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第三部 父と子

第14話 庭園①

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「両陛下とのご対面の儀は、滞りなくすんだのですね。何よりです!」
 イルマから報告を聞いたセツは、自分のことのように喜んだ。
「うん、正直お怒りを頂戴しても仕方ないと思っていたから安心したよ」
「これで、第一関門は突破ですよ、イルマ様!」
 二人は手を取り合って、にっこり微笑んだ。

 この先関門がいくつあるのかわからないが、一番の心配は乗り越えたのだ。
 それよりも気になるのは、シェンバーのことだった。


 ベッドに転がったまま、イルマは一人呟いた。
「あれって⋯⋯、親子の微妙な距離って言うか、なんというか」

 シェンバーの両親に対する態度は、とても淡々としていた。
 両陛下は、久々に顔を見せた我が子に穏やかに声をかける。それにごくわずかな言葉で応えるだけで、特に嬉しそうな様子もない。
 美しい人形のように表情を変えず、親愛の情を感じさせるものは何もなかった。

 フィスタの自分の環境とこちらでは違いすぎる。親子の関係を他人がどうこう言うのもおかしい。
 ただ、目を伏せて受け答えをする我が子を、国王陛下は終始、寂しげな瞳でご覧になっていた。
 国王は、国の父であり、民の父だ。その姿を見る前に、一人の子のを見てしまった。だからこそ、余計に気になるのだ。

「そうだ、大事なことがあったじゃないか」
 イルマはむくりと起き上がった。

『披露目の後は忙しくなると思うから、ゆっくりしてて』
 そう言ったシェンバーは連日、騎士団に呼ばれて出かけている。セツもスターディアの王宮の作法について、せっせとレイに教わっていた。

 下手に顔を晒さない方がいいのかと部屋に籠もっていたけれど、今なら誰にも自分だとわからない。

 ──あの庭園を探しに行こう。
 花々に囲まれて、優しい音楽を奏でていた。彼にどこかで会えるかもしれない。

 イルマは、素早く軽装に着替えて部屋を出た。

 身に着けたのは、木綿のシャツに丈の短いズボンだ。外観の平凡さや小柄さも相まって、宮仕えに上がった青年で通るだろう。
 フィスタでごく普通に着ていた服も、豊かなスターディアでは、せいぜい侍従が着るものだ。王族は絹しか身に着けないのが普通だから、この格好なら簡単には王子だとはわからないはずだった。

「いざという時の為にと持ってきた服も案外役に立つ」
 ──瞳の色だけは、ごまかしようがない。できるだけ顔を見られないように、うつむいていよう。
 イルマはそう思いながら、廊下をどんどん歩いた。

 昼間の西の宮殿は静まり返っている。セツには、夕刻までには戻ると卓上に言付けを残した。
 何だかわくわくする。子どもの頃、見知らぬ場所に行く時はいつだって、心が躍ったものだった。

 廊下のところどころに飾られた調度品や、階段の手摺り一つにさえ繊細な彫刻が施されていることに感心しながら、イルマは外に出た。

 西の宮殿の前の庭は、季節の花々が今を盛りと咲いていた。以前、わずかに散策した庭も見事だったが、西の庭も勝るとも劣らない。少し歩いてみると、花の色で区画が統一されているのがわかる。小道はわかりやすく、四方に伸びていた。

「ここは、夢の中の場所とは違う」
 闇雲に歩いたところで求める場所に着けると思うのは無謀だ。
 ──元々、夢なんだし。
 それでも何だか、本当にあるような気がするのだ。

 奥へ奥へと進んでいったところに、腰を曲げて花々の世話をしている庭師がいた。イルマは早速、話しかけた。
 昔から王宮仕えだと言う庭師は、一休みだと手を止めて、イルマの話を聞いてくれる。

「『四阿あずまやがあって、花がいつも咲いている場所』を探している」
 イルマの言葉に、人のよさそうな顔をほころばせて庭師が笑う。
 王宮中に、そんな場所はありふれていると。

「では、四阿でいつも、楽器を奏でながら誰かを待っている方を知りませんか? 金の髪に瑠璃色の瞳で、王族のどなたかだと思うんですけど」
 なんともあやふやな話だった。だが、それを聞いた途端に老いた庭師の顔色が変わった。

「一体どこで、それを⋯⋯」
「ご存知なんですか!?」
 庭師は固い顔をして、口を強く引き結んだ。
 
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