上 下
37 / 74

ヒロインに出会ってしまった②

しおりを挟む

色素の薄いピンクをベースに若干すみれ色の大きな瞳が少し濡れてこちらを見ている。

絹のようなまっすぐな髪は、やはり少しピンクがかって金色だが毛先だけ白いのが特徴だ。

耳の下あたりでツインテールにしているのが控えめで可愛らしい。

(あぁ……やっぱりヒロイン……可愛いわ……)

アドリアーヌは思わずほうとため息をついて見入ってしまった。

前世のアドリアーヌは乙女ゲームが好きだが、夢系ではなくヒロインをヒロインとして自分とは別に捉えていた。

どのルートのストーリーもそれなりに好きだが、ある意味ヒロインであるアイリスは自分の最推しである。

(うわあああ最推しが歩いている!息してる!)

そして改めてこの世界が続編の世界であることを認識してしまい、若干複雑な気持ちになるのだが……。

「あ……あの……私……変ですか?」

思わずじっと見つめてしまっていたせいでアイリスに不審に思われてしまったようだ。

確かに少し挙動不審になってしまっていたかもしれない。

一度落ち着きを取り戻し、アドリアーヌはにこやかにアイリスに言った。

「そんなことないですわ。凄く……可愛らしいので思わず見つめてしまってごめんなさいね」
「えっ……そ、そんな……」
「それよりもひどい目に遭っちゃいましたね。本当、なんなのあいつら!」
「助かりました……怖くて……何も言えなくて……」
「あんな状態なら怖くて何も言えなくなるのは仕方ないですよ。あぁ……床が水浸しですね。片付けちゃいましょう!」

男がバケツをひっくり返したせいで、廊下には水たまりができている。

アドリアーヌは落ちていた雑巾でその水を拭き始めた。

「床が大理石で良かったですね。この天気ですし、さっと拭けば乾くのも早そう」

メイドの時にしていたようにアドリアーヌは雑巾で水を吹き上げ、水を吸って重くなった雑巾をバケツの上でぎゅっと絞った。

その様子を呆然と見ていたアイリスが我に返ったようにアドリアーヌの動きを止めに入った。

「こんなことまでなさらなくても!助けてくださった方にこんなことまでさせてしまって!」
「あぁ気にしないでくださいね。さ、さっさとやってしまいましょう」
「はい……ありがとうございます」

そうして二人で作業をすればアッという間に水たまりは無くなる。

「アイリス様は行儀見習いでいらっしゃっているんですよね。こんな雑巾がけみたいなことまでするんですか?」
「私の名前……どうして」

(はっ!私とアイリスは初対面だった!誤魔化さなくちゃ……)

「えっと……ここで働く貴族の方は割と名前を覚えるようにしているんですよ」
「あぁ、それで先ほどの方々の出自をご存じだったのですね」
「え……まぁ」

アイリスは納得したのち雑巾を見つめて少し俯きがちに先ほどのアドリアーヌの言葉に答える。

「私も皆さんのお役に立ちたくて……ルイーズ様の仕事を少しお手伝いしていて……」

ルイーズという名に少し思い立った。

そして脳内で情報を整理し、思い当たったのはセギュール子爵の娘だった。

以前出席した舞踏会で思いっきりバトルしたので覚えている。

「本当にお手伝いしているんですか?やらされているのではなくて?」
「!!」

思わずアイリスが息をのむ。

それでアドリアーヌの推理が正しいと分かった。

ルイーズも行儀見習いとして王宮に上がっているのだ。

確かアイリスは男爵という身分であるから、格好のいじめの対象になっているのだろう。

そんな描写がゲームにもあった気がする。

(でもそれって別の人間の指示でルイーズが命じていたような……)

「あ……私そろそろ行かなくては。ありがとうございました……お名前をお聞きしてもいいですか?」
「あぁ、私ですか?私は……」

名乗ろうとした時だった。

背後からアドリアーヌを呼ぶ声がして振り返るとそこにはクローディスが不機嫌な顔でこちらに向かって歩いてきているところだった。

「アドリアーヌ!遅いぞ」
「あぁ、殿下。ちょっとトラブルがあって」
「トラブル⁉何かあったのか⁉どこか怪我でもしたのか?」
「あ、私は平気ですよ。まぁ色々あって……それよりわざわざどうされたんですか?」
「そうか。お前の身に何もなければいいんだ……はっ!……別にお前を心配したわけじゃない!」
「はぁ……そうですか……」

相変わらずクローディスはよくわからない。

どうしてこう顔を赤くしてはそっけない態度を取るのだろうか?

