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魔法学校編
54.
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ある婦人からの依頼で結婚する友人に贈るという花束を仕立てていた昼下がり、彼女は現れた。
ラベンダー色の長髪に金色の瞳を持った少女、ミレーだ。
もう放課後の時間かと店の外に目を向ければ、まだ明るい昼光が燦々と注いでいる。それから、ミレーには授業が関係ないことを思い出した。
セツが接客中だからか、ミレーは店の外で突っ立っている。日に晒され白い頬に汗を滴らせている彼女を手招きすれば、ぱちぱちと瞬く瞳は金星のようだった。
「あら、その制服、魔法学校の生徒さん?」
婦人はハンドバッグからハンカチを取り出すと、歩み寄ってきたミレーに差し出した。
ミレーはまたぱちぱちと瞳を瞬かせる。婦人は小さく笑う。
「外暑かったでしょう。よかったら汗を拭くのに使って」
おずおずとハンカチを受け取ったミレーは「ありがとう、ございます」と言って、ハンカチを頬に当てた。
「花のにおいがする……シラータ?」
「あら、分かる? 日頃からクローゼットに匂い袋を置いて香り付けしてるの。ほんのりと甘くてとっても爽やかなにおいがいいから夏時期は決まってシラータにしているの」
「匂い袋……」
ハンカチの匂いをすうっと嗅いだミレーの眦がほんのりと緩む。
「ミレーも作ってみる? 匂い袋」
「そんなに気軽に作れるものなの?」
「難しくはないよ。ちょうど実験的に作ってたドライフラワーもいくつかあるから。あとで一緒に作ろうか」
花束の水色のリボンをきゅっと整えて、「いかがでしょうか」と婦人に見せる。
婦人はにっこりと微笑んで「とても素敵」と誉めてくれた。
会計を済まし、婦人に花を手渡す。婦人の腕に抱かれた花束を見つめたミレーが「綺麗」と呟く。
「その花束はプレゼント?」
「ええ、そうよ。友人の結婚祝いなの。あなたも、プレゼントの花を買いに来たのかしら?」
ミレーはまたこくりと頷いた。
——あの戦闘演習の翌日、セツはミレーに会いに行った。そしてカレルのことがとても好きであること、それ故にミレーのことを心から応援できなかったこと、それでもアリサへ贈る花選びを手伝わせてもらいたいと伝えた。するとミレーは「なぜ謝るの」とぽかんとしていた。
「セツがカレル・フレーテスのことが好きなのは、先生から聞いて知ってた。セツは彼を応援すると思ってた」
やはり、学長から聞いていたか。しかし、だとしたらなぜ、セツがカレルの方を応援すると分かりながらも勝敗にかかわる賭けをふっかけてきたのか。
その疑問を伝えれば、ミレーはそっと瞳を伏せた。
「……私も、よくは分からない。ただ、それがあったら。戦いで勝ったらあなたと一緒にお花を選べると思ったら、いつも以上に頑張れる気がした。実際に、いつも以上に力が出せた」
「まぁ、負けてしまったけれど」と零してから、「本当に手伝ってくれるの」と問うてきたミレーにセツは「俺で良ければ」と大いに頷いた。
それで、時間が合うときにセツの花屋に来るよう声をかけていたのだ。
「あら、いいわね。もしかして、好きな人へのプレゼントかしら?」
おどけたように言う婦人に、ミレーはちらりとセツを見てから、瞳を伏せた。
「分からない……けれど、気になる人。お花が好きみたいだから、贈ったら、喜んでくれると思って」
「素敵じゃない。あ、じゃあ、お花のついでに匂い袋も一緒に贈るのはどう? お花好きなお相手ならそれも喜んでくれるんじゃないかしら」
婦人は腕に下げていた紙袋から小花柄の端切れを一枚取り出す。
「ちょうど新しい匂い袋を作ろうと思って布屋さんに行ってきたところなの。そのおまけでもらった端切れなんだけれど、よかったら練習台にでも使ってちょうだい」
「え、でも」
