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本編
47)兄レオンと弟グレン
しおりを挟む結局、フランクリン一行は城に滞在することとなった。貴族が城下町の宿に泊まると言うのも、逆に領民に迷惑だろうとの判断だ。
貴族であるフランクリンよりも領民の感情を優先する形になったが、フランクリン一行は何の文句を言い立てることも無く粛々とクランストン辺境家の言葉に従った。
……そもそも、辺境伯の方が伯爵より地位としては上であり、さらに言えば上位貴族と下位貴族と言う超えられぬ壁もある。伯爵が辺境伯に食って掛かっていたこれまでの方が異常であり、今現在のこの状況が普通なのだ。
「で、この結末でアンタは満足か?」
フランクリン一行の宿泊の手はずを整えたレオンは、後ろを振り返り誰もいない空間に向かって話しかけた。明かりの少ない、薄暗い廊下の奥。そこに突然、景色を塗り替えるかのように一人の男が姿を現した。悪魔のドーヴィだ。
「気づいてたのか。さすが、クランストン辺境家の男だ」
「よく言うよ。俺にわかる程度に魔力を漏らしていたくせに」
苦笑してレオンは肩を竦めた。そしてニヤニヤと笑いながら「グレンならもっとくっきり視えていただろうな」と言う。その言葉をドーヴィは聞き流しておいた。それはあまりにも当然の事だから。
ドーヴィは黙ってレオンの隣に立つ。貴族男性としてそれなりに長身であるレオンよりも、少しばかり高い身長のドーヴィ。レオンは改めてドーヴィの大きさに驚いたように目を丸くしてから、肩を震わせた。
「……なんだよ」
「いや、俺よりアンタの方がグレンの『兄貴っぽい』っていう話を使用人から聞いてな。そうかもなぁと思っていたところだ」
今度はさすがに黙って聞き流せなかったドーヴィは小さく呻いて目元を指先で揉む。駄々っこの幼い弟を構い倒す年の離れた兄、という表現を耳にしたこともあるが、まさか本物の兄からもそう言われてしまうとは。
「冗談じゃない」
「ま、そうだな、冗談にしておいてくれ。俺も悪魔の弟にはなりたくないかな」
「うるせー。……さっきの、フランクリン・カリスだが」
いつまでもレオンの軽口に付き合ってられんな、と判断したドーヴィは強引に話題を元に戻した。レオンも片眉を上げて、歩みを続けながらもドーヴィの話に耳を傾ける。
「まあ、あの様子ならグレンの障害にはならんと、今のところは判断している」
「……そう判断してくれるならありがたい。俺から見てもアイツ、アルチェロ陛下にきっちり釘を差された様だから……今更クランストン辺境家に剣を向けることはないだろう」
「あとはあのフランクリン・カリスが無意識に妙な事をしなければ、な」
「やめてくれ、怖い事を言うなよ」
あとでもう一回、忠告しておくか……とレオンはぼやいた。染みついた意識というものはそう簡単に変わるものでもない。クランストン辺境家を敵視していたあの父親の元で育ったのだから、ドーヴィとしてはまだ引き続き警戒対象だ。
そう言う二人が辿り着いたのは、グレンの部屋だ。扉の前で番をしている騎士に労いの言葉をかけて、先にレオンがノックをする。中から使用人が応答する声が聞こえ、すぐにレオンとドーヴィは室内に通された。
ドーヴィがいない間、男女の使用人がグレンの部屋で看病をしていてくれたらしい。二人は微笑みながらレオンに使用人として頭を下げ、ベッドの横にあった椅子を差し出す。
「兄上! ドーヴィ!」
「おっ、起きてたのか」
「さっき起きたところなんだ」
使用人に用意して貰った椅子にレオンはどかりと座り込んだ。ドーヴィは隣で立ったままだ。辺境家においてドーヴィは特殊な立場の人間だから一緒に座っても良かったが、まあレオンとグレンの兄弟対談に割り込まなくてもいいだろうとの判断だ。
レオンは使用人二人に人払いを示し、グレンに向き直る。
「グレン。実はさっき、王都から使者が来たんだ。お前宛ての」
「!」
途端にグレンは露骨に嫌そうな顔をする。『王都』という単語を聞いただけでこうなるのだから……その素直すぎるリアクションに、思わずレオンは笑い声をあげた。
兄に笑われた! と、グレンはさらに拗ねたように唇を尖らせる。なるほど、これは使用人を退室させて正解だなとドーヴィは思った。
「まあまあ。悪い話じゃないさ。フラン……フランクリン・カリス伯爵が、アルチェロ陛下に王命を受けて政に関する様々な相談事を持ってきたらしい」
「カリス伯爵……ああ、思い出した、カリス伯爵かぁ。昔、兄上と友達だって言ってた……」
「そうそう、そのフランクリン。何でもアルチェロ陛下が俺とフランが旧友だと知っていたらしくて。ついでに久々に親交を深めてきたらどうだとわざわざフランクリンを指名してくれたらしい」
レオンはそう説明した。嘘は言っていないし、本当の事でもある。だが、真意はグレンに伝えるつもりはないようだ。まあ、わざわざ刺激的な話を言う必要はないというレオンの配慮だろう。
実際、そのレオンの話を聞いたグレンは先ほどの嫌そうな顔を引っ込めて、目をぱちぱちと瞬かせた。そして、こてりと小首を傾げる。
「兄上と……カリス伯爵って、そんなに仲が良かったのですか?」
「ン、お前は小さかったから覚えてないだろうが、結構仲は良い方だぞ。近隣領だから、という以外にも、お互いに次期当主が内定している立場だったからなぁ。そういう面でも一緒に勉強だのなんだの、やったもんさ」
