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195:下級魔人2

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『エルフか、常に我々の邪魔をする精霊信奉者どもめ! いつの間に現れた!』

 武器を持つ右腕をミリアさんに切り飛ばされた魔人が、唸るような声をあげた。常に余裕の表情だった魔人に初めて緊張のような物が感じられた。

「周囲が敵ばかりだということを忘れているのかしら? それにご自慢の鱗も魔力強化を限界以上まで施したミスリル武器での攻撃までは止めれないようね」

 そう言ったミリアさんの後ろには、いつの間にか現れたエルフ達の姿があった。

「ミリア様、困ります。供の者も付けずに勝手に飛び出されては……それに限界以上まで強化したミスリル武器の性能を使いきれるような方は、エルフィーデでもそれほどいませんが? ミリア様を基準に考えられても困ります」

 リサさんが進み出て、ミリアさんに注意しているようだ。

「あらリサ、相手が隙だらけなのに大人しく見ている訳にはいかないと思うんだけど? それに貴女にもいずれミスリル武器は与えられるでしょ?」

 この二人の会話を聞いているとここが戦場だと言うことを忘れそうになる。

 だが魔人の右腕がら黒い魔素のような物が吹き出し始め一気に周囲に緊迫感が走った。だがその不穏な状況の魔人に無造作に接近する者が一人いた。

『随分慌てているじゃないか。魔人お得意の超回復とやらを使わないのか? どうやらまだ肉体が固まり切っていなかったのではないか? 随分な勢いで魔素が放出されているな……まあ我には都合が良いがな』

 嫌味っぽくそう言ったラルフさんの姿の闇夜の精霊は、その口調故にラルフさん本人が話しているのではない事が良く分かった。

 ラルフさんは何時でも穏やかで嫌味を言うのを聞いたことがなかった。そう長くはない付き合いではあったが、僕は知っていた。

 闇夜の精霊が魔人に接近する理由は一つ、魔素吸収を行うつもりなのだ。手をかざして魔人の右腕から吹き出した魔素をどんどん吸収している。

 端から見ていると、どちらが害意のある存在か分からなくなりそうな光景が展開している。

 周囲で包囲する者達の視線が何処か微妙な気がするのも、僕の気のせいだけとは思えなかった。

 武器を手放した魔人が距離を取ろうと動こうとするのを阻止するように、魔人の周囲には義勇軍とエルフ達、そしてガザフの騎士達の包囲が行われていて、闇夜の精霊の魔素吸収の範囲から逃れる事が出来ずにいるのだ。

 僕も密かに魔人の裏に回り込み何時でも【ストーンウォール】で土壁を作り逃走を阻止するつもりだった。

 今の状況は追撃するのに最適な筈だったが、包囲している者達も牽制的な動きしか見せていなかった。

 時々、動きを見せる魔人に対して魔法剣による【風刃】が放たれたりはしているが、魔人に対して牽制以上の効果はあげていないようだ。

 魔人が警戒しているのはミリアさんのいるエルフィーデの陣営と、目の前で自分から魔素を奪っている闇夜の精霊と呼ばれる存在だけだった。

(皆分かっているんだ……ニールセンさんの全盛期には、あの地竜でさえ一撃で両断したと言っていた。その黒魔鉄製の両手剣のあの攻撃を防いだ魔人の防御力には、半端な攻撃ではあの鱗に傷も付けられないという事が……)

『忌々しいですね……だがこれ以上魔素を奪われる訳にはいきません。それに私の脅威になり得そうなのは、どうやらそこのハイエルフが持つ武器だけのようだ。それは闇夜の精霊、貴様でさえ同じだ。その忌々しい吸収の能力を除けば、その武器では私に致命傷は与えられまい』

 魔人はラルフさんの使っていた両手斧をチラリと一瞥すると、そう言い切った。

『故に、ここは少々無理をしてでも、この忌々しい状況をさっさと終わらせることにしましょう。ご要望どうり見せて差し上げます……これが【超回復】です……フォォォオ!』

 魔人の唸るような声と共に凄まじい量の魔素が吹き出し、みるみる失われた右腕が生えてきて何事もなかったように元の状態に戻ってしまった。

『では、そこのハイエルフのお嬢さん、私の右腕と大量の魔素を奪った代償、その身で払っていただきましょう』

 そう言うと周囲にいる者達を無視したようにミリアのいる方向に無造作に向き直った。他の者達では自分をどうする事も出来ないだろうという余裕の態度が透けて見えた。

「あら、私に注目して頂けるのは光栄ね……でもあなた確か最初に人間を侮り過ぎて失敗したような事を言っていたと記憶しているけど……魔人というのは学習しない者達なのかしら?」

 魔人にそう強烈な皮肉を投げ掛けたミリアさんは、剣を鞘に納めたまま抜こうともしなかった。

『何を言っている?』

 魔人の不思議そうな表情というのは、人間と変わらないんだなという感想を持っていた僕には、ミリアさんが何故そんな事を言っているのかよく理解できた。

「あら、言葉通りよ……私一人を本気で驚異だと感じているのならね」

 ミリアさんがそう言うと同時に、魔人の首筋辺りに剣線が走るのが見えた。そう、辛うじて僕にも見えた。

 魔人は紙一重でその攻撃を飛び退くように回避すると、側に落ちていた魔人剣を拾い、その攻撃を放ったであろう相手に向き直った。

「侮って散漫になっているかと思えば、なかなかの察知能力だな。今の一撃で終わるかと思ったが……そう簡単にはいかないようだ。魔人よ、お前が老成体と呼ぶ者の一人だ。ワシ自ら相手してやろう……」

「このダスティン・ガザフ辺境伯がな!」

 そこに立っていたのは供も連れず、只一人の戦士のように佇むダスティン辺境伯の姿だった。
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