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8.16年目のKiss、あなたが私を選ぶ理由
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しおりを挟む緑の野菜を嫌いがちな湊だが、アスパラは別。
毎年、もう少ししたら実家から送られるアスパラを、湊は楽しみにしていた。
湊が発作を起こさなければ、梨々花が私に電話をしなければ、私が子供たちのためにアスパラの天ぷらを作ることは、二度となかったのかもしれない。
そう思うと、少し複雑で、胸が苦しくなった。
三十分ほどで義母宅に到着すると、吉川さんが出迎えてくれた。
匡を見た吉川さんが、「あら、イケメン」と胸の前で手を組んだのには、笑ってしまった。
記憶と変わらないリビングに足を踏み入れた時、三か月前にこの場所で義母に子供たちを頼むと頭を下げたことを思いだした。
義母は私に、不肖の息子で申し訳なかったと頭を下げてくれた。
その時と同じように、義母は私に頭を下げた。
「紀之のしたこと、ごめんなさい」
ブラウンに染めた豊かな髪がキッチリとまとめ上げられた後頭部が見えるほど深く頭を下げられ、釣られるように私も頭を下げた。
「こちらこそ、湊を助けてくださってありがとうございます」
「いいえ。頼ってくれて嬉しかったわ」
吉川さんがコーヒーとジュース、お手製のクッキーを用意してくれて、私たちはテーブルを囲んだ。
吉川さんが並んで置いたジュースの前に子供たちが座り、私と匡が並ぶ格好になった。
子供たちが私たちをじっと見る。
母親が、父親以外の男性と並ぶ姿なんて見たことがないから、当然だ。
私は二人に、匡のことを説明しようと口を開いた。
「梨々花、湊。この人は――」
「――千恵」
私の言葉を遮った匡が、背筋を伸ばす。
「梨々花ちゃん、湊くん。俺は、柳澤匡といいます。きみたちのお母さんとは中学からの友達なんだ」
穏やかな微笑みで挨拶をした匡が緊張してると気が付くのは、きっと私だけだろう。
口の端がピクピクと強張っている。
大きな会社の社長をしていた匡が、子供相手に緊張するなんて。そう思うと、少し可笑しい。
「急に……知らないおじさんが現れて、驚いたよな」
梨々花は観察するようにじっと匡を見て、湊は私を見た。
「お母さん。この人と結婚するの?」
「え?」
「再婚するって、お父さんがさっき言ってた」
病室での会話を理解できない年齢ではない。
誤魔化しは通用しない。
それでも、今のこの子たちを不安にはさせたくない。
「考え中」
「えっ!?」
声を上げたのは、匡。
そもそも、冗談っぽくほのめかされたり、元旦那に向かってはそれっぽいことを言っていたが、面と向かってプロポーズされたわけではない。
それに、私は離婚してまだ三か月。
「お母さんがきょ――柳澤さんと結婚するかはまだわからないし、結婚するにしても女の人は離婚の後六か月は再婚できないって決まりがあるの。だから、その話は置いておいて、まずは梨々花と湊と三人での新しい生活のことを考えよう」
「札幌のおばーちゃん家に行くんでしょ?」
「決まりじゃないよ」
「ふーん……」
そうなのだ。
湊が心配で飛んできたものの、何も決めていない。
まさか、昨日の今日で子供を引き取れるとは思っていなかったし、その意気込みではあったけれど、いざそうとなるとどうしたらいいものか。
「お義母さん」
本当はもう義母ではない義母に、私は頭を下げた。
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