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3章 お爺ちゃんと古代の導き
125.お爺ちゃんと空の上での食事会
しおりを挟む「ハヤテさーん、あのボートってどうやって浮いてるんですかー?」
スズキさんが率直な疑問を聞いてくる。
確かに雲の上を渡れるボートあるのはおかしいよね。
でも雲の上にボートを置いたら普通に浮かんじゃったから仕方がないんだ。もしかしたら私のアイテムはそういった効果が出るのかもしれないね。
でも以前食事中に水筒が落ちちゃったことがあるからそうとも言えないか。
「よくわからないけど、浮くんだから良いじゃない。スズキさんも乗りたかった?」
「あー、いえ。客観的に見たら恥ずかしかったので良いです」
「乗ってる本人達は楽しそうだよ」
「そうですね。でも僕としては雲の上を歩く機会を得られた方が有意義と言いますか」
流石だね。スズキさんは物事の捉え方が私と似ている。
本当は最初の一歩に一喜一憂したりするものなんだけど。
いや、その感動を私のアイディアが奪ってしまった形か。
でも彼らをその気にさせるのに、一番手っ取り早かったのだから仕方ない。その為になら幾らでも悪者にだってなるよ。
「うん、普通はそうなんだよ。あの人達はおっかなびっくりしすぎる」
「あははー、ハヤテさんらしい物言いですね。普通は水泳取ったくらいじゃ海底まで行こうなんて思わないですよ?」
「でも行けた」
「はい。行けちゃいましたね」
「あの第一歩があったから、今の私があるんだ」
「なるほど、僕も空を泳げるくらい頑張ります!」
「空ならいつでも泳げるよ。特殊スキルに風操作と言うものがある。体験してみる?」
「是非!」
良い返事だ。私は自分とスズキさんの周辺に風操作で風を送り込む。最初はゆっくり目に。
「わっわっわ! 浮いてる? 僕の体浮いてます!」
「うん、浮いてるね。私も浮いてるもの」
「本当だ、僕だけじゃなかった!」
一人だけ空に浮いて寂しそうな顔が、一瞬にしてパァッと明るくなる。表情は変わらないのだけど、声色がね、高くなるんだ。
「そうだとも。彼らに空の醍醐味を教えてあげようじゃないか」
ちょっと悪い顔をしながら提案すると、良いですねと快諾してくれる。彼女のノリの良さも私の気に入ってるポイントだ。
空中を旋回する様に泳いで煽るような言葉をかけると、ほら。
「ちょっと、マスター! 自分たちだけずるいですよ!」
「少年! なんだい、その面白そうな催しは。僕にも参加させてくれよ」
「あなた、恥ずかしいのでやめてください」
「アキの言う通りよ、マスター」
一部批判の声も聞こえたけど無視した。
やはり女性にはロマンは分かってもらえないようだ。
ふと横を見る。
「どうかしたんですか?」とスズキさんが聞いてきた。
スズキさん、こう見えて女性なんだよねぇ。
忘れてしまいがちだけど、魚人を選択してる時点で体面に拘ってないのが彼女たちとの唯一の相違点ぐらいか。
「取り敢えず二名様ご案内。ボートは回収しちゃうから諦めて雲の上に乗ってね」
やれやれと言って風に二人が降りたのを見て、回収する。
そのあと二人の周囲に上昇気流を付与してやった。
突然のことに目を回すジキンさんの慌てっぷりが面白い。
反面、探偵さんは風を乗りこなしていてつまらなかった。
そこはもっと慌てふためくところですよ。
そう言ったら彼はなんて言ったと思います?
「少年探偵アキカゼだったらこのように動く」だって。
だったら木登りの時にもそれを見せて欲しかったですよね。
空の上で食事をしながらジキンさんが落ち着くのを待っていたら、目的地である青の禁忌はやってきていた。
天使さんが翼をはためかせ、こちらを不躾な視線で覗いてる。
「何をしているのだ、地上人」
「少し食事を」
見たままを伝えると、呆れたと言わんばかりに肩を竦め「そう言うことではない」と、眼下に捉えたボートを見下ろしていた。
「あちらもあなたの仲間か?」
「そうです。それが何か?」
「別行動をしていたのでな。一応声をかけた」
「彼女たちは空を泳ぐのに抵抗があったようなので、あのままにしております」
そう言いながら「怒らせると後が怖いので」と付け足し、納得していた。上下関係であると思われてしまっただろうか?
