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「そんなことありませんわ。そうではなくて、わたくし精霊を見るのは初めてなんですの。それで驚いてしまっただけですわ」

「ほ、本当?」

「本当ですわ。でも、どうして精霊があんなモンスターに?」

「それが、森で遊んでたら急に捕まって気がついたらあんな姿に」

「そうなんですの、大変でしたわね」

「それで、ここをさ迷っていたらお姉さんがいて、もとの姿にもどしてもらえたんだ」

 アドリエンヌはその犯人がわかれば、一連の件の犯人もわかるのではないかと思い質問する。

「捕まえた犯人のこと覚えているかしら?」

 すると精霊は少し考えているように首をかしげてから答える。

「さっぱりわかんないや。ごめんなさい」

「いいんですの、仕方がありませんわ。じゃあ元の姿にもどれたし、気をつけて帰ってね」

 アドリエンヌがそう言うと、その精霊は心細そうにアドリエンヌを見つめた。

「お姉さん、ここ、どこ?」

「ここですの? ここは学園の森の北西ですわ」

 それを聞いて精霊は怯たようにふるふると震えだした。

「ガクエン? 僕、ガクエンの森なんて知らないよ。それにガクエンってなに?」

 そう言って今にも泣きそうになっている。アドリエンヌは優しく尋ねる。

「わかりましたわ。じゃあどの森に住んでいたか教えてくれれば後で送り届けてあげますわ。どこの森に住んでましたの?」

 そう質問され、精霊はついに泣き出してしまった。

「どうじよう、僕どの森に住んでたかなんてわがんないよ」

「困ったわね」

 そこでリオンが口を挟む。

「お前ならこの精霊の気を辿ってどの森にいたのかわかるだろう。そうして後で送り届ければいい」

「なるほど、その手がありましたわね!」

 するとリオンは呆れたように言った。

「『なるほど!』ではない、まったくさっきといい、私がいなかったらどうなっていたことやら」

 アドリエンヌは苦笑すると精霊に向きなおる。

「大丈夫よ、今は無理ですけれど後でちゃんと送り届けてあげますわ」

「本当?」

 頷いて返すと、精霊は嬉しそうに前足をスリスリモショモショさせた。

「ありがとう。お姉さんすごいね! ところでお姉さんたちはなにをやってるの?」

「えっと、星の欠片を集めてましたの」

「星の欠片? なんだ、そんな物で良ければお礼に作ってあげるよ」

 アドリエンヌは、子供を扱うように優しく言った。

「本当に? じゃあ森から出たら作ってもらえるかしら?」

 そう返すと、精霊も嬉しそうに言った。

「良かった、僕お姉さんの役に立てるんだね!」

「そうよ、じゃあついてきて」

 そう言って学園に向かって歩き出した。




 森から出ると広場にいるはずのニヒェルの元へ向かった。

「アドリエンヌ君、無事に星の欠片は集まったのかな?」

 ニヒェルはそう言うと、アドリエンヌの足元に視線を落とした。

「おや、君は森に入る度に仲間が増えるの。その精霊は?」

 すると精霊が元気良く答える。

「僕はアドリエンヌの友達!!」

 それを見てアドリエンヌは微笑むと言った。

「森の中で迷子になっていたのを助けたところですの。でもそうですわね、もうお友達ですわね」

「そうか、で課題の方はどうだったのかな?」

 そう言われ、アドリエンヌは慌てて下げていた鞄から集めた星の欠片を取り出してニヒェルに渡した。

「これがわたくしの集めた星の欠片です」

 すると横で精霊が垂直にジャンプして騒ぎ出した。

「待って、待ってよ! 僕がお礼に作る星の欠片もあるんだよ!」

 それを聞いたニヒェルは、精霊に微笑みかけ優しい口調で話しかけた。

「ほう、そうか、そうか。では作ってもらえますかな?」

「いいよ!」

 そう言うと、精霊はその場で軽やかにくるりと一回転した。

 すると、突然精霊の周囲から星の欠片が大量に発生し始めた。

 最初はただ驚いて見ていただけだったが、それが広場を埋め尽くしそうな勢いだと気づいてアドリエンヌは慌てた。

「えっ、ちょっと、もういいわ! 精霊ちゃんありがとう。もう十分だから! 止めて!!」

 その状況の中、ニヒェルは声を出して朗らかに笑うとその大量の星の欠片を一瞬で片付けた。

「あれ? 僕の出した星の欠片が消えちゃった」

「精霊よ、星の欠片は別の場所へ保管しただけで、消えたわけではないから安心してくだされ」

「そうなんだ、おじいさんも凄いね!」

 アドリエンヌはニヒェルに頭を下げた。

「ニヒェル先生、ありがとうございます」

「かまわん。それにしてもアドリエンヌ君は本当によき友人ができたものだ。精霊と契約をせずに友人になるとは、これはとても素晴らしきことであるぞ」

