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第一話 異母妹は悪役令嬢である
06-3.死とは残酷なものである
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戦死者や負傷者が山のように運ばれてくる救護室で、“聖女”の由来となった光属性の魔法を行使しているはずのエイダ嬢は私に駆け寄って来る。
魔法を使っている素振りはなかったというのに、なぜ、彼女は無傷で着地することができたのだろうか。
しかし、戦場だと言うことを忘れてしまったのだろう。
それほどに警戒心がなかった。危機感もないのだろう。
それが、学生であった頃ならば彼女に愛のような言葉でも囁いて見せただろう。
愛を信じない私にはとんだ笑い話だと心の中で笑っていながらも、彼女も今はそれでいいとそれに応えるような言葉を返したことだろう。
現れた標的を殺すのは簡単だと思われたのだろう。
武装をしていなくても戦場に降り立ったのならば、敵だと認識するのは正しいことだ。
魔法で生み出された刃がエイダ嬢に襲い掛かる。このまま見過ごすこともできる。
戦場なのだ。
ここで死んでしまったとしても不用心だったエイダ嬢が悪いと誰もが言うだろう。
あの子を死に追いやった原因の一つがこの場で死ぬ。
それはなんて嬉しいことなのだろう。
「……エイダ嬢、無事か?」
それは、私の意思に反して口から零れ落ちた言葉だった。
見殺しにしようと思っていた。
あの子のように見殺しにしてしまおうと思っていた。
それなのに身体の自由が奪われたかのようにエイダ嬢の元へと駆け寄り、彼女を抱き締めていた。
私の背には先ほどまでエイダ嬢に襲い掛かっていた魔法で生み出された刃が幾つも突き刺さっている。
強烈な痛みだからだろうか。息をするのすら苦しい。
「え、あ……。イザベラ……? どうして……」
「はは、どうしてだろうな。気付けば、貴女を抱き締めていたんだ」
エイダ嬢を逃がさなくてはならない。
彼女は皇太子殿下の大切な人だから、この場で死なせてはならない。
「あぁ、そうか、きっと……」
私も操り人形の一つだったのだろう。
エイダ嬢の為に生きたくはない。
抵抗すらも許されないのならば、ここで、命を落としてしまった方が幸せなのではないだろうか。
それが力の抜けていく身体を動かす原動力となったのだろう。
エイダ嬢を抱き締めていた腕を解き、数歩、後ろに下がる。
私たちを囲っている敵兵を振り解き、彼女だけでも安全場所へと逃がさなくてはならない。
それなのに身体は限界だというかのように足の力が抜け、その場に座り込んでしまう。
なんて情けない姿なのだろう。
「あ、ああっ。イザベラ、駄目よ、眼を閉じないで! 私が治すわ。だから、お願い、眼を開けて!!」
私はここで死ぬのだろう。
エイダ嬢を庇って死ぬのだろう。それは決まっていたことなのかもしれない。
エイダ嬢を見殺しにすることもできず、まるで彼女を愛しているかのような言葉を口にしている。
気味の悪い操り人形だ。
エイダ嬢に対して好意を抱いたことはない。
彼女は私の異母妹を死に追いやった元凶の一人であり、憎い相手の一人なのだ。
彼女に向けるのは憎悪と殺意、それ以外にはない。
追撃をしない敵兵もエイダ嬢の魅了の魔法で操作されているのだろうか。
そう思えばこの場に来たことさえも納得できる。
世界はエイダ嬢の為にあるのだと言われても納得できるだろう。
それほどに矛盾だらけなのだから。
きっと、私の死後もエイダ嬢は好きなように生きるのだろう。
人々の心を都合のいいように操って笑うのだろう。
「なんで、なんで死んじゃうのよ! イザベラルートだったはずなのに、どうして、ゲームだとヒロインを守るカッコイイ名シーンじゃない! 死んじゃうなんてそんなの知らないわよ! やだ、やだ、そんなの、認めないんだから!!」
……エイダ嬢は、なにを言っているのだろうか。
聖女の祈りにしては魔力を帯びていない。
意味の分からない言葉を話すのは今に始まったことではなかったが、彼女がこれほどに苦しそうな声を出したことはあっただろうか。
「いや、いやよ、イザベラ。ねえ、死なないでよ!」
縋るような声だった。心の底から悲しんでいるかのような声だった。
「やめて、お願い、私を置いていかないでっ」
痛みが遠のいていくのはエイダ嬢の魔法によるものだろうか。
「貴女のいない世界なんて私は望んでいないのにっ! どうして、血が止まらないのっ! お願いよ、イザベラ。死なないでっ!!」
