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 入り口付近の警備はとても厳重で何人も配置されていたが、それは奥へ進んでいくと共に手薄になっていった。

 あの厳重な入り口を突破できる者はいないと油断しているのだろう。そのすべてがアドリエンヌの前では無駄なことだったが。

 アドリエンヌにかかれば、鍵がかかっていようがなんだろうがそれは意味をなさない。

 余裕で侵入を成功させると、地下の坑道を魔法で照らしながら奥へ奥へ進んでいった。

 地図で廃鉱内を見て当たりを付けていたことや、直前にアドリエンヌが探索をすることによって迷うことなく屋敷の地下までたどり着くことかできた。

 幾重にも厳重に鍵をかけられている扉を開けると、そこには強力に結界が張られている部屋があった。

 あまりにも厳重に結界が張られているため、もはやなにに結界を張っているのか姿すら見えないほどだった。

 それを見てアレクシは呟く。

「これは、ワーストがいるに違いない。それにしてもなんのためにこんなことを……」

「本当にそうですわよね。とにかく、すぐにでも浄化しますわ」

「できるか?」

「もちろんですわ」

 アドリエンヌはそう言って微笑むと、ワーストを浄化した。ワーストは浄化によって眩く光った。

 あまりにも眩しくて固く目を閉じていたが、その光が落ち着いたところでそっと目を開けてワーストの正体を確かめる。

 すると信じられない人物の姿がそこにあった。アドリエンヌもアレクシもあまりのことに無言で彼を見つめる。

 そこには、歴史書で何度も見た英雄カミーユの姿があったのだ。

「あぁ、あぁやっと、やっと私は解放された。あの魔女から解放されたのだ」

 カミーユはそう呟くと自身の両手をまじまじと眺め、顔を触り元の姿に戻ったことを確認していた。

 アドリエンヌは恐る恐る尋ねる。

「あの、あなたは英雄カミーユ様ですわよね?」

 するとカミーユは、しばらくアドリエンヌを見つめたあと、急いでアドリエンヌの前に跪いた。

「あなたが、あなたが私を救ってくれたのですね? ありがとうございます、ありがとうございます」

 そう言ってそこへ伏せるとアドリエンヌのスカートの裾にキスをし泣き出した。

 アドリエンヌは、とりあえずカミーユに落ち着くよう声をかけると、地下に捕らえられていたモンスターたちをすべて浄化して回り王宮のホールへ移動させた。

 アトラスたち騎士団は、ブロン家の捜索をするために屋敷に残ると言ったので、あとで合流すると約束して彼らを屋敷へ残し、アドリエンヌたちはカミーユと話をするために王宮へ移動した。

 王宮へ着き、カミーユが落ち着くまでしばらく様子を見ていると、彼はポツリポツリと話し始めた。

「あなたの仰る通り、私は確かに英雄と呼ばれた時期もありました」

「やはりそうでしたのね? でも、なぜあのような姿に……」

「歳を取り力を失なった私は、妻にも先立たれ死に場所を捜していました。そしたら、そうしたらあの魔女がやってきて私をあんな姿に……」

 そこでアレクシは不思議そうに問いかける。

「魔女?」

「そうです。それ以来私はひたすら瘴気を吐き、巨大な結晶を生み出す憎悪の固まりに成り果てたのです。そうして瘴気を撒き散らしては眠り、撒き散らしては眠りを繰り返した」

「あの魔女とは誰のことですの?」

 その問いに、カミーユは震えながら答える。

「あの魔女は、三百年前私の目の前で死んだはずだったのに、突然また現れ私をあそこに閉じ込めた。自分の欲望を満たすためだけに」

「では、魔女というのはシャウラのことですの?!」

「そうです! 私はあれ以来ひたすら瘴気をばらまくためだけに存在していた。何度、何度この王宮へ戻ることを夢見たことか!」

 アレクシはカミーユに優しく語りかける。

「あなたは今でも英雄だ、それは変わらない。それは忘れないでほしい。国王に変わって礼を言おう」

 するとカミーユはアレクシに頭を下げる。

「もったいないお言葉です」

 アドリエンヌはカミーユに言った。

「今のあなたには酷かもしれませんが、一つお願いがありますの」

 カミーユは顔を上げアドリエンヌを見つめる。

「なんでしょうか?」

「その魔女が誰なのか証言してほしいんですの」

 カミーユは力強く頷いた。

「もちろん協力します。あんな邪悪な存在を野放しにはできません。私の証言で良ければいくらでも」

 アドリエンヌはカミーユの手を取った。

「ありがとう」




 卒業式はまだ行われているはずである。アドリエンヌは間に合うなら卒業式に参加することにしていた。

 シャウラを問い詰めるのは、卒業式や祝賀会がすべて終わった後でよかった。なぜなら、大切な学園の卒業式を台無しにしたくなかったからだ。

 もしも以前のようにシャウラに断罪されそうになっても、魔法が使えることをみんなの前で示せばシャウラの勘違いだと証明できる。

 そうすれば、流石にシャウラも大人しくするだろう。

 アドリエンヌとアレクシは、ブロン家から決定的な証拠を手に戻ってきたアトラスと合流すると、急いで学園へ向かった。

 学園に移動すると、カミーユとシルヴェストルには応接室で待つように言って卒業式真っ最中のホールへ滑り込む。

「アドリエンヌ、うまくいったのね!」

 ルシールがアドリエンヌに気づき小声でそう言うと、アドリエンヌは笑顔で頷いて見せる。それを見たルシールも嬉しそうに微笑み返した。

 前方ではニヒェルがなにやら有り難い話をしている最中だった。

 とにかく間に合いましたわ!