「これも何かの縁だから。あ、そろそろ次の用事の時間だわ。セツくん、素敵な花束ありがとうね」
「いいえこちらこそ、いつもご贔屓にしていただきありがとうございます」
「お嬢さんもお花の贈り物、喜んでもらえるといいわね。それじゃあ」
去っていく婦人の背を見送ってから、ミレーが「あ」と声を零した。
「ハンカチ、返すの忘れた」
「俺の方で洗って返しておこうか。常連さんだから、また近いうちに来てくれると思うから」
「……」
「ミレー?」
ミレーは手元のハンカチからもらった端切れに目を向ける。
「この布、とても綺麗」
「そうだね」
「練習じゃなくて、この布で匂い袋作りたい」
「いいと思うよ」
「何個作れる?」
「うーん、ドライフラワーの方は余裕があるけれど。その布のサイズ的には三個ぐらいかな。小さめにしたら四個はいけるかも」
「それなら、ちょうど」
「ちょうど?」
「アリサと、セツと、先生と、あの人に、作って贈りたい。私が、喜んで欲しい人たち」
ほんのり頬を染めながらそう言うミレーにセツの胸がほっと温まる。
「ミレーは縫い物できる方?」
「……」
そっと逸らされた瞳が答えだろう。
そのまっすぐさが、不器用さが、とてもかわいらしくてつい笑いが溢れてしまう。
「うちにもいらない布あるから、それで練習してからにしよっか。どんな匂いのものを作るかも一緒に考えよう」
ミレーは信頼していた存在に裏切られて以来、周囲と距離を置くようになった。周囲もまた、特殊な立場にある彼女を遠巻きに見ていた。
ゲーム上では主人公との出会いと交流によってミレーは少しずつ閉塞的だった世界から出て、他人と関わるようになる。笑顔も増えていくようになる。
この世界のミレーはどうなっていくのだろうか。原作通り主人公であるリヒトと出会って何かを思うかもしれないし、すでに淡い思いを抱いているアリサとのかかわりが彼女を変えていくかもしれない。
どういう展開になるにしても、このやさしくてまっすぐな少女がもっと世界を楽しめるようになればいいなとセツは思う。自分の行動もその一助になれたら、そんな祈りを胸にセツは匂い袋作りの準備をはじめた。
ラベンダー色の長髪に金色の瞳を持った少女、ミレーだ。
もう放課後の時間かと店の外に目を向ければ、まだ明るい昼光が燦々と注いでいる。それから、ミレーには授業が関係ないことを思い出した。
セツが接客中だからか、ミレーは店の外で突っ立っている。日に晒され白い頬に汗を滴らせている彼女を手招きすれば、ぱちぱちと瞬く瞳は金星のようだった。
「あら、その制服、魔法学校の生徒さん?」
婦人はハンドバッグからハンカチを取り出すと、歩み寄ってきたミレーに差し出した。
ミレーはまたぱちぱちと瞳を瞬かせる。婦人は小さく笑う。
「外暑かったでしょう。よかったら汗を拭くのに使って」
おずおずとハンカチを受け取ったミレーは「ありがとう、ございます」と言って、ハンカチを頬に当てた。
「花のにおいがする……シラータ?」
「あら、分かる? 日頃からクローゼットに匂い袋を置いて香り付けしてるの。ほんのりと甘くてとっても爽やかなにおいがいいから夏時期は決まってシラータにしているの」
「匂い袋……」
ハンカチの匂いをすうっと嗅いだミレーの眦がほんのりと緩む。
「ミレーも作ってみる? 匂い袋」
「そんなに気軽に作れるものなの?」
「難しくはないよ。ちょうど実験的に作ってたドライフラワーもいくつかあるから。あとで一緒に作ろうか」
花束の水色のリボンをきゅっと整えて、「いかがでしょうか」と婦人に見せる。
婦人はにっこりと微笑んで「とても素敵」と誉めてくれた。
会計を済まし、婦人に花を手渡す。婦人の腕に抱かれた花束を見つめたミレーが「綺麗」と呟く。
「その花束はプレゼント?」
「ええ、そうよ。友人の結婚祝いなの。あなたも、プレゼントの花を買いに来たのかしら?」
ミレーはまたこくりと頷いた。