それは、世界の理であるかのようにも聞こえた。
この世界の秘密を見てしまったように感じたのは、死に際の幻覚だったのだろうか。
* * *
「……イザベラ」
私の最愛の人の名前を呼ぶ。
「ふふ、ねえ、イザベラ。貴女、意外と軽かったのね」
いつだって私が呼ぶと振り返ってくれた。
素っ気ない態度でも、下手な愛想笑いでも、私は貴女がそこにいてくれるならば、それだけで幸せになれたの。
「そんなに軽い身体で無理をしていたの? ダメじゃない。無理なんかしたら、イザベラだって、簡単に死んじゃうのに」
イザベラが活躍できるような世界を望んだ。
私にとってのヒーローは皇国にとっては化け物のような女公爵だった。
私は化け物を見るような眼でイザベラを見る人たちを許せなかった。
彼女は英雄になるべきなのに。
化け物と口にする人々を見返す機会を与えたかっただけなのに。
「ねえ、イザベラ。私ね、誰よりもイザベラのことを愛しているのよ」
イザベラの素晴らしさが認められる幸せな世界を望んだのに。
きっと、イザベラは私の気持ちに気付いていなかった。
「ごめんね、イザベラ。痛かったよね。……もう、帰ろうね、イザベラ」
冷たくなっていくイザベラの身体を抱き締める。
「ふふ、ねえ、知ってた? 私ね、意外と力持ちなの」
涙が止まらない私を攻撃するような亜人はいない。
だって、彼らは私のことを敵として認識できないから。
それを知っていたから、私は飛び降りたの。
私と一緒にいたら、イザベラも助かるはずだって思っていたのに。
「エイダ!! 飛び降りるなら先に言って――」
丘の上に戻ると真っ先にアイザックがかけてきた。
私のことが好きなくせに、イザベラのことも手放せないバカな人。
私が抱きかかえてきたイザベラの姿を見て、情けなく口を開いている。
私のことを口説くのに、目ではいつもイザベラのことを追っていた。
きっと、私が【魅了の魔法】を使わなければアイザックはイザベラのことを好きになっていた。
幼馴染の親友という立場を利用して、イザベラを振り向かせようとするのは目に見えていた。
ゲームでも何回もその展開を見てきた。
だから、ヒロイン補正があるといっても、同性婚が認められていない皇国では勝ち目がないことを知っていた。
それだけは、どうしても、許せなかった。
だから、イザベラから遠ざける為に【魅了の魔法】を使った。
別にアイザックのことが特別好きだったわけじゃない。
「退いて、アイザック。今は構っていられないの」
中途半端な人はいらないの。
私に惚れているのなら、可愛いと思うけど。
でも、もういらない。
「どうして、イザベラが」
「見てわからないの?」
「いや、だって、そんなこと……」
「バカ犬。構ってあげられないって言ってるでしょ」
媚びているような声を出す気力もない。
話し方を変える気力もない。
それにすらも気づかないようなアイザックに構ってあげていた自分自身を褒めてあげたいくらいよ。
「もういらないわ」
イザベラの傍にこの人を置いておいたのは失敗だったわ。
「アイザック。貴方を解放してあげる。次は【魅了の魔法】をかけないであげる。だから、私のイザベラに触ろうとしないで」
【魅了の魔法】なんかじゃない。
もっと、徹底とした方法を考えるべきだった。引き離しておけばよかった。
私のイザベラを守る為には、アイザックはいらない。
アイザックに使っている魔力を他に回すべきだったのに。
親友関係が微笑ましいなんて能天気なことを考えていた私を殴りたい。
ローレンス様の暴走を止められるような人を傍に置いておくべきだった。
そうすれば、イザベラが死ぬような事態は回避できたのに。
「……イザベラ」
貴女のいない世界なんていらないのよ。
誰からも愛される世界よりもイザベラの隣にいられる世界が良いの。
「大好きよ、イザベラ」
血に染まったイザベラは見たくない。
貴女はどんな姿になっても、綺麗よ。でも、私は貴女に生きていてほしいの。
「イザベラ。今度こそ、私たちが幸せになれるようにやり直すのよ」
それで狂ってしまっても構わないわ。
なにもかも変わってしまっても構わないわ。
「【初期化(リセット)】」
すべてを元に戻すの。
そうすれば、イザベラが死んでしまった世界はなくなるから。
「大好きよ、イザベラ」
私の魔法で崩れ始めた世界を見上げる。
この世界が作り物なんだって知らないみんなは騒いでいるけど、私は何も聞こえない。
聞かない。
反応なんてしない。
