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117.人を呪わば④(怖さレベル:★★☆)

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「どうしよう……とりに戻るか……?」

幸い廃神社ですから、神主さんに見つかることはなくとも、
肝試しや、自分と同様に丑の刻参りをしに来た人――
あの、白装束の女性に、拾われてしまうかもしれません。

(でも……)

かといって、今戻ったら、それこそ見つかる危険性があります。

入っているのはわら人形と、呪いたい二人の写真。
ボク自身を示すモノは入っていないし、いっそ置き去りでもいいんじゃないか。

そう、うだうだと車内でしばし考え込んでいると。

「……ん?」

目の端――バックミラーに、なにかが映りこみました。

チラチラと光る、白っぽいもの。
照明――ライト?

「あっ……」

ぼんやりと夜闇に浮かび上がる白い着物、
頭にくくられたヘッドライト。

丑の刻参りで見かけた女性らしき影が――
ぺたぺたと、足音を響かせるようにしてこちらへ向かってきています。

裸足の足が闇のなかでせわしなく動き、
右手には大きな鉄槌を握って。

「うわっ……!」

暗くてもわかる、その鬼気迫る表情。

般若の形相かくやといわんばかりに睨みをきかせ、
左手には見覚えのあるビニールと、五寸釘を握りしめています。

うす暗いなかではハッキリと見えませんが、
裸足の足には、わずかに血も滲んでいるように見えました。

バレた――バレたんだ!!

「ヒッ……」

ペタペタペタ

裸足で全力疾走してくる女性。

そのあまりの形相に、
ボクはつま先から頭頂部にかけて、鳥肌がかけめぐりました。

ヤバイ、ヤバイ、このままじゃ――
このままじゃ――殺される!!

「ひっ……ヒィ……っ!」

ペタペタペタ

薄く開いた窓のすきまから、足音が鼓膜を叩きました。

ヒューヒューという女の荒い息づかいまで、
耳に届いてくるかのようです。

ペタペタペタ

夜闇を背後に背負った女性が、
みるみるうちに近づいてきます。

「あっ……うぅ……っ」

指が、ズルリとハンドルをすべります。
ハッとして、とっさに車のギアをドライブに切り替えました。

ブォォオオン

(よかった……かかった!!)

ボクは無我夢中でエンジンをふかすと、
そのまま山道を速度オーバーで走り抜けました。

「……う、うう」

自宅に帰った自分は、ついさきほどの恐怖体験のせいで、
彼女と同僚の浮気も、それに対する沸騰するほどの怒りも、
もうなにもかもがどうでもよくなってしまいました。

残してきた物証では、
到底あの女性はこちらの素性を調べることなどできないでしょう。

それにホッとしつつも、ボクはもう、
自分が抜け殻のように気力がなくなっているのがわかりました。

そんなからっぽな状態で仕事をこなしていたボクに、
ある日、会社から辞令がくだりました。

「本社へ戻ってこい」と。

もはや無となっていた自分は、会社に指示されるがまま、
なつかしい地元へと帰ることになったのです。



「えっ……じ、事故?」
「そ。あんたの彼女といっしょに、車で崖から落ちたんだって」

実家にもどってすぐ、母から聞かされた内容。
それは、例の同僚と彼女が自爆事故をおこした、という話でした。

日付は、あの丑の刻参りを実行した日の翌々日。

深夜にドライブをしていた二人が、
ハンドル操作を誤って、ガードレールをつき破ったのだとか。

運転していた同僚は、肋骨と左足の骨を折って即入院。
彼女も右腕と肩を折り、おなじく入院しているのだとか。

「まさかねぇ……でも、あんたをさしおいて他の男とドライブしてたんでしょ?
 彼女には悪いけど……バチでも当たったのかねぇ」

と、母はしぶい表情でつづけました。

翌日会社に出社すると、やはり社内でもウワサが広まっていました。

内容は母に聞いたのとほぼ同じで、
『同僚がボクの彼女と浮気デートして、事故にあった』という話です。

社内の雰囲気はボクに同情的で、
他の同僚や上司にまで、なぐさめの言葉をかけられました。

(……バチ。ほんとうに、そうなんだろうか)

しかし、そんな二人の不幸を、ボクは素直に喜べませんでした。

丑の刻参りの翌々日。
タイミングから考えれば、まるで自分の呪いが成就したかのようです。

ボクは、彼らに呪いをかけていないのに。

しかも、あの場に――あの白装束の女性の前に、
故意でないにしろ、呪いの依り代を置いてきてしまったのです。

般若の形相で追いかけてきた、あの女性。
ボクが、例の儀式を見ていたことには当然気づいていたのでしょう。

呪いが返ってくるかもしれないとわかった彼女が、
ボクが落としたわら人形を見つけて、どうしたか。

自分に来る呪いを打ち消そうと、
あの依り代で丑の刻参りを実行したと、したら?

――すべては、想像でしかありません。

結局その後、同僚は足の怪我がたたって
一生車イスを手放せない身体になってしまったし、
彼女もまた、右手の指がまんぞくに動かない障害を負ってしまいました。

そして――これは、もしかしたら気のせいかもしれないんですが。

最近、ボク、耳鳴りがひどいんです。

キィーン、というその耳鳴りの合間に、
人の声のようなものが聞こえるんですよ。

呪詛のような、低く、耳に残るような女性の声が……。

人を呪わば穴二つ。

彼らを呪おうとして、あの白装束の女性に返してしまったそれが、
少しずつ、ほんの少しずつ、自分に返って来ているんじゃないか。

きっといつか、ボクは狂い死ぬでしょう。
その未来が怖くて……怖くて、たまらないんです。
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