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115 医は仁術じゃねえのかよ
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「なんでそんな恐ろしいことが平気で言えるんだろう?」
「まじであなたは医療関係者ですか?」
「お前なんか人間じゃねー、たたっきってやるー」
時代劇なら、そう言えるのになー。
沼田 和俊(ぬまた かずとし)46歳は我慢強い子だった。
5階から落ちた時も、手が両方折れた時も
「痛い」とは言わなかった。
反対に母である、小宮 富子(こみや とみこ)69歳は
大仰で痛がりで年中
「あっちが痛い」
「こっちが痛い」
と、騒ぎ立てる。
そんな富子を見て、富子の母は、
「お前みたいに年中、痛いばかり言ってるとオオカミ少年になっちゃうよ」
と、注意するくらいだった。
そんなこといわれたってねー
ほんとに痛いんだからしょうがないじゃない。
そういう意味では、和俊は祖母に似ているのかもしれない。
富子から見たら、痛みに対して我慢強い和俊が
珍しく耳を抑えて、
「痛い」と、顔をゆがめる。
そんな我が子のつらそうな様子を見て、
富子は背中のざわざわが止まらない。
「耳から膿が出ている」
と、困惑した顔でいう和俊を放ってはおけない。
昼過ぎに精神科に行き、長年診てくださってる国立病院の主治医が
「急いで耳鼻科に行ってください」
と、初めは耳の診察もしようとしたのに
途中で手を止めて、専門医の診療を促したそうだ。
そして、二つの病院を紹介してくださったのだけど、
そのどちらも診ていただくことができなかった。
二つ目のクリニックは、和俊が年金生活者で生活保護者であることを伝えると、
「医療券をもらってきてください」
と、能面のような顔で言葉を放つ。
「医療券は送っていただくように電話をするので診ていただけないでしょうか?」
と、お願いしてもダメだった。
「福祉事務所に電話をするので、確かめて診察していただけないでしょうか?」
富子は、藁にも縋る気持ちで懇願する。
しかーし、けんもほろろ。
「医療券をもらってから受付してください」
時刻は夕方の4時を過ぎていた。
今から福祉事務所に取りに行ったのでは、今日の診察時間には間に合わない。
「お願いします」
再び、深く頭を下げた。
なのに、なのにだ……。
「いや、もらってきてください」
むくむくと腹の中で怒りがこみあげてくる。
「診てくれって言ってんじゃねーかー」
「いつから、医は仁術じゃなく、算術になっちまったんだよー」
投げ捨てるように大声で叫びたかった。
子は親の背中を見て育つ。
ここはグッと、歯をかみしめて(すでに歯を一本もないのだが……)
「わかりました」
「ありがとうございました」
ここは東京。生き馬の目をくりぬく場所である。
仕方なく、以前に富子が耳鳴りがしたときにお花屋さんから紹介していただいた
耳鼻科に向かうことにする。
お花屋さんの旦那さんに
「耳鼻科、どこでしたっけ?」
と、問うと丁寧に
「郵便局のところを左に曲がろうか?」
と、心配そうな顔で教えてくださった。
ところが、和俊は珍しく
「もういいよ」
と、一人自転車を走らせて帰ってしまった。
水曜日は、その耳鼻科はお休みだったからだ。
富子は、場所だけでも確認しておけば
次の日に行けると思ったのだが……。
そりゃあ、和俊の気持ちがわからなくもない。
3件もたらいまわしにされて結局診てもらえないんだから。
腹が立つというよりは、情けないのだろう。
和俊が悪いんじゃないのに……。
和俊は頑張って小説書いているのに……。
親はどんな時も子の味方。
「世界中のみんながお前を悪い子だと言ったとしても
父様と母様は、いいえ、あの子は優しい子だというよ」
自分の心の中に、いまだに息づいている親の愛を感じた一瞬だった。
さわやかな白露の風が頬をなでる。
暦の上では、草露白(そうろしろし)
一雨ごとに涼しさを増していく。
秋桜がかすかにほほ笑む。
明日、福祉事務所に電話をして和俊の医療券をお願いしよう。
病院に電話して、送ってもらうから診ていただけるか確認しよう。
よほど痛いのだろう。
アイスノンで耳を冷やしている。
捨てる神あれば、拾う神在。
次の日、病院に連絡して、受診していただけるように予約を入れた。
福祉事務所に連絡をして、医療券を郵送して下さるようにお願いをした。
問診票に記入をして、いざ診察。
「子供じゃないんだから一人で入れるよね?」
ちょっと和俊は不安な顔。
すると優しく看護婦さんが、
「ご一緒にどうぞ」
と、柔らかな笑みを浮かべて促してくださる。
こんな病院が増えるといいな。
人をいつくしむ。
人をいたわる。
人を思いやる。
まだまだ日本も捨てたもんじゃない。
シャーデンフロイデ!!
心の中で、『ざまぁ』を願った私がいたことは内緒の話。
診察をしていただくと、症状は思ったものよりひどかった。
「中が見えないくらい腫れていて、膿がたまっています」
飲み薬と外用薬を頂いた。
断られた二つの病院と違って、たくさんの人が待合室にはいた。
不思議な形で伝わるのよね。
第四十三候 白露 初候
草露白(そうろしろし)
9月7~11日頃
草の露が白く光る
朝日にきらめく水滴の輝き
朝晩の日中の気温差により
草の上に降りた
美しい露が
白く光って輝いています
濡れて香り立つ草木からも
秋の息遣いを感じます
夜にこぼれた月の雫なのでしょうか?
