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117.人を呪わば③(怖さレベル:★★☆)

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時刻はすでに深夜一時を回ったところ。

ネットで調べてみつけた、今はもう宮司もいない廃神社。

自宅から車で四十分かけてたどり着いたそこは、
住宅街から外れた、うっそうとした森のなかにありました。

深夜の、うち捨てられた廃神社。

ざわざわと木のざわめきが鼓膜をくすぐり、
揺れるこずえが、人の影のように揺らめいています。

(……人は、いないな)

車はここから徒歩十分ほど離れた山中に停めてきました。

街灯も存在しない、暗い暗いさびれた神社。

正気であれば恐怖を感じたであろうその場所も、
極度の興奮状態である自分には、もはやひとつの考えしかありません。

(呪う……あいつらを、呪い殺してやる……!)

片手には、包丁が三本入ったビニール袋。
もう片方には、今日のためにネットで注文したわら人形。そして二人の写真。

丑の刻参りの正装は、本来白い着物姿でロウソクを刺すのが定番らしいですが、
人に見つかるリスクを考え、服装はふつうのシャツにスラックスです。

手順は、わら人形を木に突き刺し、憎しみをこめて打ちつけるというもの。

本来はクギを打つのが正攻法ですが、
より怨みを発散するため、今回は包丁を持ってきていました。

(この鳥居をくぐって……あとは、よさそうな木があれば……)

もはや人の手など入っていない、苔むした鳥居をくぐれば、
樹齢何百年かもわからない大木が、いくつも出迎えてくれました。

(こう本数があると……バレるリスクを考えたら、裏手のほうがいいか)

光源のほとんどない暗闇のなか、わずかな月の明かりだけが頼りです。
ボクはそっと道を逸れ、木が密集している場所の裏へと回りました。

すると。

……カーン

(……え?)

静寂のなかに甲高くとどろく、重い物音が聞こえました。

……カーン

ボクはとっさに姿勢を低くして、慎重に周囲を見回します。
一瞬まっ白く染まった頭が、冷静に分析を始めました。

(この音……まさか……)

……カーン

音の聞こえてくる方角にそって足を進め、
そっと木陰から目を覗かせます。

「……っ!?」

とっさに自分の口を両手でふさぎました。

視線の先。
暗く闇がよどんでいる視界の先に――一人の、女性の姿が見えました。

カーン

月明かりに白く浮き上がった細い腕が、
T字型の鉄槌を振り上げ、

カーン

空気を高く震わせて、木に強く打ちつけています。

(丑の刻……参り……!)

まさか、そんな偶然が。

ボクはもれでそうになる悲鳴を必死におし殺しながら、
一歩、二歩、後ずさりました。

その女性は、丑の刻参りの定説通り、白い浴衣のようなものに身を包み、
ロウソクの代わりか、アウトドア用と思われるヘッドライトを頭につけて、
無心でなにかを木に叩きつけています。

(どうする……? 先客がいるなかで、やるのか……?)

丑の刻参りとは、見つかってはいけないもの。

これで、自分がどこか木に呪いを打ちつけている最中に見つかったら、
呪いは自分に跳ね返ってきてしまうでしょう。

それに――、
鬼の形相でわら人形らしきものを木にうちすえる女性の姿。

それをずーっと眺めていると、
どうにも、これから自分も同じことをしようとしているというのに、
その行為自体が、とてもおぞましく恐ろしく――許されないことであるように思えてきたのです。

(そうだよ……なにをトチ狂って、こんなこと)

ビニール袋にぶらさげたわら人形や包丁が、やけにズシンと重く感じます。

彼女に裏切られた怒りや悲しみ、やるせなさによって狂気に包まれていた心が、
他人の狂気を目の当たりにして正気にもどるというのは、なんともお笑いぐさです。

(つーか、暗っ……こわっ……か、帰ろう……)

頭が冷えてくると、今まで気にもとめていなかった山の夜のうす気味の悪さや、
明かりのない夜闇の不気味さが、どっしりと体に覆いかぶさってきました。

カーン……

(っ……そうだ、気づかれないようにしないと……)

視界の端にうつる、白い浴衣の女性。
当然彼女は、ボクに見られていることなど知りません。

いや、もし知ってしまったら――。

(丑の刻参りは……人に見られたら、呪いが返る)

つまり、あの女性がわら人形にクギを深々とさしこみ、
なんどもなんども執拗にうちつけるほどの恨みつらみが――
すべて、彼女自身にかえってきてしまう、ということ。

(…………)

白い浴衣の女性は、よほど夢中になっているのか、
こちらにいっさい気づくことはありません。

ボクは来たとき以上の慎重さをもって、
そっと、そーっと、足音を殺して木の密集地から抜け出しました。

(よ……よかった。もう……帰ろう)

とんだ丑の刻参りの体験になってしまいました。

鳥居をくぐり、さびれた拝殿にむけて軽くお辞儀をした後、
ボクはそそくさと、車を置いておいた場所へと戻りました。




「はぁ……なにがしたかったんだろ」

車のエンジンをかけて、ボクは自嘲するようにため息を吐き出しました。
ひとりでもり上がってひとりで怯えて、自分でもアホとしか思えません。

ハンドルに両手をのせて、ふかぶかと息を吐き出していると、

「……あれ」

ふと、助手席に目が向きました。
置いてあるのは、三本の包丁が入ったビニール袋。――のみです。

「わら人形と……写真!!」

たしかに、両手にビニール袋を二つ、持っていたはず。

「いや……待てよ」
(もしかして……あの丑の刻参りを見たときに……)

衝撃のシーンを目撃したショックで慌ててしまい、
どこかに落としてしまったのかもしれません。

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