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1 署名したらふっきれた

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 僕の名前はノジュエール・セディエルト。
 セディエルト侯爵家の長男だ。でも後継じゃない。
 スゼル王国には魔法がある。王家は魔力の高い子供を産ませる為に、貴族の子息令嬢の中から最も魔力の高い人間と婚約婚姻をする決まりがある。
 僕はそんな中から選ばれた、最も魔力の高い子供だった。
 それは十八歳のこの時まで覆る事は無かった。
 僕に異母弟のフィーリオルが現れるまでは。
 母上が死んで、お前の新しい母と弟だと屋敷にやって来た二人は、父上の昔からの愛人だった。
 義母は優しく淑やかな人だった。
 子爵家の娘で、侯爵家の父の愛情を断れなかったのだと知っている。悪いのは父でこの人ではない。
 異母弟は父の子だ。
 フィーリオルは義母譲りの綺麗な金髪に、父譲りの真っ青な瞳をしている。天使かと見紛う程の二つ年下の綺麗な少年だった。
 対して僕は母譲りのローズピンクの瞳、父譲りのブルネットの髪。要は黒に近い茶色の髪だ。でもお手入れもしてたし、艶々しっとりのふんわり髪は僕のお気に入りだった。
 ま、そんなお気に入りの髪も瞳も、フィーリオルの前では霞んでしまっていたけどね。
 
 僕の婚約者様はこの国スゼル王国の第一王子、オルジュナ・スジェーリト第一王子だった。
 青銀色の髪に琥珀色の瞳の均整のとれた体格を持つ、とてもかっこいい王子様だった。
 そう、だった。過去形だ。
 
 僕は自分の名前を署名して、最後の一文字を書いた時に思い出した。

 あ、これ異世界転生か!
 って感じで。
 でも良くあるゲームとか小説とかではない気がする。知らないし…、知らないだけかな?
 あんまりゲームしなかったし、本も読まなかった。
 読まなかったけど人気があるジャンルだから、僕の立ち位置が悪役令息だろうと言う事は理解した。
 僕は豊富な魔力で幼い頃から第一王子の婚約者だったけど、異母弟のフィーリオルに魔力量を抜かされたのだ。
 それでも幼い頃の教育とか、僕の方が正妻の子だとかで、そのまま婚約者の位置に就いてはいたんだ。
 でも学院の一年生で入学したフィーリオルの人気は、僕に焦りを生ませた。
 魔力量は多いし、可愛いし、誰にでも優しくて人気があって、そのうち第一王子の婚約者の立場を取って代わられるんじゃないかって思ってしまった。
 今考えると大人しく婚約者として研鑽を積み続ければ、僕とオルジュナ様は卒業と共に結婚してた筈だろうけど、僕は焦ってしまった。
 フィーリオルがテストで失敗する様に圧力を掛けたり、僕の友達に意地悪をさせたり、優秀なフィーリオルの成績を落とさせようとしたのだ。
 魔法テストの前には必ず邪魔をする様にした。
 例えば睡眠不足になる様にしたり、遅刻させたりとか。

 途中まで上手く行っていると思い込んでいた僕は、本当にバカだ。
 最も重要な学期末試験で、遅刻しそうになったフィーリオルは、学院の外から誰もが目に留まる様な魔法を行使した。
 雨を降らせて大きな美しい虹を作ったのだ。
 雲の合間から差し込む光と、空にかかる虹をフィーリオルが作るのを、誰もが目撃した。
 その時の試験では、フィーリオルは最高点を叩き出した。
 可愛くて、優しくて、誰からも愛されるフィーリオル。
 そりゃー、オルジュナ様もそっちを選ぶよね?

 卒業前に僕は王宮に呼び出されて、婚約破棄を言い渡された。
 僕は父上から怒られるし、勘当同然で戦場に出される事になった。
 スゼル王国の周辺は大小様々な国があって、常にどこかしら戦争している。
 スゼル王国も例外ではなく、王弟殿下率いる騎士団が先頭に立って戦っていた。
 王弟殿下は王の年の離れた末の弟だけど、物凄く魔力が多いんだって。
 王の息子、オルジュナ様よりも圧倒的に魔力があるから、王様は王弟殿下が煙たい。
 いつかあの立派な王様の椅子と王冠を獲られるかもと、戦々恐々としているらしい。
 だからいつでも死んでくれとばかりに王弟殿下は戦地に向かわせられるんだけど、無茶苦茶強いからいつも勝って帰ってくる。
 今回も隣国に勝利して帰って来ていた。
 僕はそんな軍に魔法使いとして行けと言われたのだ。
 父上は僕にも死ねと言ってるんだろう。
 とんだ恥晒しめって頬を叩かれたし。
 