「今度こそ、一緒に幸せになろうね」
冷たくなったイザベラの身体を抱き締める。
大丈夫よ。
世界が壊れてしまっても私はイザベラと一緒にいるからね。
* * *
魔法を使っている素振りはなかったというのに、なぜ、彼女は無傷で着地することができたのだろうか。
しかし、戦場だと言うことを忘れてしまったのだろう。
それほどに警戒心がなかった。危機感もないのだろう。
それが、学生であった頃ならば彼女に愛のような言葉でも囁いて見せただろう。
愛を信じない私にはとんだ笑い話だと心の中で笑っていながらも、彼女も今はそれでいいとそれに応えるような言葉を返したことだろう。
現れた標的を殺すのは簡単だと思われたのだろう。
武装をしていなくても戦場に降り立ったのならば、敵だと認識するのは正しいことだ。
魔法で生み出された刃がエイダ嬢に襲い掛かる。このまま見過ごすこともできる。
戦場なのだ。
ここで死んでしまったとしても不用心だったエイダ嬢が悪いと誰もが言うだろう。
あの子を死に追いやった原因の一つがこの場で死ぬ。
それはなんて嬉しいことなのだろう。
「……エイダ嬢、無事か?」
それは、私の意思に反して口から零れ落ちた言葉だった。
見殺しにしようと思っていた。
あの子のように見殺しにしてしまおうと思っていた。
それなのに身体の自由が奪われたかのようにエイダ嬢の元へと駆け寄り、彼女を抱き締めていた。
私の背には先ほどまでエイダ嬢に襲い掛かっていた魔法で生み出された刃が幾つも突き刺さっている。
強烈な痛みだからだろうか。息をするのすら苦しい。
「え、あ……。イザベラ……? どうして……」
「はは、どうしてだろうな。気付けば、貴女を抱き締めていたんだ」
エイダ嬢を逃がさなくてはならない。
彼女は皇太子殿下の大切な人だから、この場で死なせてはならない。
「あぁ、そうか、きっと……」
私も操り人形の一つだったのだろう。
エイダ嬢の為に生きたくはない。
抵抗すらも許されないのならば、ここで、命を落としてしまった方が幸せなのではないだろうか。
それが力の抜けていく身体を動かす原動力となったのだろう。
エイダ嬢を抱き締めていた腕を解き、数歩、後ろに下がる。
私たちを囲っている敵兵を振り解き、彼女だけでも安全場所へと逃がさなくてはならない。
それなのに身体は限界だというかのように足の力が抜け、その場に座り込んでしまう。
なんて情けない姿なのだろう。
「あ、ああっ。イザベラ、駄目よ、眼を閉じないで! 私が治すわ。だから、お願い、眼を開けて!!」
私はここで死ぬのだろう。
エイダ嬢を庇って死ぬのだろう。それは決まっていたことなのかもしれない。
エイダ嬢を見殺しにすることもできず、まるで彼女を愛しているかのような言葉を口にしている。
気味の悪い操り人形だ。
エイダ嬢に対して好意を抱いたことはない。
彼女は私の異母妹を死に追いやった元凶の一人であり、憎い相手の一人なのだ。
彼女に向けるのは憎悪と殺意、それ以外にはない。
追撃をしない敵兵もエイダ嬢の魅了の魔法で操作されているのだろうか。
そう思えばこの場に来たことさえも納得できる。
世界はエイダ嬢の為にあるのだと言われても納得できるだろう。
それほどに矛盾だらけなのだから。
きっと、私の死後もエイダ嬢は好きなように生きるのだろう。
人々の心を都合のいいように操って笑うのだろう。
「なんで、なんで死んじゃうのよ! イザベラルートだったはずなのに、どうして、ゲームだとヒロインを守るカッコイイ名シーンじゃない! 死んじゃうなんてそんなの知らないわよ! やだ、やだ、そんなの、認めないんだから!!」
……エイダ嬢は、なにを言っているのだろうか。
聖女の祈りにしては魔力を帯びていない。
意味の分からない言葉を話すのは今に始まったことではなかったが、彼女がこれほどに苦しそうな声を出したことはあっただろうか。
「いや、いやよ、イザベラ。ねえ、死なないでよ!」
縋るような声だった。心の底から悲しんでいるかのような声だった。
「やめて、お願い、私を置いていかないでっ」
痛みが遠のいていくのはエイダ嬢の魔法によるものだろうか。
「貴女のいない世界なんて私は望んでいないのにっ! どうして、血が止まらないのっ! お願いよ、イザベラ。死なないでっ!!」
それは、世界の理であるかのようにも聞こえた。
この世界の秘密を見てしまったように感じたのは、死に際の幻覚だったのだろうか。
* * *
「……イザベラ」
私の最愛の人の名前を呼ぶ。
