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何か企んでませんか?①
しおりを挟むリオネルとの賭けから数週間が経ったある日、アドリアーヌはというと花売りをしている真っ只中だった。
ロベルトとの縁を切るために「今の売り上げの三倍にする!」という提案をして、計画書も立案した。
それを渡してさっさと距離を置きたかったのだが、アドリアーヌにとって誤算が発生した。
『これを実践したいけど、具体的にどうすればいいか僕には理解できないから、一緒に教えてくれないかな?』
とロベルトに言われてしまったのだった。
断ろうと逡巡している間にもロベルトは先手を打ってきた。
『だって売り上げを三倍にしてくれるんでしょ?』
こう言われてしまうと断り切れず、アドリアーヌはロベルトに具体的指示を出すために花売りの仕事を手伝うことになってしまった。
しかも、無償ではなく日当も払ってくれるとのこと。
財政難であるムルム伯爵邸の家計を助けるためにも……ということで、アドリアーヌはそれを受け入れざるを得なくなり、こうして花売りをしている。
「お兄さん、もしお花を贈る目的を教えてくださればそれにあった彼女にぴったりの世界で一つだけの花束をお作りしますよ?」
「へぇ……それは面白そうだね」
そう交渉して、アドリアーヌは男性客からヒヤリングをしてアレンジを始めた。
今回の売り上げ三倍計画でアドリアーヌが考えたのは客層だった。
ロベルトの花売りは彼目当ての女性が多い。中には花を買うというのとは違う目的で露骨に誘ってくるものも多く、ロベルトは絶妙にかわしながらも彼女たちの相手をしていた。
そのため客層が若い女性に限られている。
そこでアドリアーヌはその客層を広げることを考えた。花の目的は様々だ。
記念日に花を買いたい男性客や、病気へのお見舞いなどなどなど探せば客層も多いので幅広い需要を見込んだ。
それに伴ってラッピングやフラワーアレンジなども取り入れることにした。
この世界では粗末な紙にくるんだ二種類程度に限定した花束を贈ることが多いし、貴族の間でもラッピングという概念が薄い。
そこに目を付けたのだった。
客は『限定品であること』に価値を見出す。だから先ほどのように『世界で唯一の花束』なんて枕詞を付けただけでも飛ぶように売れるのだった。
「ロベルト、水切りしておいてね。私は水をもらってくるから」
もう一点、ロベルトの店は花の廃棄も多かった。その日に市場で仕入れたものはその日売れなければ廃棄していたのだ。
そこで長持ちさせる管理方法などの徹底や、処分する花もドライフラワーでの販売する……などなど
コンサルとしてはそれなりに結果は上々だった。
ただアドリアーヌを悩ませているものが一つあった。
「本当に……面倒なことになったわ……」
「お姫様に来てもらえて売り上げも上々だよ」
「それはよかった。といことで、私もそろそろお役御免でいいわよね?」
「それは嫌だなぁ。お姫様と離れたくないって言ったら本当だと思ってくれる?」
「そういう冗談は他の女性客に言って。そういう冗談をあなたが言うから私が刺されそうになるのよ」
アドリアーヌ悩み……それはロベルトの軽口に端を発している女たちの嫉妬だった。
ロベルトは最近『僕は彼女に本気だから、お誘いは今度にね。ごめんね』などとアドリアーヌをダシに使って女性の誘いを断っているのだ。
おかげでアドリアーヌは嫉妬の視線を一気に受けることになり、正直それが辛い。
「うーん、本気なんだけどなぁ。どうしたら信じてもらえる?」
「そういう軽口を言うところが本気じゃない証拠じゃない。いいから仕事して。ほら、あなたの常連さんが来ているわよ」
「仕方ないなぁ」
そんなことを言いながらもロベルトはいつもの女好きするような甘い笑顔で常連の若い女へと向かっていった。
「はぁ……もう帰りたい……」
「あ、お嬢さん。この間はありがとうな。看板を変えただけで売り上げが上がったよ」
声をかけてきたのはこの間売り上げ向上の相談に乗った店主だった。
ロベルトが売り上げを伸ばしていることを知った店主たちが何人か相談に来た。
それを口コミで聞いた店主たちがアドリアーヌにコンサルを頼むようになっていたのだ。
おかげで小遣い程度ではあるが、収入も得ることができている。
(その点だけはロベルトに感謝だなぁ。実績を積めばもう少し大口の案件も入るかもしれないし……)
今後の画策をしていると突然遠くから男性二人組が話している声がアドリアーヌの耳に入ってきた。
「そんなに気に病むなら花の一つでも持って行って謝ればいいんじゃないかな?」
「そうでしょうか?逆に伯爵邸に行って顔を合わせればまた怖がらせるかと……」
「確かにあなたは目つきは悪いですけどね。花を持っていけば少し緩和剤になるとは思うけど……あ、ここがさっき聞いた話題の花屋だ。ちょうどいい。買っていけばいいよ」
「しかし!」
アドリアーヌはそんな会話を耳にしながらも、花の水揚げの作業をしていた。会話から察するにどうやら誰かに謝りに花を持っていきたい様子だ。
(謝罪に花束……悪くない選択だけどやっぱり恥ずかしいのかなぁ)
中には〝男子たるもの花など軟弱な!〟……みたいな考えの人間は一定数いるので仕方ない。
だが、前世では開業、開店、移転祝い、果ては社長など目上の人の記念日などにも贈るものでビジネスとしても有効だ。
胡蝶蘭を贈るのが一般的だが、開店時には店舗前にスタンドを立てたりするのでそういうのも狙い目かもしれない。
などと今後の対策などを考えていると、会話の主たちが声をかけてきた。
「ほら……僕が買ってあげるから君は持っていくだけでいいよ。……すみません。花束を欲しいのですが」
「はい、どういった用向きでしょう?」
振り向いてその客を認めたアドリアーヌは固まった。
注文をしてきた男性の隣には見知った顔……リオネルが硬い表情のまま立っていたのだった。
「リ……リオネル様?」
「アドリアーヌ……どうして君が……?」
リオネルも突然の再会に戸惑った様子だった。
そんな二人の顔を不思議そうに見比べていたもう一人の男性が、あぁと納得したように言った。
「そうなんですね。あなたがアドリアーヌ嬢でしたか」
「は、はい……。あの……あなたは?」
「あぁ、僕ですね。僕はサイナス・ガディネと申します。そうですね……リオネルの同僚……ですかね」
「同僚など恐れ多いです」
にこやかな笑みを浮かべるサイナスとは対照的にほぼ無表情に近い顔でリオネルが訂正した。
その時だった。アドリアーヌの中で不意にあの感覚がよみがえってきた。
(ガディネ……確かこの国の宰相の家柄だったはずよね。なんでこんなところに。というか……私は彼を知っている?)