こちらとしては攻略対象に嫌われるのは願ったりな展開ではあるのだが。

「こっちもトラブルがあった。昼食は執務室で取る」
「そうですか、わざわざ殿下が来なくても」
「お前の帰りが遅いから何かあったんじゃと思ってな。さ、さっさと帰るぞ」
「あ、ちょっと引っ張らないでください!」

よほど急ぎの仕事でも入ったのだろう。

クローディスはアドリアーヌの腕をつかんで引っ張る様に執務室に向かっていった。

後ろではアイリスが事態をのみ込めないように驚いた表情を浮かべている。

連行される形だが何とか振り返りつつアイリスに手を振って、アドリアーヌはその場を去ることになったのだ。

「アイリス様、じゃあお仕事頑張ってくださいね!」
「は、はい!ありがとうございました」

ペコリと礼をするアイリスを見てまた可愛いと思いつつも、手を引っ張ってくるクローディスを見上げる。

(そういえば……アイリスとクローディスはここで初顔合わせってことよね……何かイベントが起こってもいい気がするんだけど……)

ようやく歩調を緩めゆっくりと並んで歩くクローディスにアドリアーヌは聞いてみた。

「あのー殿下?さっき凄い美少女がいたと思うんですけど……何か言葉を掛けなくてもよかったんですか?」
「は?美少女?そんなのいたか?」
「え!ほらピンクがかった金髪の美少女がいたでしょ?」
「気にならなかったが?」

おかしい。なんでフラグが立たなかったのだろうか?

そうしてゲームの展開を考えたとき、アドリアーヌは小さく叫んだ。

「あっ!」
「どうした?」
「な、なんでもないです……」

アイリスが男に絡まれていた時、ゲームではあれを助けるのはクローディスだったのだ。

そして悪役令嬢に命じられて虐めのように仕事を押し付けられているのに気づき、ヒロインを心配するのだ。

――――ゲーム内――――――

『お前……無理にこのような掃除をやらされているのではないのか?』
『!!い……いえ……』
『そうか。このような雑巾がけなど普通の行儀見習いはしないことが多いからな。無理はするな』
『はい……ありがとうございました。あ……私そろそろ行かなくては。ありがとうございました……お名前をお聞きしてもいいですか?』
『いや、気にするな。じゃあ俺は行く』

――――ゲーム内終了――――――

(もしかして……私、クローディスのフラグ折った!?)

嘘だろうとアドリアーヌは動揺した。

このフラグを折ってしまったらこの先どうなるのか……一気に断罪ルートにはならないとは思うがそれでも何がどうなるか分からない。

そしてフルで頭を回転させてもう一度悪役令嬢アドリアーヌが迎える断罪ルートを整理した

ルート1:一生幽閉の身となる
ルート2:四肢を切られ、そのまま牢獄で死ぬ
ルート3:そもそも悪役令嬢は名前ばかりで本ルートには登場しない
ルート3についてはもう無理だ。

攻略対象とこれだけ関わってしまっては、もうモブキャラにはなれない。

後はルート1とルート2。

アドリアーヌは実は攻略の途中で前世を過労死で終えてしまっているので詳細な展開は知らないのだ。

ツイッターで呟いているフォロワーのツイートでなんとなく知っている程度だ。

だが1の世界でグランディアス王国での展開を考えれば、攻略対象とヒロインの恋路を邪魔しないかつ虐めなければいいのではないか……と思った。

前回は遠回しではあるがヒロインを虐める形になっていたので断罪が起こったのだ。今回は同じ轍を踏まなければいい。

「あのですね……クローディス殿下……もし、すっごい美少女が現れても恋に落ちても、私は何とも思わないですからね!自由恋愛を楽しんでくださいね」

敵意がないことを告げたクローディスは盛大に咽た。

「はぁ???なんだそれは!じ、自由恋愛なんて……それは……お前が俺に惚れているという……」
「なわけないですよ!惚れるとかありえませんから!大丈夫、自由恋愛最高!」
「惚れるわけ……ないのか……」