ありがとうございます。
「まじであなたは医療関係者ですか?」
「お前なんか人間じゃねー、たたっきってやるー」
時代劇なら、そう言えるのになー。
沼田 和俊(ぬまた かずとし)46歳は我慢強い子だった。
5階から落ちた時も、手が両方折れた時も
「痛い」とは言わなかった。
反対に母である、小宮 富子(こみや とみこ)69歳は
大仰で痛がりで年中
「あっちが痛い」
「こっちが痛い」
と、騒ぎ立てる。
そんな富子を見て、富子の母は、
「お前みたいに年中、痛いばかり言ってるとオオカミ少年になっちゃうよ」
と、注意するくらいだった。
そんなこといわれたってねー
ほんとに痛いんだからしょうがないじゃない。
そういう意味では、和俊は祖母に似ているのかもしれない。
富子から見たら、痛みに対して我慢強い和俊が
珍しく耳を抑えて、
「痛い」と、顔をゆがめる。
そんな我が子のつらそうな様子を見て、
富子は背中のざわざわが止まらない。
「耳から膿が出ている」
と、困惑した顔でいう和俊を放ってはおけない。
昼過ぎに精神科に行き、長年診てくださってる国立病院の主治医が
「急いで耳鼻科に行ってください」
と、初めは耳の診察もしようとしたのに
途中で手を止めて、専門医の診療を促したそうだ。
そして、二つの病院を紹介してくださったのだけど、
そのどちらも診ていただくことができなかった。
二つ目のクリニックは、和俊が年金生活者で生活保護者であることを伝えると、
「医療券をもらってきてください」
と、能面のような顔で言葉を放つ。
「医療券は送っていただくように電話をするので診ていただけないでしょうか?」
と、お願いしてもダメだった。
「福祉事務所に電話をするので、確かめて診察していただけないでしょうか?」
富子は、藁にも縋る気持ちで懇願する。
しかーし、けんもほろろ。
「医療券をもらってから受付してください」
時刻は夕方の4時を過ぎていた。
今から福祉事務所に取りに行ったのでは、今日の診察時間には間に合わない。
「お願いします」
再び、深く頭を下げた。
なのに、なのにだ……。
「いや、もらってきてください」
むくむくと腹の中で怒りがこみあげてくる。
「診てくれって言ってんじゃねーかー」
「いつから、医は仁術じゃなく、算術になっちまったんだよー」
投げ捨てるように大声で叫びたかった。
子は親の背中を見て育つ。
ここはグッと、歯をかみしめて(すでに歯を一本もないのだが……)
「わかりました」
「ありがとうございました」
ここは東京。生き馬の目をくりぬく場所である。
仕方なく、以前に富子が耳鳴りがしたときにお花屋さんから紹介していただいた
耳鼻科に向かうことにする。
お花屋さんの旦那さんに
「耳鼻科、どこでしたっけ?」
と、問うと丁寧に
「郵便局のところを左に曲がろうか?」
と、心配そうな顔で教えてくださった。
ところが、和俊は珍しく
「もういいよ」
と、一人自転車を走らせて帰ってしまった。
水曜日は、その耳鼻科はお休みだったからだ。
富子は、場所だけでも確認しておけば
次の日に行けると思ったのだが……。
そりゃあ、和俊の気持ちがわからなくもない。
3件もたらいまわしにされて結局診てもらえないんだから。
腹が立つというよりは、情けないのだろう。
和俊が悪いんじゃないのに……。
和俊は頑張って小説書いているのに……。
親はどんな時も子の味方。
「世界中のみんながお前を悪い子だと言ったとしても
父様と母様は、いいえ、あの子は優しい子だというよ」
自分の心の中に、いまだに息づいている親の愛を感じた一瞬だった。
さわやかな白露の風が頬をなでる。
暦の上では、草露白(そうろしろし)
一雨ごとに涼しさを増していく。
秋桜がかすかにほほ笑む。
明日、福祉事務所に電話をして和俊の医療券をお願いしよう。
病院に電話して、送ってもらうから診ていただけるか確認しよう。
よほど痛いのだろう。
アイスノンで耳を冷やしている。
捨てる神あれば、拾う神在。
次の日、病院に連絡して、受診していただけるように予約を入れた。
福祉事務所に連絡をして、医療券を郵送して下さるようにお願いをした。
問診票に記入をして、いざ診察。
「子供じゃないんだから一人で入れるよね?」
ちょっと和俊は不安な顔。
すると優しく看護婦さんが、
「ご一緒にどうぞ」
と、柔らかな笑みを浮かべて促してくださる。
こんな病院が増えるといいな。
人をいつくしむ。
人をいたわる。
人を思いやる。
まだまだ日本も捨てたもんじゃない。
シャーデンフロイデ!!
心の中で、『ざまぁ』を願った私がいたことは内緒の話。
診察をしていただくと、症状は思ったものよりひどかった。
「中が見えないくらい腫れていて、膿がたまっています」
飲み薬と外用薬を頂いた。
断られた二つの病院と違って、たくさんの人が待合室にはいた。
不思議な形で伝わるのよね。
第四十三候 白露 初候
草露白(そうろしろし)
9月7~11日頃
草の露が白く光る
朝日にきらめく水滴の輝き
朝晩の日中の気温差により
草の上に降りた
美しい露が
白く光って輝いています
濡れて香り立つ草木からも
秋の息遣いを感じます
夜にこぼれた月の雫なのでしょうか?
ありがとうございます。
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