16年目のKiss

深冬 芽以

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7.離さない、宝物はひとつじゃない

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 苦手だった梅雨時期の東京の湿度に嫌悪を感じる間もなく、私はタクシーに飛び乗った。

 移動中に梨々花から送られてきた病院の名を告げ、メッセージアプリのトーク一覧を見つめる。

 未読のマークが、匡の名前の横にない。



 あれだけ言えば……当たり前か。



 残念に思うなんて、身勝手だ。

 私は母親に電話をして、状況を説明した。

 湊の発作、既に病院に運ばれていること、私は東京に到着して病院に向かっていること。

 症状がわかったらまた連絡すると言って、ひとまず電話をきった。

 飛行機の中でもずっと生きた心地がしなくて、ひたすら早く到着することを願っていた。

 時折浮かぶ匡の顔を振り払い、別れる前の梨々花と湊の顔を思い浮かべていた。

「湊……」

 窓の外をぼうっと眺めながら、呟いた。

 病院は、自宅マンションから車で十五分ほどの場所にある総合病院で、私が駆け付けた時には湊の咳も止んでいた。

 一定時間の経過観察で問題なしと診断されて一般病棟に移されるところで、義母と梨々花と一緒に病室に入ることを許された。

 発作による睡眠不足と体力低下のため、一晩様子を見るために入院となった。

 私は病院に頼み込み、病室に泊まらせてもらうことにした。

「そう言うと思ったわ」と言った義母は、私の到着前に湊の部屋を個室にするよう頼んでくれていた。

 眠る湊の頬にキスをして、ようやくまともに呼吸ができた気がした。

「梨々花」

 部屋の隅で静かに涙を流す娘を力いっぱい抱きしめた。

「ママ……ッ」

 離れていたのはたった三か月ちょっとだけれど、身長が伸びた気がする。身体も、ふっくらして、柔らかい。

「ありがとう、梨々花」

「ごめ……なさ……」

「ママに電話してくれて、ありがとう」

「ごめんな……さ……」

「湊を助けてくれて、ありがとう」

「ふぇ……」

「怖かったよね」

 私の肩に顔を擦り付けるようにして、梨々花が頷く。何度も。

 離婚を告げた時も、こんな風には泣かなかった。

 泣きそうではあったけれど、俯いて「パパとこの家で暮らす」と言った。

 我慢、していたのだろうか。

 別れを何とも思わないほど希薄な関係じゃなかった。



 子供に捨てられたといじけるばかりで、子供たちのホンネにまで気が回らなかった……。



「梨々花」

 背中に回された手が熱い。

 幼い頃、嬉しくても悲しくても、娘はこんな風に必死にしがみついていた。

 全身で私が好きだと、表してくれた。

 家を出る前、こうして抱きしめていたら、この子の気持ちに気づけたかもしれない。



 ただ、頭を撫でるんじゃなく――!



「ママ……」

 大きくなった。

 もう、中学生だ。

 でも、まだ中学生だ。



 どうして離れられると思ったのだろう。

 似た声に気を取られて階段から落ちるほど、こんなにも私は『母親』なのに――!




「もう、絶対離れないから――」

 そう言うと、梨々花は声を上げて泣いた。


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