急にクローディスのテンションが下がったような気もしなくないが、とりあえずクローディスの自由恋愛を推しておいた。

後はどう転ぶのか……。

(それに、他のルートに行くかもしれないし!もう少し様子を見ようっと)

そう言い聞かせてアドリアーヌは執務室へと再び足を踏み入れるのだった。
しおりを挟む
感想 35

あなたにおすすめの小説

転生したら、実家が養鶏場から養コカトリス場にかわり、知らない牧場経営型乙女ゲームがはじまりました

空飛ぶひよこ
恋愛
実家の養鶏場を手伝いながら育ち、後継ぎになることを夢見ていていた梨花。 結局、できちゃった婚を果たした元ヤンの兄(改心済)が後を継ぐことになり、進路に迷っていた矢先、運悪く事故死してしまう。 転生した先は、ゲームのようなファンタジーな世界。 しかし、実家は養鶏場ならぬ、養コカトリス場だった……! 「やった! 今度こそ跡継ぎ……え? 姉さんが婿を取って、跡を継ぐ?」 農家の後継不足が心配される昨今。何故私の周りばかり、後継に恵まれているのか……。 「勤労意欲溢れる素敵なお嬢さん。そんな貴女に御朗報です。新規国営牧場のオーナーになってみませんか? ーー条件は、ただ一つ。牧場でドラゴンの卵も一緒に育てることです」 ーーそして謎の牧場経営型乙女ゲームが始まった。(解せない)

【完結】傷モノ令嬢は冷徹辺境伯に溺愛される

中山紡希
恋愛
父の再婚後、絶世の美女と名高きアイリーンは意地悪な継母と義妹に虐げられる日々を送っていた。 実は、彼女の目元にはある事件をキッカケに痛々しい傷ができてしまった。 それ以来「傷モノ」として扱われ、屋敷に軟禁されて過ごしてきた。 ある日、ひょんなことから仮面舞踏会に参加することに。 目元の傷を隠して参加するアイリーンだが、義妹のソニアによって仮面が剥がされてしまう。 すると、なぜか冷徹辺境伯と呼ばれているエドガーが跪まずき、アイリーンに「結婚してください」と求婚する。 抜群の容姿の良さで社交界で人気のあるエドガーだが、実はある重要な秘密を抱えていて……? 傷モノになったアイリーンが冷徹辺境伯のエドガーに たっぷり愛され甘やかされるお話。 このお話は書き終えていますので、最後までお楽しみ頂けます。 修正をしながら順次更新していきます。 また、この作品は全年齢ですが、私の他の作品はRシーンありのものがあります。 もし御覧頂けた際にはご注意ください。 ※注意※他サイトにも別名義で投稿しています。

転生したら乙女ゲームの主人公の友達になったんですが、なぜか私がモテてるんですが?

rita
恋愛
田舎に住むごく普通のアラサー社畜の私は車で帰宅中に、 飛び出してきた猫かたぬきを避けようとしてトラックにぶつかりお陀仏したらしく、 気付くと、最近ハマっていた乙女ゲームの世界の『主人公の友達』に転生していたんだけど、 まぁ、友達でも二次元女子高生になれたし、 推しキャラやイケメンキャラやイケオジも見れるし!楽しく過ごそう!と、 思ってたらなぜか主人公を押し退け、 攻略対象キャラや攻略不可キャラからも、モテまくる事態に・・・・ ちょ、え、これどうしたらいいの!!!嬉しいけど!!!