「ふふ、ねえ、イザベラ。貴女、意外と軽かったのね」
いつだって私が呼ぶと振り返ってくれた。
素っ気ない態度でも、下手な愛想笑いでも、私は貴女がそこにいてくれるならば、それだけで幸せになれたの。
「そんなに軽い身体で無理をしていたの? ダメじゃない。無理なんかしたら、イザベラだって、簡単に死んじゃうのに」
イザベラが活躍できるような世界を望んだ。
私にとってのヒーローは皇国にとっては化け物のような女公爵だった。
私は化け物を見るような眼でイザベラを見る人たちを許せなかった。
彼女は英雄になるべきなのに。
化け物と口にする人々を見返す機会を与えたかっただけなのに。
「ねえ、イザベラ。私ね、誰よりもイザベラのことを愛しているのよ」
イザベラの素晴らしさが認められる幸せな世界を望んだのに。
きっと、イザベラは私の気持ちに気付いていなかった。
「ごめんね、イザベラ。痛かったよね。……もう、帰ろうね、イザベラ」
冷たくなっていくイザベラの身体を抱き締める。
「ふふ、ねえ、知ってた? 私ね、意外と力持ちなの」
涙が止まらない私を攻撃するような亜人はいない。
だって、彼らは私のことを敵として認識できないから。
それを知っていたから、私は飛び降りたの。
私と一緒にいたら、イザベラも助かるはずだって思っていたのに。
「エイダ!! 飛び降りるなら先に言って――」
丘の上に戻ると真っ先にアイザックがかけてきた。
私のことが好きなくせに、イザベラのことも手放せないバカな人。
私が抱きかかえてきたイザベラの姿を見て、情けなく口を開いている。
私のことを口説くのに、目ではいつもイザベラのことを追っていた。
きっと、私が【魅了の魔法】を使わなければアイザックはイザベラのことを好きになっていた。
幼馴染の親友という立場を利用して、イザベラを振り向かせようとするのは目に見えていた。
ゲームでも何回もその展開を見てきた。
だから、ヒロイン補正があるといっても、同性婚が認められていない皇国では勝ち目がないことを知っていた。
それだけは、どうしても、許せなかった。
だから、イザベラから遠ざける為に【魅了の魔法】を使った。
別にアイザックのことが特別好きだったわけじゃない。
「退いて、アイザック。今は構っていられないの」
中途半端な人はいらないの。
私に惚れているのなら、可愛いと思うけど。
でも、もういらない。
「どうして、イザベラが」
「見てわからないの?」
「いや、だって、そんなこと……」
「バカ犬。構ってあげられないって言ってるでしょ」
媚びているような声を出す気力もない。
話し方を変える気力もない。
それにすらも気づかないようなアイザックに構ってあげていた自分自身を褒めてあげたいくらいよ。
「もういらないわ」
イザベラの傍にこの人を置いておいたのは失敗だったわ。
「アイザック。貴方を解放してあげる。次は【魅了の魔法】をかけないであげる。だから、私のイザベラに触ろうとしないで」
【魅了の魔法】なんかじゃない。
もっと、徹底とした方法を考えるべきだった。引き離しておけばよかった。
私のイザベラを守る為には、アイザックはいらない。
アイザックに使っている魔力を他に回すべきだったのに。
親友関係が微笑ましいなんて能天気なことを考えていた私を殴りたい。
ローレンス様の暴走を止められるような人を傍に置いておくべきだった。
そうすれば、イザベラが死ぬような事態は回避できたのに。
「……イザベラ」
貴女のいない世界なんていらないのよ。
誰からも愛される世界よりもイザベラの隣にいられる世界が良いの。
「大好きよ、イザベラ」
血に染まったイザベラは見たくない。
貴女はどんな姿になっても、綺麗よ。でも、私は貴女に生きていてほしいの。
「イザベラ。今度こそ、私たちが幸せになれるようにやり直すのよ」
それで狂ってしまっても構わないわ。
なにもかも変わってしまっても構わないわ。
「【初期化(リセット)】」
すべてを元に戻すの。
そうすれば、イザベラが死んでしまった世界はなくなるから。
「大好きよ、イザベラ」
私の魔法で崩れ始めた世界を見上げる。
この世界が作り物なんだって知らないみんなは騒いでいるけど、私は何も聞こえない。
聞かない。
反応なんてしない。
「今度こそ、一緒に幸せになろうね」
冷たくなったイザベラの身体を抱き締める。
大丈夫よ。
世界が壊れてしまっても私はイザベラと一緒にいるからね。
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