 だから僕はついさっき、自分のノジュエール・セディエルトって名前を書くまで、すっごく悲しんでいた。
 婚約者に捨てられて、家から勘当されて、死ねとばかりに戦地に向かわせられる。
 なんて悲しいんだろうって、涙を溢しながら名前を書いた。
 
 名前の最後に点を書き、僕の頭はクリアになった。

 色んな記憶が流れてきて、こことは違う前世を思い出した。
 地球、日本、東京、ビル、車、電車、スマホ、コンビニ、人の波………。
 鮮やかな電光と揺れる視界。
 
 目を見開き動きを止めた僕に、隣に立っていたオルジュナ様が怪訝な顔をして僕の方を向いたけど、僕はそんな事どうでも良かった。
 さっきまでの僕ならきっと、オルジュナ様が僕を見てくれただけで幸せだっただろうけど、僕は前世の記憶を思い出した事により、スイッチを切り替える様に意識が反転した。

「ノジュエール?どうしたんだ?」

 オルジュナ様は優しいから、切り捨てようとしている人間にまで優しく声を掛けるんだなと思った。

「……………………いえ、なんでも、ありません。」

 静かに言葉を返した僕に、オルジュナ様は驚いた顔をする。
 僕はいつもオルジュナ様に見て欲しくて、側によっては騒いでいた。
 名前を何度も呼んでは煩わせていた。
 幼い頃はそれでも優しく相手をしてくれていたけど、歳を重ねるごとに煩わしそうにされては、困った笑顔ばかりする様になった。
 だから僕が普通に返事をしたから驚いたんだろう。

「なんでもありません。どうぞ、殿下もお書き下さい。」

 僕はペンと婚約破棄の証書を渡そうとした。
 後腐れなく婚約破棄しようとにっこり笑って渡したのだが、涙が一粒僕のローズピンクの瞳から流れてしまい、オルジュナ様がハッとした顔をした。

「だ、大丈夫か?」

 僕はもう吹っ切れているのに、オルジュナ様は同情しているのか苦しそうな顔をしている。
 お前が婚約破棄するって言い出したんだから、さっさと書けよ、とは思うが相手は王子様。
 ニコニコしながらささっと涙を拭い、無理矢理紙とペンを渡した。

 本日は立会人として多くの人間が僕達を囲んでいた。
 僕はフィーリオルには負けてるけど、これでも魔力量は多い。しかも得意分野は攻撃系だ。
 だから暴れたりしたら困ると言って、名のある貴族や騎士、魔法使いといつでも僕を取り押さえられる様に呼び出されていた。
 そんなに暴れた事もないのに酷くない?

「じゃ、これでいいですよね?僕は先に失礼します。」

 オルジュナ様が書き終わったのを確認して、終わったとばかりにさっさと僕は部屋を後にした。

 騎士が開けてくれた扉から堂々と出て、親から家を出されたので騎士団の宿舎を借りて今は住んでいるから、そちらに向かう事にした。
 鼻歌でも歌い出しそうな程清々しい。
 なんであんな気弱な王子様に惚れていたんだろう?
 同じ気弱ちゃん同士、フィーリオルとオルジュナ様はお似合いだ。




「ノジュエール・セディエルト。」

 僕は後ろから声をかけられた。
 今の僕に声をかけれる強者がいるとは思わず、誰だろうと振り返る。
 黒い騎士服、青銀色の髪は短く切られ、鋭い琥珀色の瞳が僕を真っ直ぐに見ていた。
 背は高い。顔は凛々しく髪も瞳も王家の色を纏っている。胸にはいくつもの勲章が飾られ、肩に掛けられたマントが良く似合っていた。
 歳は二十代半ば。
 この人は……。

「ご機嫌麗しゅう、カダフィア王弟殿下。なんで御座いましょうか」

 これからの上司だ。
 内心面倒臭いと溜息を吐くが、相手は王弟殿下。失礼があってはならない。

「一月後にまた出陣だ。期待している。」

 まさかの激励?
 婚約破棄後に?

 なんと言いようもなく礼に則って、僕は頭を下げた。
 王弟殿下はそれだけ言って去って行った。
 同じ青銀の髪と琥珀の瞳なのに、オルジュナ様とは似ても似つかない王弟殿下に、僕は彼の方が婚約者だったら良かったのにと内心思ってしまった。






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