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ヒロインに出会ってしまった②
しおりを挟む色素の薄いピンクをベースに若干すみれ色の大きな瞳が少し濡れてこちらを見ている。
絹のようなまっすぐな髪は、やはり少しピンクがかって金色だが毛先だけ白いのが特徴だ。
耳の下あたりでツインテールにしているのが控えめで可愛らしい。
(あぁ……やっぱりヒロイン……可愛いわ……)
アドリアーヌは思わずほうとため息をついて見入ってしまった。
前世のアドリアーヌは乙女ゲームが好きだが、夢系ではなくヒロインをヒロインとして自分とは別に捉えていた。
どのルートのストーリーもそれなりに好きだが、ある意味ヒロインであるアイリスは自分の最推しである。
(うわあああ最推しが歩いている!息してる!)
そして改めてこの世界が続編の世界であることを認識してしまい、若干複雑な気持ちになるのだが……。
「あ……あの……私……変ですか?」
思わずじっと見つめてしまっていたせいでアイリスに不審に思われてしまったようだ。
確かに少し挙動不審になってしまっていたかもしれない。
一度落ち着きを取り戻し、アドリアーヌはにこやかにアイリスに言った。
「そんなことないですわ。凄く……可愛らしいので思わず見つめてしまってごめんなさいね」
「えっ……そ、そんな……」
「それよりもひどい目に遭っちゃいましたね。本当、なんなのあいつら!」
「助かりました……怖くて……何も言えなくて……」
「あんな状態なら怖くて何も言えなくなるのは仕方ないですよ。あぁ……床が水浸しですね。片付けちゃいましょう!」
男がバケツをひっくり返したせいで、廊下には水たまりができている。
アドリアーヌは落ちていた雑巾でその水を拭き始めた。
「床が大理石で良かったですね。この天気ですし、さっと拭けば乾くのも早そう」
メイドの時にしていたようにアドリアーヌは雑巾で水を吹き上げ、水を吸って重くなった雑巾をバケツの上でぎゅっと絞った。
その様子を呆然と見ていたアイリスが我に返ったようにアドリアーヌの動きを止めに入った。
「こんなことまでなさらなくても!助けてくださった方にこんなことまでさせてしまって!」
「あぁ気にしないでくださいね。さ、さっさとやってしまいましょう」
「はい……ありがとうございます」
そうして二人で作業をすればアッという間に水たまりは無くなる。
「アイリス様は行儀見習いでいらっしゃっているんですよね。こんな雑巾がけみたいなことまでするんですか?」
「私の名前……どうして」
(はっ!私とアイリスは初対面だった!誤魔化さなくちゃ……)
「えっと……ここで働く貴族の方は割と名前を覚えるようにしているんですよ」
「あぁ、それで先ほどの方々の出自をご存じだったのですね」
「え……まぁ」
アイリスは納得したのち雑巾を見つめて少し俯きがちに先ほどのアドリアーヌの言葉に答える。
「私も皆さんのお役に立ちたくて……ルイーズ様の仕事を少しお手伝いしていて……」
ルイーズという名に少し思い立った。
そして脳内で情報を整理し、思い当たったのはセギュール子爵の娘だった。
以前出席した舞踏会で思いっきりバトルしたので覚えている。
「本当にお手伝いしているんですか?やらされているのではなくて?」
「!!」
思わずアイリスが息をのむ。
それでアドリアーヌの推理が正しいと分かった。
ルイーズも行儀見習いとして王宮に上がっているのだ。
確かアイリスは男爵という身分であるから、格好のいじめの対象になっているのだろう。
そんな描写がゲームにもあった気がする。
(でもそれって別の人間の指示でルイーズが命じていたような……)
「あ……私そろそろ行かなくては。ありがとうございました……お名前をお聞きしてもいいですか?」
「あぁ、私ですか?私は……」
名乗ろうとした時だった。
背後からアドリアーヌを呼ぶ声がして振り返るとそこにはクローディスが不機嫌な顔でこちらに向かって歩いてきているところだった。
「アドリアーヌ!遅いぞ」
「あぁ、殿下。ちょっとトラブルがあって」
「トラブル⁉何かあったのか⁉どこか怪我でもしたのか?」
「あ、私は平気ですよ。まぁ色々あって……それよりわざわざどうされたんですか?」
「そうか。お前の身に何もなければいいんだ……はっ!……別にお前を心配したわけじゃない!」
「はぁ……そうですか……」
相変わらずクローディスはよくわからない。
どうしてこう顔を赤くしてはそっけない態度を取るのだろうか?
