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2 吉報なんかいらない

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 戦は勝った方が正義とは言うけれど、僕の悪評は益々広がった。
 僕は攻撃系の魔法が得意なんだ。
 巨大な火の玉を出して雨霰と降らせたり、氷の礫混じりの風を台風並みに吹き荒らして人や建物に減り込ませたり、散々暴れ回った。
 最初の頃こそ人の血と怨嗟の叫びに恐怖し、酷い匂いに吐いたりもしたけど、恐ろしいものですぐ慣れた。
 前世は普通のサラリーマン、今世は貴族。
 お綺麗な世界で生きてきた割には、僕のやる事は残虐極まりなかった。
 だって目が覚めたら魔法の世界にいたんだ。使ってみたくもなるものさ。
 ノジュエール・セディエルトの過去は勉強と作法ばかりの人生だ。
 オルジュナ様に好かれる様に、服と宝飾に興味があって、魔法はお座なりだった。
 せっかく魔力が高いのに、使い方を全く理解していない。
 僕は戦地で魔法を習得して行った。
 行けば使えるだろうと思っていたのに、全く使い物にならなかったのだ。
 最初は国一番の魔法使いという触れ込みで騎士団に入ったのに、いざ現場に立つと何も出来ず、最初の頃は苦労した。
 拠点でも戦地でも生き残る為に必死で魔法を使いまくった。
 仲間のいる場所だろうと安息の地は無かったのだ。
 元貴族の子息はそこら辺の平民とは違い綺麗なのだ。
 下に組み敷こうとする者が後を絶たず、よく僕は貞操を守れたなと自分自身で感心したものだ。

 人を殺し、敵陣を踏み荒らし、血を流せば流しただけ、僕は英雄になっていった。

 二年半も過ぎれば僕の胸にもいつぞやの王弟殿下の様に、勲章がキラキラと輝いていた。
 別に欲しくも無かったけど。
 僕を追い出した国王陛下から授与された勲章に、何の意味があるんだろう。
 皆これを貰えば誇らしげに自慢するけど、僕は千切って細切れにして灼熱の炎で焼いてしまいたかった。

 あの日自分の名前を署名して、前世を思い出してから、僕の心はポッカリと穴が空いている。
 前世を思い出しても特にやりたい事もない。
 魔法は人を物を壊すだけ。
 オルジュナ様と婚約破棄して、自由を手に入れたと思ったけど、戦地に自由なんて無かった。

「ノジュエール・セディエルト。」

 また背後から呼ばれた。
 あの時と同じカダフィア王弟殿下だった。
 騎士団団長を務める王弟殿下だけど、僕みたいな下級騎士には遠い存在だ。

「はっ、何用でしょうか。」

「明日から私の副官になる。」

 僕は目を見開いた。
 こんな若造を副官に?

「承知しました。」

 敬礼を取ると、王弟殿下は立ち去っていった。
 だいたい何故殿下自ら僕に声を掛けてるんだろう。こんな廊下で言う事だろうか。
 頭を捻りながらも、僕は次の日から殿下の副官として勤しんだ。



 意外とカダフィア様の下は居心地が良かった。堅苦しくなく仕事さえやれれば自由を許してくれる。
 敬語も適当な感じで話し易い。

「ノジュ、左の方崩してくれ。」

「了解です。」

 小高い丘の上から眼下を見下ろしていたカダフィア様は、僕に左側に固まっている敵兵団を攻撃する様命じた。
 僕は副官という立場だが、ほぼ遊撃専門で、殿下から個別の指示に従う直属の部下、という立場だった。
 飛行魔法で指定された敵兵団の上に飛び、風魔法で切り刻んでいく。
 弓が飛んでくるが全て結界で跳ね除け、ただひたすら単純作業を繰り返す。
 
 僕は更にこの一年で戦場の悪魔と呼ばれる様になった。
 国に帰れば英雄として称賛されるが、今や僕に立ち向かう者はいない。
 無表情に敵兵を屠る僕を、仲間すら畏怖していた。
 ここまでやっていると、僕の心は何も動じなくなってしまった。
 心が壊れるわけでも摩耗するわけでもなく、ただただ平坦に作業をこなしているだけだ。

 
 相手国が降参したので今回の戦は終了した。
 停戦を受ける代わりに相手国を属国として、その先にある国の防波堤としながらも、我が国に有利な支配を行う事だろう。
 
「ノジュ御苦労だった。」

「いえ、大して今回は疲れませんでした。」

 カダフィア様が労ってくれたが、僕の魔力量は使えば使った分だけ増える様で、今では枯渇する事も滅多に無い。
 
「何か褒美をやろう。」

「別にそれ程の事では………。お風呂には入りたいですけど。」

 血で汚れたわけでは無いけど、大気にでも混じっているのかというくらい、身体に血の匂いがついている気がする。

「いい部屋を取ってやろう。」

「えー、嬉しいですね。」

 これが他の人間なら殿下の夜の相手かと勘違いする台詞だが、単純に風呂付きの部屋を今夜は取ってやるからゆっくり休めという事だ。
 久しぶりのお風呂に笑顔になる。
 チラリと見上げると、カダフィア殿下は顎まで伸びた青銀の髪を掻き上げていた。
 オルジュナ様と容姿は似ているが、凛々しい男らしさは段違いだ。
 戦場を駆け回っているから身体も鍛えられているし、今まで生き抜いてきただけあって頭の回転も良く頭脳明晰だ。
 最近は気軽にノジュと愛称で呼んでくれるし、気安く話してもくれる。
 きっと信頼出来る部下として接してくれているんだろう。
 