まあ、似たようなものだ。特に今回は調理アイテムをバカ喰いするお陰で彼女たちには頭が上がらない。
その上でAP回復も見込んだ調理人という枠組みでは最有力候補だろう。男たちも彼女達の食事に胃袋を掴まれてるからね。
「アキさん達のお料理美味しいですよね。僕ももっと頑張らないと。旦那さんに飽きられちゃいます」
「無理に張り合う必要はないよ? 今は身重なんだから」
そう、スズキさんは現在産休中。本来は小学校の担任をする程の才女で、生徒からの信頼も厚いのだ。
そんな彼女がなぜ魚人の格好をしてるかといえば、それは私にもよくわからない。本人は静かな場所で暮らしたいと言っていたが今はこうして表に出てきているし、ようやく自分の中で何かが吹っ切れたのだろう。その何かを私が与えられていたのならそれ以上は何も言うまい。
「そうなんですけど、子供が生まれたらそれこそ料理してる暇もないですし」
「確かに。では落ち着ける場所に着いたらたくさん教わりなさい」
「はい。でも空腹を満たす方が先かもです」
私の食事を見ていたからか、スズキさんはお腹のポケットからサンドイッチを取り出してはパクパク食べていた。
そこ、開くんだと彼女のお腹を凝視してしまったのは言うまでもない。彼女は特に気にした風でもなかったが、普通は女性を凝視すると怒られたりするものだ。彼女の心の広さに精一杯感謝しながら私達は青の禁忌に渡り、それぞれ[空導力/AP]を獲得するに至った。
女性陣が天使さんを交えて調理を開始し始めたところで、男達は手に入れたAPと妖精の加護で変わり果てたスキルのチェックをしていた。大体は○○の呼吸系かと思っていたが、プレイ状況によっては変わるらしい。
ジキンさんの場合は『力溜め』に水やら風やら付いたとか。
あれは‘溜め中’動けなくなる代わりに攻撃力並びにスタミナも微回復する優れものだとか。
対して探偵さんは呼吸系だった。フットワークの軽い彼はパッシヴにも力を入れてるようだ。私のビルドを聞いた時も偶然を装っていた。やっぱり彼も取っていたか『低酸素内運動』。
動き回る前提だと欲しくなるよね、これは。
こうしてゲージを消費して運動をしてるのは一重に腹を空かせるためである。
「みんなー、お料理出来ましたよー」
ピンクのフリフリがついたエプロンを着用したスズキさんの声かけで私達は苦笑いしながら彼女の姿を受け止め、案内された場所に並べられた料理にヨダレを垂らした。
そこで女性陣が表明する。
「今回はありあわせのもので作ったから拙いけど」
「味の方は保証するよ!」
気恥ずかしそうにする妻に対し、ランダさんは強気で答えた。
スズキさんもお手伝いしたそうで、味見させて貰った前提で非常に美味しかったと口頭で伝えてきた。
天使さんも交えて実食。
「ううむ、なんとも不思議な味だ。地上人はこう言った食事を採っているのだな。我ら天空人は空の上で育つ木ノ実を砕いたものを練って乾燥させたものしか食べてこなかったから、これが美味なのかどうかが判らぬ。だが、心が落ちつく味だ」
天使さんからの評価は上々だ。
なまじ食文化が育ちにくい環境だったから仕方がないのだろうけど、これを機に空にも食文化を定着させてやりたいものだ。
男達は私含めて全員が幸せそうな顔で食事を頬張っている。
妻曰く、手抜き料理でも腕を信頼してるからこその完成度である。出てきたのはシチューにロールパン。
空の上で火を起こすのは理論上無理だそうで、彼女たちは魔法を用いてお湯を沸かし、野菜を煮込んで仕上げたと言っていた。
この料理を作る上での理由は天空人に温かい料理が食べられるかと言う懸念があったらしい。
肌寒い空の上で、食事は乾物。熱い料理は食してきたことがない事から猫舌では無いのかと推測。
なので冷めても美味しくいただけるシチューにしたらしい。
『ウォーターボール』でほどほどに荒熱を取り、ちぎったパンを塗りつけて食べるスタイルだ。
最初こそ未知の食事におっかなびっくりする天使さんだったが、食べ方が分かるや否やペロリと平らげてしまった。
彼女のなんとも喜ばしい笑顔に一堂もつられて笑い合う。
突然押しかけて、お食事会を開くのは後にも先にも私たちくらいだろう。
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