16年目のKiss

深冬 芽以

文字の大きさ
上 下
47 / 71
6.捨てられない、母親の私

しおりを挟む
『都合が悪くなった?』

「もう……会えない」

『千恵?』

 私は人目を避けて壁に身体を向け、俯いた。

「子供なんて……持つもんじゃないよ、匡」

『え?』

「赤ん坊はすぐ泣くし、用事のある時に限って体調を崩すし、外食なんて行けないし」

『何言って――』

「――お洒落しても涎で汚されるし、アクセサリーなんて凶器でしかないし」

 言っていて、子供たちの幼い頃を思い出していた。

 家族で外食しようとしたり、紀之の仕事関係や友人のパーティーに呼ばれている日に限って、熱を出したり吐いたりした。

 そんなことが何度か続き、紀之は家族同伴を断るようになり、一人で出席しては帰ってこなくなった。

 熱でぐずる子供を腕に抱いて泣いたことが、何度あったか。

『千恵』

「お金はかかるし、一生懸命育てても一人で勝手に大きくなったような顔してさ?」

『何言ってんだよ』

「ひとりで必死に育ててきたの! 浮気されても、女を感じないと笑われても、耐えてきた。なのに、捨てられたの。転校は嫌だとか、貧乏は嫌だとか、そんな理由で子供たちに捨てられたの」

『……』

「それでも、思い出さない日はないの。思い出さない振りをしていても、いつも心配でたまらなかった」

『何かあったのか?』

「私は……母親なの」

 自分に言い聞かせるように、言った。

 匡の前では『女』になってしまう。『女』でいたいと願ってしまう自分に。

『千恵』

「すごく傷ついたのに、泣いていたら抱きしめたくなる。苦しそうだったら代わってあげたくなる」

 すぐそばのカウンターから、上品で落ち着いた女性の声で搭乗開始のアナウンスが流れた。

 私は顔を上げ、肩にかけたバッグのショルダーをぐっと握りしめた。

「ごめんね、匡。私にとって一番大事なのは子供たちなの。匡じゃない。匡を一番には愛せない」

『おい、ち――』

「――けどね? 匡は私の最後の男だよ」

『……』

「あ、だからって、私を匡の最後の女にする必要はないよ。ちゃんと、匡にとって唯一の女性を見つけて。匡を、唯一の男にしてくれる女性《ひと》を」

『そんな女、お前しかいねーよ』

「いるよ、ちゃんと」

『お前がいいんだよ』

「ありがとう。バイバイ」

 一方的に電話を切り、そのまま匡の番号を着信拒否にした。

 そして、ぐっと歯を食いしばって、搭乗のための列に並んだ。

しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

同期の姫は、あなどれない

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:874pt お気に入り:31

裏切りの結末

恋愛 / 完結 24h.ポイント:284pt お気に入り:649

【R18】焦がれた麻痺の限界値

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:71pt お気に入り:78

【R18】星屑オートマタ

恋愛 / 完結 24h.ポイント:42pt お気に入り:180

婚約者を裏切らせた責任を取ってもらいます。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:369pt お気に入り:2,488

浮気をした王太子が、真実を見つけた後の十日間

恋愛 / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:128

処理中です...