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規格外の女 sideリオネル③

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アドリアーヌは動揺を抑えつつ、少し青い顔をしながら必死に訴えてきた。

「あ……あの……まだ準備ができていなくて。と言いますか、何をすれば認めてもらえるのか決めていなかったですから……」
「お前の働きを見れば分かる」

あの働きを見れば、アドリアーヌがただの貴族の女ではないことも、穀潰しではないことも理解できた。

しかも、ファゴではなく自身で焼いたというアップルパイを出してきた。少し焦げてはいるが美味しそうだった。

お茶の用意をしているようだったが、自分で淹れるつもりだろうか?

「君が紅茶を淹れるのか。見せてもらおう」

純粋に彼女が淹れるお茶を飲みたくてそういったのだが、やはりアドリアーヌは「品定めされる」と思ったようで少々顔色が悪かったが、慣れた手つきで優雅にお茶を淹れる。

リオネルは自身でも知らずにその仕草に見惚れてしまっていた。

その時、ぐらりとアドリアーヌの方が揺れたかと思うと気を失って倒れた。

(まずい!)

リオネルは持ち前の瞬発力を生かして、アドリアーヌを抱きとめる。見れば呼吸が浅く、苦しそうに息をしている。
体は火照ったように熱い。

「アドリアーヌ様!」
「アレクセイ、医者を呼ぶんだ」
「はい!」
「それと水を持ってきてくれ。日射病かもしれない」

リオネルは素早くアレクセイに指示した。

炎天下で剣術訓練をしていると、こういった状態で倒れるものもいた。

今はまだ夏ほど日差しは強くないが、先ほどの様子だと帽子も被らずに草むしりをしていたことを鑑みると、十中八九そうだろうとリオネルは思った。

果たしてリオネルの読み通りアドリアーヌは日射病で、医者の話でも冷やせば深刻な状態にはならないということだった。

アドリアーヌが倒れたという情報は使用人たちにアッという間に広がり、我先にというばかりに使用人たちがアドリアーヌの様子を見に来た。

そして彼女がいかに重要な人物で、追い出さないでくれとリオネルに懇願してくるのだった。

(私が悪者みたいだな……いや、確かに悪者だったのかもしれない)

アドリアーヌを偏見の目で見て、頭のいかれた女だとも思ったが、どうやら彼女は普通のご令嬢とは違うらしい。

自分の浅慮を痛感していると、アドリアーヌが目を覚ました。

そしてやはりリオネルを驚かせたのは目を覚ました時のアドリアーヌの一声だった。

「お医者様……あああああ、倒れたんですね!お医者様……すみません、出費分は払います!」

(そこで医者の出費を心配するのか!?)

本当に何もかにもが規格外の女だと思うとともに、思わず小さく笑いが出てしまった。

リオネルはすでにアドリアーヌを認めていたのだが、アドリアーヌは申し訳ないと必死に誤ってきた。

何やら逆に申し訳なくなり、自分としては最大級の声でもう敵意はないと伝えるつもりで声をかけた。

「体に気を配れ」

アドリアーヌがこの家に居ても問題ないと安堵するリオネルは、分不相応にも伯爵家を慮ってしまったと反省し、早々に伯爵家を後にした。

その道すがら、何故かアドリアーヌの顔が脳裏にちらちらと浮かんでは消える。

賭けをすると言って少し怒った顔、畑仕事をしていた時の満面の笑顔、死刑宣告を待つように泣きそうになっていた顔、涙をこらえる顔、そしてほっと安堵した時の柔らかい笑顔。

(なぜ……あの女の顔が)

不可解な現象に戸惑いつつも、王宮の自室へと戻ったのだった。

自分の身に異変が起こっている自覚はないまま翌日もクローディスの執務室に控えている。

何度となくアドリアーヌの顔が浮かんでしまうのは、彼女を何の能力もない穀潰しの高慢な女だと思っていた罪悪感からだろうか。

それに、やはりあの後のアドリアーヌの体調も気になる。

(もう一度ムルム伯爵の元に様子を見に行くか……でも、そんな必要があるだろうか?)

そんなことを考えているとサイナスに声を掛けられ、リオネルははっと我に返った。

「珍しいですね、サイナスがぼうっとしているなんて」
「何か悩み事か?」

やはり優秀な宰相候補であるサイナスと付き合いの長いクローディスには隠し事はできないらしい。

だが、何と説明していいか言いあぐねていると、サイナスが訝し気な様子でリオネルを見つめたのち、にこやかに言った。

「女性のことですか?」
「そ……そのような……」
「この状況で女性のこととなると……あのグランディアス王国の女性のことかな?」
「!!」

思わず図星であるのが表情に出ていたのかもしれない。

「そう言えば報告を受けてなかったけど……どうだったのかい?」
「……アドリアーヌは賭けに勝ちました」
「と言うと?」
「使用人として十分な働きをしていました。私の先入観で話をしてしまい、サイナス様にもいらぬ心配をおかけしました」

深々と頭を下げるリオネルの様子を、興味深そうにクローディスは見ながら言った。

「お前がそこまで謝るなんて。律儀な奴だが、そのような変な女に対してそこまで謝る必要はないと思うぞ」
「いえ……彼女を侮辱した発言をしたことは訂正しなくてはと思った次第です」
「リオネルが、そんな風に言うなんてよっぽど心を動かされることでもあったかな?できたら理由が知りたいな」

クローディスの言葉に追随するようにサイナスが言うので、リオネルは持ってきてしまったアドリアーヌのムルム家における現状分析と改善資料を提示した。

「これは?」
「アドリアーヌが作ったと言われたものです」
「これはまた……ずいぶん興味深いね」

リオネルから渡された資料をペラペラとめくりながら、サイナスはふむふむと言いながら見ている。

「ずいぶんしっかりした資料だ。文字や会計の知識がない人間に向けてなのか、若干計算が大雑把だけど、論理展開や着眼点はいいね」
「そうなのか?」

サイナスの言葉にクローディスも興味深そうにそれを見るが、サイナスほどは関心はないらしい。

「でも所詮は女が作ったものだろう?これを一人で作れるとは思わないし、リオネルもそれは信じてないだろう?」
「それは……私の口からは何とも。ただ使用人達には信頼され、ムルム伯爵にも認められているのは確かです」
「歯切れが悪いな。リオネルももう少し気合入れろよ。仕事が暇ならいっぱいあるからな」
「は……申し訳ありません」

リオネルは自分の中のアドリアーヌへの不可解な思いを押しやるようにして、自分の仕事に打ち込むことにした。

だが、サイナスはというとまだ何か考えながら書類を見ていた。

「これは……なかなか興味深いな……駒の一つになるかもしれない」

そしてサイナスが小さく呟いたのを耳にしたが、残念ながら何を言ったのかまでは聞くことはできなかった。

だが、自分の立場上でもそれを聞くこともできず、リオネルは頭を切り替えてクローディスの指示に従って仕事をすることにしたのだった。


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