「一月後に帰るぞ。」

「………はぁ、了解です。」

 一月後はオルジュナ第一王子が王太子に任命される。そしてフィーリオルと婚約する。一年後には国を挙げての結婚式だ。
 フィーリオルの教育が間に合わず今まで婚約は伸びたらしいが、漸くかと思った。
 僕と婚約破棄したら直ぐにでもフィーリオルと婚約するのかと思っていたが、意外にもちゃんと段階を踏んだらしい。
 ただ出席はしたく無い。
 
「気持ちは分かるが………。」

「いえ、ちゃんと出席します。」

 残務処理を急ぎ終わらせて、後を部下に任せて僕達は急ぎ帰国した。





 式は僕が昔、婚約破棄の署名をした部屋より更に大きい広間で行われ、夜は祝賀会、夜会、舞踏会と毎夜パーティーが続いた。
 他国の友好国からも来客が続く為、これが一週間続くのだという。
 金の無駄にしか見えない。
 ついこの前属国になった国からも、第一皇女が代表で来ていた。
 薄幸の美少女然とした人で黒髪に緑の眼の美しい人だった。
 僕より年下なのにこんな所に来させられ、同情してしまう。

 それよりも僕は少し嫌な予感がしていた。
 僕の異母弟フィーリオルとオルジュナ王太子殿下の婚約式もあると聞いていたのに、一向に行われないのだ。
 どういう事だろう?
 僕は今、セディエルト侯爵家に帰っている。本当は騎士団の宿舎に帰るつもりだったのに、呼び出された所為だ。
 両親はかつて勘当した日の事等なかったかの様に、両手を広げてよく無事で帰ってきたと抱き締めてくれたが、あの日前世を思い出した僕からは両親に対する愛情が無くなってしまった為、かなり嫌だった。

 屋敷にはフィーリオルがいなかった。
 両親に確認すると、今は王宮で暮らしているというので、妃教育の為に向こうで暮らしているのだと思っていた。
 なのに何故婚約式をしないのか…。

 今夜も両親と共に夜会に出席し、戦場よりも疲れると思いながらバルコニーに避難した。
 かつては第一王子の婚約者として、夜会に出れば人が群がって来たが、今の自分は戦場の悪魔と言われる程の悪名がある。
 魔法使いなので身体の線は細いが、黒い軍服にどっさり勲章を付けた姿に、誰も近付いてこない。
 
 フウ、と息を吐いて夜の庭園に浮かぶ白薔薇を眺めていると、バルコニーに誰かが来る気配がした。
 視線を向けると、元婚約者殿がシャンパンを両手に持って歩いて来ていた。

「久しぶりだね。」

 そう言って片方のシャンパンを渡してくる。王太子殿下自ら渡すシャンパンを受け取らない訳にもいかず、心の中で毒吐きながら和かに受け取った。
 
「お久しぶりでございます。この度は立太子おめでとうございます。」

 無感情にお祝いを述べたのだが、オルジュナ王太子殿下は笑顔で有難うとお礼を言った。
 あまり話したく無いのに、王太子殿下から現在の戦場の様子や体調等を聞かれて、無難に答えを返していく。
 早くどっかに行ってくれないだろうか。

「あの、不躾だとは重々承知しておりますが、一つお聞きしても宜しいでしょうか。」

 嫌われてもいいや、くらいの気持ちで気になる事を聞いてみる事にした。
 フィーリオルとの婚約の事だ。
 気配で察したのか、オルジュナ王太子殿下から先に答えが返って来た。

「ああ、フィーリオルとの婚約の事だろう?今少し再審査する事になってね。」

「再審査?」

「そうだよ。………フィーリオルと君とのね。」

「………は?」

 王太子殿下が言うには、今の僕の戦果が目覚ましく、何も功績の無いフィーリオルより、僕の方が婚約者に相応しいのではと言い出した上層部がいるらしい。

「確かに今の君なら誰も反対などしない。私も君ならと思っているんだ。」

 開いた口が塞がらないとはこの事かと思った。
 王太子殿下に腰を抱かれる。
 
「君は戦場に出て危うさが加わり美しくなったね。」

 ゾワリ!
 鳥肌がたった。
 頬にキスをされて咄嗟に突き飛ばそうとする衝動を我慢する。

「吉報を待っていてくれ。」

 それは吉報じゃ無い。凶報だ。







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