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3 前世を思い出したら悲しいだけだった
しおりを挟む僕はいつの間にか騎士団を辞めさせられていた。
あの夜会の日、遅いからと王宮に無理矢理部屋を用意され、泊まったはいいが、今度は出してもらえなくなった。
部屋の中にも外にも王宮騎士を置かれ、魔法を使えば簡単に出れるが、出たら今度は騎士団に戻る事も出来なくなると考え、大人しく監禁されていた。
ある日フィーリオルが訪ねてきた。
帰国してから初めて顔を合わせたのだが、以前とは違う様子に戸惑った。
金の髪も青い瞳も可愛い顔も相変わらず変わっていなかったが、顔つきが以前とは全く違った。
「お久しぶりですね、兄上。」
「…………ああ、久しぶり。」
挨拶をしたはいいが、話が弾まない。
ここには何か話があって来たと思うのだが、フィーリオルの口は重くなかなか話し出さなかった。
「………………兄上、僕は騎士団に入ります。」
「え?」
「そして兄上よりも活躍して見せますから。」
挑む青い瞳に喉が狭まる気がした。
「………それは、オルジュナ王太子殿下との婚約の件に関わる事?」
フィーリオルはゆっくりと頷く。
本来ならオルジュナ王太子殿下との婚約はすんなりといく筈だったのに、僕の名声に眩んだ王家が待ったをかけた。
上層部がと言っていたけど、どうせ僕の名声でこの国に対する抑止力になればいいと思っているのだろう。
「僕は兄上より名を馳せて見せます!」
それだけです。と言ってフィーリオルは去って行った。
王家もオルジュナ王太子殿下もいらないけど、と言いたかったけど、部屋の中にも護衛という名の監視がいる為、何も言えなかった。
それからまた数日すると、今度はオルジュナ王太子殿下がやって来た。
「僕を出して下さい。」
「君には帰る場所は無いよ。どこに行くつもり?」
「騎士団です。」
即答した僕に、オルジュナ王太子殿下は笑って紅茶を飲んだ。
「君が言う騎士団は、叔父上の騎士団のこと?今はついこの前君達が降伏させた国へ、第一皇女の護衛として出ているからいないよ。」
何故他国の姫の護衛を我が国の騎士団が?と怪訝な顔をすると、オルジュナ王太子殿下はニンマリと笑った。
嫌な笑い方をする。
「婚約者は大切にしないとね。」
「え?」
婚約者?誰が誰の?
「あの国は姫を我が国に売ったんだよ。大切な第一皇女を王族に嫁がせる事で保身を保とうとしているんだ。本来は私にって話が来たんだけど、了承する必要はないからね。まだ婚約者すらいない叔父上にあげたのさ。」
カダフィア様に婚約者?
僕は何故かショックを受けていた。
カダフィア様の隣にあの姫が並ぶ?
「今後叔父上にはあの国に留まり防衛に専念して貰う。周りは友好国か敗戦国だらけになってしまったからね。」
それはカダフィア様の功績のおかげだ。
お前達は王宮にふんぞり返って何もしてないじゃないか。
同じ青銀色の髪に琥珀の瞳を持つくせに、ちっとも似ていない。
僕はオルジュナ王太子殿下が立ち上がったことにも気付かない程ショックを受けていた。
何故こんなに動揺しているのか自分でも分からない。
青い顔をしている僕の頬に、オルジュナ王太子殿下がキスをして、思わず遠のく様に椅子の上で後ずさる。
「フィーリオルも騎士団に入って出て行ったよ。」
嬉しそうに言われて、更に戸惑う。
お前とフィーリオルは恋仲じゃなかったのか?
フィーリオルはお前の為に、名声が欲しくて戦場に出ると言ったんだぞ?
「フィーリオルは、殿下の為に……。」
「行って欲しいとは言っていない。フィーリオルが自分で考え決めた事だ。」
ピシャリと言い切られ、ああコイツはフィーリオルが好きなわけじゃ無かったのかと納得した。
より魔力が高く、より王家に、自分自身に有利に運ぶ人間を伴侶に選ぼうとしている。
そこには全く愛情が無かった。
あんまりなオルジュナ王太子殿下に、僕は呆然とした。
言葉が出ない。
また来ると言われても、返事も出来なかったし見送りもしなかった。
ひと月待ってもふた月待っても、カダフィア王弟殿下は帰って来なかった。
向こうで足止めをくらっているのか、それとも本当にあっちの国に腰を落ち着けるのか。
僕はなんでカダフィア様を待ってるんだろう?
