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第三部 父と子
第15話 庭園②
しおりを挟む王族のことだからだろうか?
上の者について下の者が口にすることは良しとされていない。
庭師はイルマに背を向けて、再び作業に取り掛かろうとする。ここで簡単に引き下がるわけにはいかない。
「じゃあ、一つだけ!」
イルマは慌てて、庭師の背に向かって叫んだ。
「あの庭園は、本当にあるんですね?」
庭師の背中がびくりと揺れた。
「だが、誰も入ることは出来ん。もう長い間、閉ざされたままだ」
それきり庭師は黙って、作業を始めた。
──閉ざされた庭。一体、どこにあるんだろう。
庭師にこれ以上尋ねるのは無理だった。
イルマは気持ちを切り替えるために、少し庭を歩くことにした。庭を散策している者は、見渡す限り自分一人。
さらに奥へと進むうちに、茂みからひらりと美しいドレスの端が見えた。柔らかい口調の小さな話し声が聞こえる。声音から若い男女のようだ。
ああ、無粋な真似をしてはならないと、そっと踵を返そうとした時だった。
「⋯⋯第二王子は目の上の瘤。これ以上表に立つ前に、との仰せです」
「承知した。必ずや、御心に沿うように」
潜めた二人の声はまるで、愛を囁くような甘さだった。
心臓が早鐘を打つ。
──今、何を聞いた?
イルマがもう少し、と思って近づいた時だった。
「誰だ!?」
茂みの向こうにいた男が鋭く叫ぶ。
イルマの後ろから伸びてきた大きな手が口を塞ぐのと同時だった。背後から抱きかかえられ、茂みと大樹の間に押し倒される。
立ち上がった男が周囲を確認するように歩き回る。
「気のせいではなくて?」
女の声に男は納得できなかったようだが、話はそこで終わった。
小道を行く二人の足音が聞こえなくなるまで、イルマは少しも動けずにじっとしていた。
ようやく口許から手が離され、ほっと息を吐く。
「助かった。ありがとう、サフィード⋯⋯」
振り返った先には、心配気に自分を見つめる黒い瞳があった。
そっと体を起こされ、服に付いた草や土を掃われる。
「大丈夫ですか? どこも痛みませんか?」
サフィードが自分を傷つけるはずはないのに。イルマは思わず微笑んだ。咄嗟に地に伏した時も腕の中で庇ってくれる騎士。口を覆う仕草すら他の者とは違う。
人は簡単に人をモノとして扱えるのだ。昔、山賊に襲われた時に強く感じたことだった。
「何ともないよ。サフィーがいてくれなかったら、見つかっていた」
「宮殿を出られて、どちらに向かわれるのかと思いました。特にお声を掛けられなかったので、お一人がよろしいのかと後を追ってきましたが」
サフィードは、男女が向かった小道に目を向けた。眉が上がり、固い表情になる。
「あれは、スターディアの上位貴族かと思われます。この庭には誰でも入り込めるわけではない」
イルマは頷いた。
王族たちの宮殿近くの庭まで来られる貴族。男女でいるのは、いざという時に逃れる理由がつけやすいからだ。
「シェンが、目の上の瘤だと言った。彼らは、何をするつもりなんだろう」
「スターディアの内情はわかりかねますが⋯⋯」
「シェンは武の長であり、王位の継承順位も高い。シェンが王宮に戻るのを良しとしない者たちがいるんだ」
イルマは、サフィードがその時、何を思ったかに気づかなかった。シェンバーを快く思わない者たちがいるということは、そのまま彼らがイルマに同じ感情を抱く恐れがある。
守護騎士は、知らず己の剣に手を掛けた。
自分の役割はただ一つ。この方の盾になり、お護りすることだけだ。
──こんな時、誰に相談したらいいんだろう。本人に直接言ってもいいものだろうか?
考え込むイルマの脳裏に一人の人物が浮かんだ。
彼ならば、スターディアのことも教えてくれるのではないだろうか?
「サフィー、今から一緒に行ってほしい場所があるんだ!」
「どちらに?」
「神殿!!」
王子と守護騎士は立ち上がった。
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