 そう思い、いつもの平和な学園の空気にアドリエンヌはほっとする。

 そうして教師たちの話が終わり、卒業生の名が一人一人読み上げられると、卒業証を渡される。

 ニヒェルは証書を渡す時、全員に一言づつ声をかけていた。

 アドリエンヌの番になり、名が呼ばれ壇上のニヒェルの前に立つ。

「おめでとう、アドリエンヌ君。君はすべてが規格外の生徒だったの。そんな君を指導できて私はとても誇りに思う」

 そう言ってニヒェルはアドリエンヌに証書を手渡した。

 アドリエンヌは感動して涙が溢れそうなのを必死にこらえて自分の席へ戻り、こうして無事に証書を受けとることができて本当によかったと思った。

 卒業式が終わると、お楽しみの祝賀会に移行した。祝賀会はそのまま学園内で行われる。

 卒業生と教師たちが思い出話をし、生徒たちが教師へ感謝の気持ちを伝え楽しく話をしている中、突然シャウラが前方へ出ると大きな声で言った。

「素晴らしいこの日に、わたくしみなさんに告発しなければならないことがありますの」

 その場にいる全員が一斉にシャウラに注目した。

 シャウラは本気なのだろうか?

 驚いたアドリエンヌは、思わず隣にいたアレクシのジャケットをギュッと握る。するとアレクシが安心させるようにその手を優しく包むように握った。

 みんなが何事かと見つめる中、シャウラはアドリエンヌを指差すと声高らかに言い放つ。

「アドリエンヌは魔法が使えないのです!」

 その言葉に辺りは騒然となった。

 シャウラの横に立っていたアトラスがなにを言っているんだとばかりに、不愉快そうな顔でシャウラに問う。

「だが、今までアドリエンヌ嬢はみんなの前で問題なく魔法を使っていたが?」

 その質問にシャウラは憐憫の眼差しでアドリエンヌを一瞥すると、小さくため息をついて答える。

「それはアドリエンヌの力ではないんです。アドリエンヌのそばにいつもいる護衛のドミニクが魔法を使っていたようです」

 それを聞いたアドリエンヌは憤りを感じながら言い返す。

「シャウラ、あなたいい加減にしてくださらないかしら。そこまで言うなら証拠があるんですわよね?」

 するとシャウラはニヤリと笑った。

「あら、わたくしが同情して今まで黙っていたせいで、ご自身が魔法を使えないということを忘れてしまわれたのですね。こんなことならもっと早くに告発するべきでしたわ」

 そこでシャウラは一旦言葉を切って、心底可哀想なものを見るようにアドリエンヌに向きなおると、子供に言い聞かせるように言った。

「魔法を使えないことが私にばれてしまったからあんな嫌がらせをしたのでしょう? しかもわたくしが受けた嫌がらせは、直接的なものばかりでしたもの。魔法が使えないあなた以外に誰があんなことやるといいますの?」

 この期に及んでまだそんなことを言うシャウラに呆れた。

 そもそも周囲から見れば、シャウラが一方的にアドリエンヌに絡んでいたようにしか見えなかったはずだ。

 しかもここまで来て、シャウラはなんの物的証拠も出していない。

 アドリエンヌはくだらないと思いながら大きくため息をついた。

 そこで、隣にいたアレクシが前に出てなにか言おうとした。だが、アドリエンヌはそれを引き止めた。

 今アレクシに庇ってもらえば、シャウラに負けることになる。そう思ったのだ。

 アドリエンヌは一歩前に出ると努めて冷静に言った。

「嫌がらせなんてしてませんわ」

 シャウラはゆっくりと首を振る。

「あら、でもわたくしが嫌がらせを受けていたのは事実ですわ。だから、言っていますでしょう? そんな嫌がらせをするなんて、魔法を使えないアドリエンヌ以外は考えられないって」

「さっきから、なにを仰ってますの? わたくしがあなたに嫌がらせ? 笑ってしまいますわねぇ。証拠もなしにこのわたくしを侮辱なさって、後で後悔しますわよ?」

「証拠? いいですわ」

 そう言うと自分の護衛に指示を出した。するとその護衛はドミニクを両脇から抱え外に連れ出そうとした。

 ドミニクは抵抗する。

「ちょっ、なにをするのですか?!」

「だって、あなたがいたら変わりに魔法を使ってしまうでしょう?」

 そう言うと、楽しそうに微笑んだ。

 アドリエンヌはもう一度大きくため息をつく。

「それがなんの証拠につながるのかわかりませんけれど。気が済むようになさったら?」

 そう言ってドミニクに廊下に出るように言った。

 そこでシャウラはリオンに目を止める。

「そうねぇ、あとその精霊も……」

 そう言いかけてシャウラはニヤリと笑う。

「いえ、いいですわ。そんな小さな精霊には、なにかできるはずありませんものね。さぁ、どうぞ魔法が使えるなら使ってみてちょうだい」

「それほど言うならわかりましたわ」

 そう答えた瞬間、アドリエンヌは指一つ動かさずにシャウラの髪飾りを外し、髪をぐちゃぐちゃにした。

 シャウラは驚き慌てて悲鳴を上げながら逃げ惑うが、そこへ頭の上からお茶をかけヒールの足を折った。

 シャウラはバランスを崩しその場に尻餅をつくと、よろよろと立ち上がりヒールを脱ぎ捨てアドリエンヌに向かって歩きだした。だが、まったく前に進まない。

「あら、可愛そうですわね。まともに歩くこともできないなんて。でもこれぐらいで許して差し上げますわ。わたくしあなたと違ってとっても寛大ですの」

 そう言って指をパチンと鳴らすと、シャウラはもとの姿に戻っていた。
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