「そ、そうだったのですか……」
「さっき会って来たけど、アイツ相変わらずだったな~」
レオンはにやりと口角を上げて言った。フランクリンの事を面白がっているような声音に、グレンも肩の力を抜く。無意識に緊張して体を強張らせていた……が、兄があまりにも飄々としているものだから。グレンはほっと気の抜けたような息を吐いていた。
(こういうやり方は、レオンにしかできねえよなあ……)
ドーヴィには難しい、レオンにしかできないグレンの心を守るやり方だ。さすが本物の兄貴だな、とドーヴィも思わずこの兄弟を暖かく見守ってしまう。
「で、面会についてはお前の体調が戻ってからって話にしてある。向こうとしても『宰相閣下の体調を優先させてください』だとさ」
そう言ってレオンはグレンの額に手を当てた。グレンが思わず、ぎゅうと目を瞑る。
「……まだちょっと熱があるっぽいなぁ」
「元気はあるから、面会ぐらいなら……」
「ダメに決まってんだろ。大人しく寝てろ」
レオンがぐい、とグレンの肩を押すとグレンは大人しくベッドに戻った。そんなグレンに、レオンは優しく毛布を掛ける。
「代わりに、先に俺がフランクリンからある程度話を聞いておくわ」
「えっ、兄上……いいのですか?」
目を丸くしたグレンに、レオンはクックックと笑っていつものにんまりとした笑顔を向けた。
「おいおい、俺だって次期侯爵なんだぞ? 国政に携わったっていいだろ。……それで言うなら父上とセシリアも立ち会って貰ってもいいかもな」
「あ、兄上……っ!」
「安心しろ、本当に宰相にしか知らせられない様な内容には触らないから。それぐらいはフランクリンも聞いてはいるだろうし」
グレンは兄の優しさに感動しきった様に目を潤ませて、じっとレオンの顔を見上げた。そんなグレンの額に親愛のキスをひとつ落としてからレオンは改めて「ゆっくり眠れよ」と伝えて、席を立つ。
じっと黙ってやり取りを見ていたドーヴィがレオンを先導し、扉を開けた。一応、ドーヴィも使用人の一人ではあるのだ。だいぶ枠をはみ出ているが。
そして「レオンを送ってくる」と言ってドーヴィも退室する。入れ替わりに、廊下で待機していた先ほどの使用人二人が部屋に戻って行った。
「――で、その真意は?」
「嫌だなぁドーヴィクン。俺は可愛い弟の為に人肌脱ごうってだけさ」
二人きりになった廊下でドーヴィが尋ねれば、レオンはクッと喉奥で笑ってからふざけた口調でそう言った。その様子を見て、ドーヴィは大きく息を吐く。
「ったく、本当はどさくさに紛れて利権を先に確保しておこうってところなんだろ?」
レオンは貴族らしからぬ顔をした後、ぺろりと舌を出した。グレンと違い、心身ともにきっちり成人しているレオンがやっても可愛くはない、が、不快感も覚えないから不思議なものだ。これもレオンという人間の魅力なのだろう。
「いいじゃないか、俺が侯爵になった時にグレンを支える材料になるんだからさ」
「……本当に同じ親から生まれたのが信じられないよ、お前は」
「でも俺とグレン、結構似てるだろ?」
そう言ってレオンは足を止めてドーヴィを見上げた。目をくるりと丸くして、年齢の割にあどけない表情で上目遣いをするレオンは……確かにグレンに似ている。
が、ドーヴィは顔を横に振った。
「グレンの方が可愛い。お前のそれはあざとさが滲み出すぎていて雑味がある」
「プッ、ソムリエかよ……っ!」
レオンの反応にドーヴィは憮然とした表情で睨み返した。この男、悪魔を前に恐れるどころか逆に笑うほどの余裕があるとは。
と、言えども、それもじゃれつきの範囲内を出ないと思えば、ドーヴィからしても「やはりその辺はグレンと似ているのだなぁ」と改めて感心する程度だ。もちろん、そのことをレオンに言うつもりはない。
「まあフランクリンについては俺に任せてくれ。グレンの目の前に立たせる時までには、ちゃんと躾けておくさ」
「期待しているぞ」
レオンは手をひらひらと振って、自室に戻って行った。その背中を見届けてから、ドーヴィは踵を返す。
……あれだ。雑味のあるレオンの上目遣いを見ていたら、グレンの純粋な上目遣いで口直しをしなくなったのだ。不味いわけではないが、もっと美味しいものを知っているからそちらがいいに決まっている。
足早にグレンの元へ戻ったドーヴィは、使用人に看病を交代すると申し出た。使用人二人はグレンと昔話に花を咲かせていたようで、グレンはそんな二人を労いの言葉と共に送り出す。
「……ドーヴィ、どうしたのだ? 何だか、顔が固いような気がするが」
「あのフランクリンってヤツの事考えてたら、な」
実際はレオンという男について苦虫を嚙み潰していただけだ。グレンが心配そうな顔で、立ったままのドーヴィを見上げる。
(そうそう、これだよこれ)
何の裏もない、ピュアな瞳で見上げてくるこの顔。ドーヴィは無駄な気疲れが溶けていくのを感じで、深いため息とともに看病用の椅子に座った。
「やっぱお前が一番だよ」
「? どうしたのだ、急に」
「いやこっちの話」
改めて自分を召喚したのがグレンで良かったとしみじみ感じたドーヴィであった。
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レオンに召喚されてたらここまでドハマりしてなさそう
グレンくんに癒しを感じてしまうドーヴィなのでした
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