悪役令嬢なのに下町にいます ~王子が婚約解消してくれません~

ミズメ
恋愛
【2023.5.31書籍発売】 転生先は、乙女ゲームの悪役令嬢でした——。 侯爵令嬢のベラトリクスは、わがまま放題、傍若無人な少女だった。 婚約者である第1王子が他の令嬢と親しげにしていることに激高して暴れた所、割った花瓶で足を滑らせて頭を打ち、意識を失ってしまった。 目を覚ましたベラトリクスの中には前世の記憶が混在していて--。 卒業パーティーでの婚約破棄&王都追放&実家の取り潰しという定番3点セットを回避するため、社交界から逃げた悪役令嬢は、王都の下町で、メンチカツに出会ったのだった。 ○『モブなのに巻き込まれています』のスピンオフ作品ですが、単独でも読んでいただけます。 ○転生悪役令嬢が婚約解消と断罪回避のために奮闘?しながら、下町食堂の美味しいものに夢中になったり、逆に婚約者に興味を持たれたりしてしまうお話。

[完結]異世界転生したら幼女になったが 速攻で村を追い出された件について ~そしていずれ最強になる幼女~

k33
ファンタジー
初めての小説です..! ある日 主人公 マサヤがトラックに引かれ幼女で異世界転生するのだが その先には 転生者は嫌われていると知る そして別の転生者と出会い この世界はゲームの世界と知る そして、そこから 魔法専門学校に入り Aまで目指すが 果たして上がれるのか!? そして 魔王城には立ち寄った者は一人もいないと別の転生者は言うが 果たして マサヤは 魔王城に入り 魔王を倒し無事に日本に帰れるのか!?

道産子令嬢は雪かき中 〜ヒロインに構っている暇がありません〜

荒瀬ヤヒロ
恋愛
「レイシール・ホーカイド!貴様との婚約を破棄する!」 ……うん。これ、見たことある。 ゲームの世界の悪役令嬢に生まれ変わったことに気づいたレイシール。北国でひっそり暮らしながらヒロインにも元婚約者にも関わらないと決意し、防寒に励んだり雪かきに勤しんだり。ゲーム内ではちょい役ですらなかった設定上の婚約者を凍死から救ったり……ヒロインには関わりたくないのに否応なく巻き込まれる雪国令嬢の愛と極寒の日々。

至って普通のネグレクト系脇役お姫様に転生したようなので物語の主人公である姉姫さまから主役の座を奪い取りにいきます

下菊みこと
恋愛
至って普通の女子高生でありながら事故に巻き込まれ(というか自分から首を突っ込み)転生した天宮めぐ。転生した先はよく知った大好きな恋愛小説の世界。でも主人公ではなくほぼ登場しない脇役姫に転生してしまった。姉姫は優しくて朗らかで誰からも愛されて、両親である国王、王妃に愛され貴公子達からもモテモテ。一方自分は妾の子で陰鬱で誰からも愛されておらず王位継承権もあってないに等しいお姫様になる予定。こんな待遇満足できるか!羨ましさこそあれど恨みはない姉姫さまを守りつつ、目指せ隣国の王太子ルート!小説家になろう様でも「主人公気質なわけでもなく恋愛フラグもなければ死亡フラグに満ち溢れているわけでもない至って普通のネグレクト系脇役お姫様に転生したようなので物語の主人公である姉姫さまから主役の座を奪い取りにいきます」というタイトルで掲載しています。

我儘令嬢なんて無理だったので小心者令嬢になったらみんなに甘やかされました。

たぬきち25番
恋愛
「ここはどこですか?私はだれですか?」目を覚ましたら全く知らない場所にいました。 しかも以前の私は、かなり我儘令嬢だったそうです。 そんなマイナスからのスタートですが、文句はいえません。 ずっと冷たかった周りの目が、なんだか最近優しい気がします。 というか、甘やかされてません? これって、どういうことでしょう? ※後日談は激甘です。  激甘が苦手な方は後日談以外をお楽しみ下さい。 ※小説家になろう様にも公開させて頂いております。  ただあちらは、マルチエンディングではございませんので、その関係でこちらとは、内容が大幅に異なります。ご了承下さい。  タイトルも違います。タイトル:異世界、訳アリ令嬢の恋の行方は?!~あの時、もしあなたを選ばなければ~

処理中です...