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200:ラルフ

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「うんっ、ここは……ああ、どうやら戦いは無事に終わったんですね……」 

 心配したラルフさんだったが、思ったより早く目を覚ましてくれて僕はホッと安心した。正直、このまま目を覚まさないのではと心配していたのだ。

「身体の調子はどうです? マリアさんの話だと急激に体内の魔素が吹き出したようですが……闇精霊がラルフさんから離れたんじゃありませんか?」

 僕はセルフィーナとマリアさんから聞いた話と、ディーネが持ってきた白い角からラルフさんから闇精霊の憑依が無くなったのだと理解したのだが、やはり本人に確認すべきだと思ったのだ。

「そうですね……ハッキリとはしませんがそのようです。今まで短時間でもこんなに良く眠れた事は無かったと記憶しています……いつも何か夢のような物を見ていたような気がします」

 まだ完全には回復していないのだろうが、ラルフさんの表情には何か清々しい物があった。

「これを見てください。ディーネが言うには狼の精霊が宿っているらしいんですが……ラルフさんに憑依していた闇精霊じゃないかと思うんです」

 僕が差し出した白い角を受け取ったラルフさんは、暫くじっとその角を見つめていた。

「残念ですが……と言って良いのか分かりませんが、何も感じませんね……角の中に私の中に長年、眠っていた闇精霊がいたとしても私との繋がりはもう切れてしまっているのかもしれませんね」

 ラルフさんのその言葉は少し寂しげに響いた。長い間、憑依された経験のない僕には、恐らく苦しみから解放されただろうラルフさんの、その寂しげな表情の本当の意味は分からないだろうと思われた。

「長く苦しめられた気がしますが、早くに両親を失い子供の頃からダンジョンに潜って必死に暮らしていた私にとっては、いつも一緒に居てくれた闇精霊がいつしか家族のような存在に感じられていたのかもしれませんね」

 苦しみを与える存在であっても、時として支えになることもある……僕は人間の心の不思議さを感じていた。

「おじさん! 大丈夫? 元気になったの?」目を覚ましたリーゼが眠そうな表情で尋ねてきた。

「ああ、リーゼちゃん心配させてしまったようだね。もう大丈夫です……ありがとうございます」

 子供相手でもとても丁寧なラルフさんが、そう返事すると他の三人も次々と起きてきてラルフさんと楽しそうに話をしている。

 四人の子供達を一旦地上に帰そうと思っていたのだが、様子を見に来てくれたサラが後で皆と一緒に孤児院に帰ると言ってくれたのだ。暫く小屋の中でラルフさんと一緒に休ませているうちに眠ってしまったのだ。

「ユーリはその子達の心配しずぎよ、地上の旧市街を一人で歩いていても絡んだ相手を同情するレベルよ、今のその子達ならね」

 サラに呆れられはしたが、ラルフさんの側で眠っている四人を見ていると、とてもそんなに突き放して考える事は出来なかった。

「そうね~、旧市街では既に四人が歩いていると治安が良くなるとか言われてるわよ~」

 フィーネがまるで四人が、巡回する警備兵か何かのように言い出し、

「その話は良く聞くのよね、私もフィーネも今回の件で、中位精霊に匹敵する位の力を得たわね……でも進化に至るにはやっぱりキャロが二つ羽の探索者になる必要があるかしら? まあ私は今のままでも問題ないんだけどね」

 シルフィーが考え込みながらそんな事を言っていた。

(サラは今頃、リサさんと話し合いを終えている頃かな?)

 その話し合いが終わってサラが戻ったら、僕達は数日ぶりに地上に戻るつもりだった。

◻ ◼ ◻

「ただいま戻りました」

 ほんの数日帰らなかっただけだった猪鹿亭だったが……僕にとって此処は既に自分の家のような存在なのだと感じていた。

「まあまあ、ユーリちゃん。心配していたのよ……無事に帰ってこれたのね」

 ラナさんは色々と事情通なのである程度、何かが起こっていたという事を知っているのではと思った。

「はい、ご心配をお掛けしました」

 僕が軽く頭を下げ謝罪すると、ラナさんは首を振りながら「こちらが勝手に心配していただけよ……キャロちゃん達は無事かしら? ゼダ達に迎えに行って貰った筈なのにねえ」

 どうやらゼダさん達が突然復帰したのはラナさんが原因だったようだ。

「ゼダさん達には僕もとても助けられましたよ。キャロ達はもちろん無事ですよ」

 迎えに行っただけの筈なのに、あれだけ戦いに参加するゼダさん達の事を考えると、なんだか無性に可笑しくなってしまった。

「あらそうなの? キャロちゃん達が無事ならいいのよ。それに何かの役に立ったのなら、それはそれで良かったわ。さあ、お入りなさいな食事はまだなんでしょ? すぐに何かあの人に用意してもらうわ」

 そう言うとラナさんは、僕の身体を【浄化】してさっさと中に入っていった。

 いつも通りのラナさんに安心を覚えながら、カロさんの料理の良い匂いのする食堂に僕は入って行ったのだった。
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