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第三部 父と子

第8話 夜会②

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 翌日。

 朝早くから、褐色の肌に金色の巻き毛の商人が南の離宮を訪れた。
 レイから一刻も早くと来訪を乞われたサウルは、続けてセツからも連絡を受けた。

「王宮での披露目あり。相談を」
 伝言を聞いて、サウルは興奮で体が震えた。
 この機会をものにできれば、先々商売がどれだけ広がるかわからない。
 怖いもの知らずと言われた父の血が、自分の中にも着実に受け継がれているのを感じる。

 シェンバーとイルマを前にしたサウルは、床に額づいて祝いの口上を述べた。
「まことにおめでとうございます。此度の慶事に我が商会をお使いいただけるとは無上の喜びにございます」


「ありがとう。夜会まであまり時間がないけど、色々揃えてほしいんだ」
 イルマの言葉に、商人は満面の笑みで応える。
「セツ様から伺っております。何なりとお申し付けください。王都には父の店がございますし、国中に伝手つてもございます」

 シェンバーが声を潜めてサウルに告げた。
「⋯⋯個人的に頼みたいものもある。それは後で話をしたい」
 察しよく商人が頷く。
「支度にはいくらかかっても構わない。十分な働きをしたならば、其方の望むままの報酬を与えよう」
 サウルの瞳が、ぎらりと光った。
「承知しました! 必ずやご満足いただける品々をご用意致します!!」


 半日あまりかかって打ち合わせを終えた後、イルマは大きく伸びをした。シェンバーとサウルは別室で更に話を続けている。

「なんだか、大変なことになってきちゃったなぁ」
 イルマが呟けば、傍らのセツが拳を握りしめた。
「これからですよ、イルマ様⋯⋯」

「セツ?」
「何としても、お披露目の席でイルマ様の雄姿を見せつけなくては!」
 イルマは仰天してセツを見た。
「雄姿!? そ、そんなに頑張らなくても」

「⋯⋯イルマ様、人の口に戸は立てられないのですよ」
「それはそうだけど」
「夜会の話はすぐにフィスタまで伝わります。万が一、何か失態がサリア様や殿下たちのお耳にでも入ろうものなら⋯⋯」
「ひッ!」

 イルマの脳裏に帰国を叫ぶ兄姉の幻が浮かぶ。⋯⋯怖すぎる。
 二人は同時に体を震わせて、頑張ろうねと手を握り合った。
 
 ようやく心穏やかに暮らせる日々がやってきたのだ。
 なんとかここを乗り切らなくては。主従の心は一つだった。

 それからというもの、南の離宮はにわかに慌ただしくなった。
 サウルは離宮に日参し、イルマやシェンバーの希望を聞いては、飛ぶように帰っていく。次の日には見本だと言って絹や宝石を持参し、さらに細かい注文を引き受ける。
 サウルの兄弟だという商人たちも次々に現れて、その結束の強さと機転の利くことには目を見張るものがあった。

「サウルの一族って働き者だよね」
「あの商人には色々思うところはありますが、使える男なのはよくわかりました」
「セツからそんな言葉をもらえたと知ったら、サウル喜ぶよ⋯⋯」

 イルマの口から何度目かの欠伸あくびが漏れた。眠気が収まらないので、セツにお茶を淹れてくれと頼む。

「イルマ様、大丈夫ですか? 最近、よくお眠りになれていないのでは?」
「ん⋯⋯。緊張してるのかなあ。眠りが浅くて、最近よく夢を見るんだよね」
「夢?」

 イルマは、セツからお茶を受け取りながら、今朝見た夢を思い出した。

 しんと静まった白い闇の中に、一人の少年が立っている。
 少年は、花々が咲き乱れる広い庭で、誰かを待っていた。とてもとても大切な人を。

 黄金色の髪のほっそりした姿。今は背中を向けているが、こちらに顔を向ければ瑠璃色の瞳が輝く。
 最初は幼い頃に会ったシェンだと思った。優し気な美しい顔は、シェンにとても良く似ている。でも、何回か見ているうちに違うとわかった。シェンの瞳は切れ長だけれど、彼は少し垂れた大きな瞳を持っている。
 何よりも、夢の中の彼の心は、いつもたった一人を追いかけていた。

「ねえ、セツ。セツは夢の中に入ってしまって疲れるなんてこと、ある?」
 セツは、瞳をぱちぱちと瞬いた後に言った。

「夢に入って疲れる、ですか? ああ、昔、母が言っていました。夢魔が人の想いを運ぶことがあると」
「夢魔?」
「伝えたいけれど言えない想いを、夢の中に送るのです。想いが強いほど、夢魔は送られた相手の力を奪うそうです」
「言えない想い⋯⋯」

 ──ならば、誰が、何を伝えたいのだろう?
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