い日差しが顔に当たる。眩しいとすら思ってしまうのはなぜだろうか。――これでは、まるで生きているようである。
「……誰かと思えば、ディアじゃないか」
「はい。ディアでございます。イザベラお嬢様、お帰りなさいませ。お足元にお気を付けくださいませ。御持参なさったお荷物はミーヤがお運びいたします」
眼を開けてみれば、見慣れたメイドのディアの顔がある。
支給したばかりであろう新しいメイド服に身を包み、この時を待っていたといわんばかりの笑顔である。
あの日のような涙を堪えながらも、忠実に命令を守ろうとしていた無理矢理の笑顔ではない。
嬉しくて仕方がないというかのように輝いてみる笑顔は、とても懐かしいものだった。
「私は、帰って来たのか」
私は死んだはずだ。
これは一体どういうことだろう。走馬燈と呼ばれるものでも見ているのだろうか。
……それならば、一目でもいい。アリアに会いたい。
「はい。お嬢様。公爵代理がお待ちでございます。一か月後は卒業式を控えているのでしょう? 言われた通り、必要な書類はロイ執事長が揃えてございます。それにしても、わざわざ、卒業期の前日にお戻りになられなくとも問題はございませんでしたのに」
「時間がなかったのだよ。卒業後は忙しくなるだろう?」
「はい。卒業後は休息もないままに公爵として仕事をなさるおつもりだと伺っております。先代公爵閣下の墓前には手を合わせていかれませんか?」
「母上に合わせる顔はない。用事を済ませ次第、学院に戻る」
「かしこまりました。馬車の手配をしておきましょう」
差し出されたディアの手を取り、馬車を降りる。
走馬燈とはいえ、ここまで都合よく記憶に忠実なものであろうか。
時間がずれていることには違和感を抱くが、好都合だった。
あの時はディアとこのようなやり取りをした覚えはない。
それならば、これは夢だろうか。
いいや、あの時、私は致命傷を受けた。エイダ嬢を庇って命を落とした。
一体、これはどういうことなのだろうか。まるで過去に戻ったかのようである。
「父上はどこにいる?」
「大広間にてお待ちでございます」
「そうか。ルーシー、ロイに書類を持って大広間に来るように伝えてくれ」
「かしまりました」
夢でも過去でも構わない。
あの日に戻れるのならばやることは一つだけだ。
ディアの後ろをついて歩いているルーシーに伝令を頼めば、直ぐに向かって行った。
「イザベラお嬢様」
「早かったな。ルーシーとは行き違いになったか?」
「えぇ、すれ違うところでございました。お嬢様、休息をとられなくてもよろしいのでしょうか?」
「手短に済ませておきたいのだよ」
「そうでしたか。それでしたら、お嬢様のお好みに合わせて作らせた菓子は学院に持っていけるように手配をしておきましょう」
ロイには我が儘を言ってばかりだった。
最後の別れまで無理を言い、強引に押し通そうとする私の背を守っていてくれたのはロイであった。
二度と会うことはないと覚悟を決めていた。
「ロイ」
「はい、いかがいたしましたか?」
ロイの穏やかな顔を見たのは、いつ以来だろうか。
「あの子が好むような菓子も入れておいてくれないか」
私の提案にはいつも笑顔で応えてくれた。
最後だけは涙脆くなってしまったが、……せめて、この夢の中だけは笑っていてほしい。
「……アリアお嬢様は公爵代理の隠し子でございます」
「知っている」
「先代公爵閣下とは血の繋がりがございません。公爵代理の権限を撤回させてしまえば、お嬢様とは関係のない平民の娘になることでしょう」
「特例を申請するつもりだ。皇帝陛下もローレンス様の婚約者を平民に落とすような真似は許されないだろう」
特例処置により令嬢としての立場を維持できる保証はない。
それならば、養子縁組を結べばいい。
アリアを守る為にはどのようなことだってしてみせよう。
「これは私の我儘だ」
夢だとしても、もう少しだけこのままでいたい。
アリアにもう一度会えるのならば言いたいことがある。
過去の筋書き通りに進んでいくのならば、変えてしまいたい過去がある。
「敬愛するイザベラお嬢様の我儘ならば、公爵家にお仕えする者は喜んで叶えることでしょう。ですが、腑に落ちないことがございます」
「言ってみろ」
「なぜ、急にアリアお嬢様のことを気にかけるようになられたのでしょうか? 彼女の婚約が内定した以降、適切な距離を保たれていたと思っておりましたが、お心変わりするような出来事でもございましたか?」
ロイの疑問は当然のことのように思えた。
あの子を見殺しにしてしまった頃も同じようなことを聞かれたことを思い出した。
「アリアだけが私に家族というものを教えてくれた」
見慣れた廊下を歩く。
装飾品を買い漁りそうな性格をした義母が珍しく手を付けようとしなかった壁画が並んでいる。
「怪物公女の凍り付いた世界に色をつけたのは、アリアだった」
公爵位を継ぐまでの間、社交界では怪物公女と呼ばれていた。
それは公爵位を継ぐのと同じように引き継がれ、戦場で命を散らす時まで怪物公爵として恐れられてきた。
私の魔力量は基準値を大幅に超えている。
魔力の制御を怠れば、一瞬で触れているものを凍らせてしまう。
四年前、領内にあるクリーマ町で大量発生した魔物たちを凍り付かせたあの日から、私の力を恐れた人々の目を忘れられない。
「ただ、それだけの話だ」
ロイは納得しないだろう。
そして、私の決定に歯向かうこともない。
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