こちらとしては攻略対象に嫌われるのは願ったりな展開ではあるのだが。
「こっちもトラブルがあった。昼食は執務室で取る」
「そうですか、わざわざ殿下が来なくても」
「お前の帰りが遅いから何かあったんじゃと思ってな。さ、さっさと帰るぞ」
「あ、ちょっと引っ張らないでください!」
よほど急ぎの仕事でも入ったのだろう。
クローディスはアドリアーヌの腕をつかんで引っ張る様に執務室に向かっていった。
後ろではアイリスが事態をのみ込めないように驚いた表情を浮かべている。
連行される形だが何とか振り返りつつアイリスに手を振って、アドリアーヌはその場を去ることになったのだ。
「アイリス様、じゃあお仕事頑張ってくださいね!」
「は、はい!ありがとうございました」
ペコリと礼をするアイリスを見てまた可愛いと思いつつも、手を引っ張ってくるクローディスを見上げる。
(そういえば……アイリスとクローディスはここで初顔合わせってことよね……何かイベントが起こってもいい気がするんだけど……)
ようやく歩調を緩めゆっくりと並んで歩くクローディスにアドリアーヌは聞いてみた。
「あのー殿下?さっき凄い美少女がいたと思うんですけど……何か言葉を掛けなくてもよかったんですか?」
「は?美少女?そんなのいたか?」
「え!ほらピンクがかった金髪の美少女がいたでしょ?」
「気にならなかったが?」
おかしい。なんでフラグが立たなかったのだろうか?
そうしてゲームの展開を考えたとき、アドリアーヌは小さく叫んだ。
「あっ!」
「どうした?」
「な、なんでもないです……」
アイリスが男に絡まれていた時、ゲームではあれを助けるのはクローディスだったのだ。
そして悪役令嬢に命じられて虐めのように仕事を押し付けられているのに気づき、ヒロインを心配するのだ。
――――ゲーム内――――――
『お前……無理にこのような掃除をやらされているのではないのか?』
『!!い……いえ……』
『そうか。このような雑巾がけなど普通の行儀見習いはしないことが多いからな。無理はするな』
『はい……ありがとうございました。あ……私そろそろ行かなくては。ありがとうございました……お名前をお聞きしてもいいですか?』
『いや、気にするな。じゃあ俺は行く』
――――ゲーム内終了――――――
(もしかして……私、クローディスのフラグ折った!?)
嘘だろうとアドリアーヌは動揺した。
このフラグを折ってしまったらこの先どうなるのか……一気に断罪ルートにはならないとは思うがそれでも何がどうなるか分からない。
そしてフルで頭を回転させてもう一度悪役令嬢アドリアーヌが迎える断罪ルートを整理した
ルート1:一生幽閉の身となる
ルート2:四肢を切られ、そのまま牢獄で死ぬ
ルート3:そもそも悪役令嬢は名前ばかりで本ルートには登場しない
ルート3についてはもう無理だ。
攻略対象とこれだけ関わってしまっては、もうモブキャラにはなれない。
後はルート1とルート2。
アドリアーヌは実は攻略の途中で前世を過労死で終えてしまっているので詳細な展開は知らないのだ。
ツイッターで呟いているフォロワーのツイートでなんとなく知っている程度だ。
だが1の世界でグランディアス王国での展開を考えれば、攻略対象とヒロインの恋路を邪魔しないかつ虐めなければいいのではないか……と思った。
前回は遠回しではあるがヒロインを虐める形になっていたので断罪が起こったのだ。今回は同じ轍を踏まなければいい。
「あのですね……クローディス殿下……もし、すっごい美少女が現れても恋に落ちても、私は何とも思わないですからね!自由恋愛を楽しんでくださいね」
敵意がないことを告げたクローディスは盛大に咽た。
「はぁ???なんだそれは!じ、自由恋愛なんて……それは……お前が俺に惚れているという……」
「なわけないですよ!惚れるとかありえませんから!大丈夫、自由恋愛最高!」
「惚れるわけ……ないのか……」
急にクローディスのテンションが下がったような気もしなくないが、とりあえずクローディスの自由恋愛を推しておいた。
後はどう転ぶのか……。
(それに、他のルートに行くかもしれないし!もう少し様子を見ようっと)
そう言い聞かせてアドリアーヌは執務室へと再び足を踏み入れるのだった。
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