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魔法学校編

53.

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 サマーホリデーが明け、戦闘演習が終わって少し。魔法学校の空気はそろそろとそわつきだした——秋中に開催される大魔法祭の準備がはじまったのだ。
 セツはカレルに誘われて以来、朝の四時前には起床し、彼が育てているユーティアを一緒に見にいくようになった。寮から王宮に向かうその道すがらに活動する生徒をどんど見かけるようになり驚くセツにカレルは毎年の光景だと言っていた。
 曰く。
 五日間に渡り開催され国内外から多くの客や企業が訪れる大魔法祭は、生徒たちにとって日頃の努力を大々的に披露できる重要な場だ。ほとんどの生徒はクラスごとの出展だけでなく、所属しているクラブごとの発表や有志企画にも力を入れている。競技系のクラブは模擬試合をしたり、芸術系のクラブはパフォーマンスをしたり。有志企画でのショーや魔法道具販売なども毎年好評だ。観客を楽しませたいと思う者もいれば、成果を認めてもらたいと思う者いる。ここに将来の望みをかけている者もいる。三者三様の思いを胸に、彼らは限りある時間の中で必死に技を磨かんとする。
 早朝から集まって、眠気をほんのりと漂わせながらも話し合ったり魔法を発したりと頑張っている生徒たちの姿を見かけるたびに、つい目を眇めてしまいそうになる。夢と希望と情熱がぎゅっとつまった瑞々しい青春は、転生前も含めたらそれなりに長い人生を送ってきたセツにとってはとても眩しく感じる。応援したくなるし、全員の努力を見届けたくなる。残念ながら、セツの体はひとつしかないからそれは叶わない望みなのだけれど。
 カレルもクラス出展の準備やガーディアンズの仕事、そして昇級試験に向けての修練もあり、帰宅時間は日に日に遅くなっていっている。そしてゲーム通りに話が進んだら、近いうちに教師陣から大魔法祭の花形演目のひとつである、最上学年優秀生徒による模擬戦のメンバーにも選出されるはずだ。そこでカレルはリヒトと戦うことになり、敗北し、不登校になったかと思ったら闇堕ちした状態の彼と再会することになる……というのが原作ストーリーの流れ。
 今のカレルは原作のカレルよりも翳りがない。そのうえ、戦闘演習時にセツに昇級宣言をしたくらいに前向きだ。だからこの先何があっても闇に身を堕とすことはないのではと思うが、確信ではない。他人の心の全てを把握できるわけがないのだから。
 カレルの闇落ちを阻止すること、そしてカレルに少しでも多く笑ってしあわせを感じられる人生を送ってもらうことが、この世界に転生して以来セツが抱いている切なる望みだ。
 だから、ここからが本番と言っても過言ではない。だが、セツにできることなんてたかが知れてるとも言える。
 カレルの好敵手である主人公・リヒト、カレルが劣等感を抱いている兄・リュカ。カレルが闇堕ちする大きなきっかけとなる彼らとセツの言動、どちらがカレルに響くかなんて比べるまでもない。
 それでも、カレルはそれなりにセツのことを好いてはくれているみたいだから。セツの言葉もちゃんと聞いてくれるだろうから。なにより、セツをカレルを愛しているから。
 かねてから掲げてきた望みを叶えるために、精一杯の努力をしたい。それに今のセツはリュカとは親友で、リヒトとも仲良くなった。カレルが傷つくことで二人が悲しむところも、絶対に見たくないと思う。
 だからセツはその日の朝、ユーティアの水やりを終えたカレルに切り出した。

「カレル。俺、今日からはひとりで出勤するね」

 セツが寮室で生活するようになって以来、毎朝カレルに花屋まで送迎してもらっている。恐れ多さともともと自転車て通学する計画も立てていたことから、当初にも一度送迎を断ったのだが「俺のせいでお前は通勤において不便を強いられることになった。それなのに送迎のひとつもしないのは甲斐性なしにもほどがある。俺をそんなやつだと思ってるのか」ときっと睨まれ、反論の余地も与えてくれなかった。
 だが、今のセツはカレルが早朝に寮から王宮のコンサバトリーにも向かっていることを知っている。寮、王宮、寮、花屋と朝っぱらからあちこち移動してから学校に向かうのは時間も労力も要る。カレルの負担になっているに違いない。
 だから、セツでもできるカレル闇落ち阻止作戦その一として、今度こそカレルの送迎をちゃんと断ると決めたのだが。

「あ……?」

 カレルはそれは鋭い睨みをセツに向けた。その冷ややかさと凄まじい美しさについ凍りそうになるが、セツはなんとか唇を動かした。

「えーっと、最近、俺、太っちゃって。ほら、寮のご飯美味しくてついたくさん食べちゃうし……俺元々三食きっちり食べる方でもなかったから。だから、自転車で通勤しようかと——ひっ!?」

 話の途中、カレルはセツの脇腹をぎゅっと掴んだ。

「これのどこが太ったって?」

 雪のように白くありながら音らしくでかい手が衣服越しにセツの肉を揉むように動く。

「前々から細いと思ってたが、そうか、食を疎かにする節があったのは知らなかった。今日からは昼飯も持たせないとな」
「昼飯って、あ、ちょっ、くすぐったい……!」
「送迎も引き続き行う」
「いや、それは、んんっ」
「大方、大魔法祭の準備で忙しそうだからとかなんとか余計なこと考えたんだろ」

 余計なことじゃない、とても大事なことだ。
 思うも、カレルの手の動きが一際激しくなり、くすぐったさだけでなくぞわぞわというかむずむずというか……甘い感覚までも走るようになって、まともな反論ができない。

「ひ、っあ、カレル、そこ、だめ」
「余計なこと考えられないようにしてやろうか」

 カレルがセツの耳元に唇を寄せる。

「毎晩、お前のこと抱いて。送迎がないと出勤できない体にしてやろうか」

 そっと耳に息を吹きかけられると同時、セツはようやくくすぐりから解放された。だが、すっかり茹ってしまったセツは自立できず、カレルに支えられる。
 カレルはふんと鼻を鳴らすとそのままセツを横抱きにし、コンサバトリーを出ていく。

「次、余計な気回したら本当にするからな」

 本当にするって——カレルの先の言葉をなぞったセツの心臓が大きく跳ね、熱はいっそう高まる。
(いや、まさか……冗談だよな?)
 どうしてそうまでしてセツを送迎したがるのか。彼の矜持がどうしても許さないのか。
 早朝からとっぷりと浴びた色気に悶々とながら、結局今日もセツはカレルの送迎を受けることとなった。
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