僕は騎士団を辞めた人間だ。
迎えに来てくれる程の、この状況から助けてくれる程の親交がある訳でもない。
僕はなんで前世を思い出したんだろう?
思い出さなければ、純粋にオルジュナ王太子殿下と結婚出来ると喜べたのだろうか?
朝から大勢の人間に見守られ、僕とオルジュナ王太子殿下の婚約式が執り行われた。
婚約破棄をした部屋よりも立派な広間で、綺麗に着飾られて、僕はまたノジュエール・セディエルトと名前を書いている。
書きたくなくて、ゆっくりと文字を綴る。
「ノジュエール、どうしたんだい?」
優しい笑顔を作って隣に立つ王太子殿下に、吐き気がしてきた。
僕に話しかけるな。
最後の一文字を書いて、僕はペンを置いた。
もうこの名前を書きたく無かった。
僕は前世で違う名前だったんだ。
僕の名前は………、僕は、何というか名前だったんだ?
………僕の、名前は?
思い出せない…!!
愕然とする僕の隣では、機嫌良くオルジュナ王太子殿下が署名していた。
腰に手を添えられ、後ろを向く様に促される。
手を叩き喜ぶ人達。
笑顔で賛辞を贈る顔が並ぶ。
気色悪い。
何がそんなに喜ばしいのか。
自分達は安全な王都でぶくぶくと肥え太り、戦い疲れ果てた人達を良いように使う。
なんで僕はここにいる?
大切なものが何もない。
この灰色の景色の中で、どうやって生きて行ったらいい?
息が詰まる。
苦しい。
それからどうやって部屋に帰ったかも、夜までどう過ごしたかも分からない。
明日は祝賀パーティーが有りますと侍女から告げられ、僕はまた部屋に監禁される。
寝ている僕の上にいる奴を呆然と見上げる。
青銀色の髪が頬を落ち、琥珀の瞳に見下ろされ、なんで僕はこんな目に遭わなきゃならないんだと真っ白になった。
今日再婚約したばかりだぞ?
お前は盛った犬なのか?
男同士で結婚?
男性も妊娠出来る?
僕が産むの?子供を?お前の子を?
僕は青銀色の髪の子を産んで悲鳴をあげたらいい?
いっそのこと気が狂えればよかったのに。
突然前世を思い出して、全く違うこの世界に放り出されて、人を殺して、男に嫁げと言われて、頭がおかしくなった方が良かった。
文明は遅いし、娯楽はないし、食事は豪華なのにイマイチだし、トイレは不便だし、なんとなく臭い匂いがするし、石鹸はいっぱい使えないし、衛生面が不潔だし、言いたい事はいっぱいある。
貴族?なにそれ?
顔面が綺麗なら許せるのか?
割と平気で非人道的に物事が進むこの社会に、慣れるまでに時間が掛かった。
騎士団に漸く慣れたところなんだ。
最初は訳も分からず魔法をぶっ放して、人を殺して、吐いて、泣いて、それでもやるしか無くて。
途中からカダフィア様が副官にしてくれて、必要なところだけ攻撃すれば良いからと言われてやりやすくなって、この世界でも上手くやっていけるかもと思い直したばかりだったんだ。
これから漸く楽しい事を見つけようと、前世を忘れて生きて行こうと思ったばかりだったんだ。
僕はお前達のオモチャじゃない。
オルジュナ王太子殿下の唇が僕の唇に合わさり、舌が入って口の中を動き回るけど、生暖かい虫が入り込んでいる様で気持ち悪い。
胸元を這い回る手が気持ち悪い。
足を割る動きが手慣れすぎてて、吐き気がしてくる。
僕は目を見開いた。
腹の底が熱くなる。
もう良いんじゃないかな?
頑張る必要なんて無かったんだろう。
僕の身体から炎が上がった。
滅茶苦茶に熱を放った。
上に乗ってた王太子殿下?
焼け死ねば良いんじゃないかな?
こんな事やってても部屋の中に残って護衛をしていた騎士も一緒に燃やしちゃおう。
悲鳴をあげた殿下に花瓶の水をかけて身を呈して守ろうとしてるけど、君の甲冑も熱で熱いはずだよね。
その忠誠心が勿体無いね。
僕は窓をぶち破って外に出た。
どこに行こう?
行き先なんてない。
僕は前世を思い出した時に何も持っていなかったんだ。
この身ひとつだけだった。
名前を書いて前世を思い出した世界は、僕を悲しみのどん底に落とすだけの世界だった。
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