 そう言うと、穏やかに微笑んだ。

「はい! わたくしもそう思います」

「それに一度にこれだけ大量に星の欠片を手に入れることはとても難しいからの。ありがたくもらっておこう」

 すると精霊は嬉しそうにまたピョンピョンと垂直に跳ねる。

「やった、僕お姉さんの役にたてたんだよね!」

「そうですわね、ありがとう」

 ニヒェルはそんなアドリエンヌたちを見つめ、しみじみ言った。

「本当に君は面白い生徒だ。課題は無事に合格だ。だが卒業までは自己研鑽じこけんさんを忘れずにな」

「はい!」

 こうして最終課題をクリアしたアドリエンヌは、その場に残りルシールたちが森からもどってくるのを待った。

 森への出入口を見つめながら、今か今かと待っているとシャウラがもどってきて目が合ってしまった。

 すると、シャウラはとても驚いた顔をしてアドリエンヌを見つめた。アドリエンヌは慌てて目を逸らし、話しかけられないよう柱の影に隠れる。

 そこでしばらくそうしてじっとしていたが、案の定シャウラに声をかけられた。

「アドリエンヌ、あなたなぜ生きてますの?」

 開口一番にそんなとんでもない質問をされ、アドリエンヌは思わずシャウラの顔を凝視した。

 シャウラはしばらく不思議そうにアドリエンヌを見つめ返していたが、ため息をつくとアドリエンヌの足元にいる精霊に目を止め鼻で笑った。

「あら、精霊ですの? もしかしてアドリエンヌ様が契約したとでも仰るの? 魔法も使えませんのにねぇ」

 うんざりしながらも言い返す。

「この子は友達ですわ」

「ふ~ん、友達ねぇ」

 そう言ってシャウラが精霊を見つめると、精霊は怯えながらアドリエンヌの後ろへ隠れた。

「精霊ちゃんが怯えてますわ、あなたどこかへ行ってくださらない?」

 シャウラはムッとしながら答える。

「は? あなたねぇ」

 シャウラがそう言った瞬間、アドリエンヌは背後から抱きすくめられた。

「アドリエンヌ、待たせたね。君ももちろん合格したのだろう?」

 アレクシだった。

 アドリエンヌが驚いて振り返ると、アレクシは鋭い目付きで前方のシャウラを睨み付けていた。

 シャウラはアレクシに睨まれ、驚いた顔をしたが微笑むと言った。

「アレクシ殿下、表向きそのように振る舞わなければならないのは理解しております。ですが、真実を知ったときにとても後悔されると思いますわ」

 そう言うと言葉を切り、アドリエンヌをしばらく見つめると呟く。

「卒業式でことが露見したとき、アドリエンヌ様がどれだけつらい思いをするか……」

 言われなくとももう知ってますわ。そう思いながらアドリエンヌが体を強張らせると、アレクシがアドリエンヌの耳元で囁く。

「大丈夫、君のことは私が守るよ」

 そう言ってシャウラを真っ直ぐ見据えた。

「シャウラ、君の言っていることは意味がわからないことばかりだ。それにこれ以上私の大切な人を傷つけるなら、君の父親の立場も悪くなると考えてもらおう」

 シャウラは悲しそうに微笑んだ。

「そうですの。でも、アレクシ殿下はきっと後でわたくしに感謝することになると思いますわ。それにわたくしという存在を無視できないはずだということもわかってますもの。今は我慢の時ですわね」

 それだけ言うと、満足そうに去っていった。

「シャウラはなにが言いたいのかしら?」

 アドリエンヌがそう呟くと、アレクシがそれに答える。

「自分がとても尊い存在だとでも思っているのだろう」

 そしてアレクシはアドリエンヌを離し自分の方へ向かせると、顔を覗き込む。

「駆けつけるのが遅れたが、大丈夫だったか?」

「ありがとうございます。大丈夫ですわ」

「そうか、よかった」

 その時、不意にアドリエンヌの足元にいる精霊に目を止める。

「この精霊は?」

「森の中で襲ってきたモンスターを浄化したら、この子でしたの」

 それを聞いてアレクシはしばらく考えこんでから言った。

「そうか、とにかく君が無事でよかった」

 すると、精霊がアドリエンヌを見上げてドレスの裾を引っ張った。

「ねぇねぇ、お姉さん。僕さっきの恐い女の人の声、聞いたことがある気がするの」

「どういうことですの?」

 そう問いかけると、精霊は少し困ったように俯いた。

「僕もよくわかんない」

 アドリエンヌはしゃがみこんで精霊と目線を合わせると言った。

「それ以上覚えてなくとも、そのヒントをくれただけでも十分ですわ。ありがとう。だから無理に思い出す必要はありませんのよ?」

 精霊にとっては恐い体験かも知れないので、無理に思い出させたくなかった。それに、今言ったことは本心でもあった。
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