——あの戦闘演習の翌日、セツはミレーに会いに行った。そしてカレルのことがとても好きであること、それ故にミレーのことを心から応援できなかったこと、それでもアリサへ贈る花選びを手伝わせてもらいたいと伝えた。するとミレーは「なぜ謝るの」とぽかんとしていた。
「セツがカレル・フレーテスのことが好きなのは、先生から聞いて知ってた。セツは彼を応援すると思ってた」
やはり、学長から聞いていたか。しかし、だとしたらなぜ、セツがカレルの方を応援すると分かりながらも勝敗にかかわる賭けをふっかけてきたのか。
その疑問を伝えれば、ミレーはそっと瞳を伏せた。
「……私も、よくは分からない。ただ、それがあったら。戦いで勝ったらあなたと一緒にお花を選べると思ったら、いつも以上に頑張れる気がした。実際に、いつも以上に力が出せた」
「まぁ、負けてしまったけれど」と零してから、「本当に手伝ってくれるの」と問うてきたミレーにセツは「俺で良ければ」と大いに頷いた。
それで、時間が合うときにセツの花屋に来るよう声をかけていたのだ。
「あら、いいわね。もしかして、好きな人へのプレゼントかしら?」
おどけたように言う婦人に、ミレーはちらりとセツを見てから、瞳を伏せた。
「分からない……けれど、気になる人。お花が好きみたいだから、贈ったら、喜んでくれると思って」
「素敵じゃない。あ、じゃあ、お花のついでに匂い袋も一緒に贈るのはどう? お花好きなお相手ならそれも喜んでくれるんじゃないかしら」
婦人は腕に下げていた紙袋から小花柄の端切れを一枚取り出す。
「ちょうど新しい匂い袋を作ろうと思って布屋さんに行ってきたところなの。そのおまけでもらった端切れなんだけれど、よかったら練習台にでも使ってちょうだい」
「え、でも」
「これも何かの縁だから。あ、そろそろ次の用事の時間だわ。セツくん、素敵な花束ありがとうね」
「いいえこちらこそ、いつもご贔屓にしていただきありがとうございます」
「お嬢さんもお花の贈り物、喜んでもらえるといいわね。それじゃあ」
去っていく婦人の背を見送ってから、ミレーが「あ」と声を零した。
「ハンカチ、返すの忘れた」
「俺の方で洗って返しておこうか。常連さんだから、また近いうちに来てくれると思うから」
「……」
「ミレー?」
ミレーは手元のハンカチからもらった端切れに目を向ける。
「この布、とても綺麗」
「そうだね」
「練習じゃなくて、この布で匂い袋作りたい」
「いいと思うよ」
「何個作れる?」
「うーん、ドライフラワーの方は余裕があるけれど。その布のサイズ的には三個ぐらいかな。小さめにしたら四個はいけるかも」
「それなら、ちょうど」
「ちょうど?」
「アリサと、セツと、先生と、あの人に、作って贈りたい。私が、喜んで欲しい人たち」
ほんのり頬を染めながらそう言うミレーにセツの胸がほっと温まる。
「ミレーは縫い物できる方?」
「……」
そっと逸らされた瞳が答えだろう。
そのまっすぐさが、不器用さが、とてもかわいらしくてつい笑いが溢れてしまう。
「うちにもいらない布あるから、それで練習してからにしよっか。どんな匂いのものを作るかも一緒に考えよう」
ミレーは信頼していた存在に裏切られて以来、周囲と距離を置くようになった。周囲もまた、特殊な立場にある彼女を遠巻きに見ていた。
ゲーム上では主人公との出会いと交流によってミレーは少しずつ閉塞的だった世界から出て、他人と関わるようになる。笑顔も増えていくようになる。
この世界のミレーはどうなっていくのだろうか。原作通り主人公であるリヒトと出会って何かを思うかもしれないし、すでに淡い思いを抱いているアリサとのかかわりが彼女を変えていくかもしれない。
どういう展開になるにしても、このやさしくてまっすぐな少女がもっと世界を楽しめるようになればいいなとセツは思う。自分の行動もその一助になれたら、そんな祈りを胸にセツは匂い袋作りの準備をはじめた。
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