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第三部 父と子
第7話 夜会①
しおりを挟む「⋯⋯虫よけがいる」
朝一番に、シェンバーは呟いた。
主の部屋の窓を開けていたレイは首を傾げる。
南の離宮は花や緑が多い為に多くの虫を見るが、主に庭だ。部屋の中は夕方から除虫香が焚かれ、目の細かく織られた蚊帳もかかっている。
主の睡眠を邪魔するようなことがあっただろうか。
「レイ、たしか王都に店を持つ商人が出入りしていたな」
「サウルのことでしょうか。父親が王都に店を構え、王宮に品を卸しております。サウル自身も大層気が利く男です」
「では、ここに呼んでくれ。早急に申しつけたいことがある」
「承知致しました」
主が直接、商人を呼ぶとは珍しい。そう思いながらレイは急いで部屋を後にした。
「王宮へ?」
朝食の席で、思わずイルマは声を上げた。
シェンバーは眉を顰めて頷く。
「正式な招待なんだ。一緒に行ってほしい」
「もちろん構わないよ。でも、どうして?」
「国王主催の夜会がある。それにイルマと二人で出席するよう親書が来た」
「夜会⋯⋯」
「目が治ったのならば、一度しっかり顔を見せろと言いたいんだろう」
南の離宮に来てからというもの、イルマたちは宮殿の敷地の中から出ることなしに暮らしていた。シェンバーの静養が目的であり何の違和感もなかったが、今や状況が変わったのだ。
「でも、それならシェンだけでもいいはずだけど。⋯⋯シェン、もしかして」
イルマは、はっとしてシェンバーを見た。
眉根を寄せたシェンバーの口からは、ため息が漏れる。
「⋯⋯父はこの夜会で、私たちを改めて諸侯に紹介したいと言っている。イルマの披露目も必要だと」
イルマは思わず、傍らに控えているセツを見た。セツの瞳は大きく見開かれている。
思い返せば、イルマはスターディアに輿入れに来た時も、シェンバーを追いかけて来た時も、ろくに人に会っていない。
シェンバーの瑠璃色の瞳が、真っ直ぐにイルマを捉えた。
「これは、第二王子の伴侶を知らしめるための夜会なんだ」
「は、伴侶⋯⋯」
イルマは、急速に頬が熱を持つのを感じた。
そうだ! そう言えば、そうだった。自分はもう、彼の伴侶だったのだ。
イルマの頭の中に、クァラン砂漠から戻ってきてすぐに、シェンバーが見せてくれた書状が浮かんだ。
シェンバーが依頼し、ミケリアスが神殿の長として作成してくれたものだ。そこには確かに、自分たち二人の名が書かれていた。
「イルマ?」
「あ、ごめん、ビックリしただけなんだ。⋯⋯だって」
「だって?」
「南の離宮に来てからずっと、ここで二人で暮らしてきたようなものじゃない? だから⋯⋯。この暮らしが、ずっとそのまま続くような気がしていて」
シェンバーは、黙ってイルマを見つめている。
「なんというか、お披露目も、言われてみれば当然なんだけど、あまり考えてなかった。⋯⋯もう、ずっとシェンと一緒にいるのを当たり前みたいに思っていたから」
口にすると、何だか妙に恥ずかしいな。
そう思ってイルマが顔を上げると、シェンバーは真剣な顔をしていた。
「⋯⋯やはり、父の言う通り、早い方が正しいような気がしてきた」
「ん?」
「今までは、視力を失っていたせいもあって、あまり急ぐ気もなかったんだ。私もイルマと一緒にいられたら、それだけでよかったから」
シェンバーの言葉を聞いたイルマの頬が、たちまち赤く染まる。
その様子を見て、シェンバーは決心した。
さっさと披露目を行って、あちこちにしっかり見せつけておこう、と。
この可愛い人は自分のもので、自分は彼のものだ。
それを諸侯たちにはっきりと納得させなければならない。邪魔や横やりが入らぬように、力を尽くさなければ。
「そうだ、王宮に行けば、ガゥイで買ったものを陛下にお渡しできる。ちょうどよかったね」
イルマがにっこり笑う。
シェンバーの心は、ふわりと温かくなった。
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