宰相の家柄とこの間思い出した内容がアドリアーヌの中で紐づいた。
「ガディネ家って、あの宰相様のお家ですか!?」
「そうですね。父が宰相をしています」
(何てこと……彼は続編の攻略対象……サイナスだわ)
アドリアーヌは呆然として三秒ほど見つめ、そしてはっと我に返った。
そしてなんとか自分に言い聞かせる。
(サイナスは宰相の息子……でも花を買うだけだから関わりなんてすぐ無くなるわ。大丈夫まだ大丈夫よ!落ち着いて私!)
アドリアーヌは動揺する気持ちを抑えながらなんとか会話を進めた。
「それで……花をご注文ですよね。花束ならオリジナルアレンジを作ってご用向きにあった花束を作りますよ?」
「なるほど。これが売り上げを上げている秘訣ですか。確かにオリジナルアレンジの花束は珍しい。なかなかいいアイディアですね」
「ありがとうございます」
その時遠くからロベルトがやってきて話に加わった。
「あれ?サイナス様じゃない?どうしたのさ」
「あぁ、ロベルト。久しぶりだね。評判の花屋を見に来たら君の店だったんだね」
「そうなんだ。どう?フラワーアレンジとかいいアイディアだろ?ラッピングもこだわっているんだ」
「確かにいいアイディアだと思うよ。それで……まさかあなたが発案したんじゃないよね?」
「ご明察通り。彼女が僕のコンサルタントだよ」
どうやらロベルトはサイナスと知り合いらしい。
どういう関係かは置いておいて、アドリアーヌとしては自分に話題が移ったことに戸惑った。
何よりも一瞬サイナスの表情によからぬたくらみの表情が浮かんだのが気になった。
それは一瞬のことで、すぐに元の表情に戻り柔和な笑みを浮かべたサイナスはアドリアーヌに問いかけてきた。
「へぇ……あなたがこの界隈で凄腕と噂されるコンサルタントでしたか」
「そんな……コンサルタントだなんておこがましいです。少し助言をさせていただいただけで」
「いやいや、そう過小評価しなくても」
「過小評価ではないです。ただの小娘の戯言に皆さんが耳を貸してくれて、たまたま上手くいっただけです……それより、花束でしたね。どうしますか?贈る相手のイメージの花束を作ることも可能ですよ」
「だって、リオネル。注文するといい」
サイナスの促しによってリオネルがじっとアドリアーヌを見つめた。
どうやら花束を欲しいのはサイナスではなくリオネルのようだった。
だが、なぜ自分を熱心に見つめてくるのか?
そう疑問に思っていると、サイナスは今度は花に視線をやってぽつりと呟くようにして言った。
「芯が強くて、凛としている、努力家の女性だ。頭も切れる。あぁ……少し負けず嫌いかもしれない」
「では……少しシンプルで可愛いよりもスタイリッシュな花がいいかもしれませんね」
「可愛さも追加してほしい」
「分かりました。じゃあ……こんな感じはどうでしょうか?」
アドリアーヌはその言葉からイメージして花束を作った。
白といくつかのピンク。そして花が咲くと芯の部分がグラデーションになるようなチューリップなどにカスミソウとデイジー、アリストロメリアなども入れた。
「どうでしょうか?」
武骨な雰囲気で強面のリオネルが花束を渡す様子は少し違和感があるし、その相手の女性は一体どんな人なのだろうかという興味を持ちつつアレンジメントを渡す。
無表情で何を考えているか分からないので、ドキドキしながらもそれを見せるとリオネルは小さく頷いてそれを受け取った。
それを見て取ると、今度はサイナスがパチリと両手を鳴らした。
「じゃあ、そういうことで、伯爵邸に向かうとしよう。あぁ、ロベルト、彼女は今日は上がってもらうけどいいかな」
「ん?分かりました。これは貸しですよ。僕から僕のお姫様との時間を取り上げるんだからね」
「はは。『僕の』とは……またずいぶん大きく出ましたね。あなたが本気になるのを見るのも楽しそうですが、それはいずれまた。……では帰りましょう?」
「はぁ……」
状況が理解できないままリオネルたちが乗ってきた馬車に相乗りする形でアドリアーヌは帰宅することになった。
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