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53.王女様から子爵家当主へ

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 衣装の採寸をして、お飾りの調整をして、さらにお式の手順を覚える。やることが一気に増えて、私はいっぱいいっぱいだった。何日経過したのかわからないけれど、執事に激励されながらダンスの練習もこなす。主役だから、お披露目で一曲披露するらしい。

 子爵令嬢として学院に通った頃は、こんな難しいステップはなかった。足がもつれて転びそうになるものの、がっちりホールドでルーカス様が支える。そのままターンに入って、ポーズを決めた。腰に手を当ててくるりと回転するのは、男性側の負担が大きいよね。こんなダンス、誰が考えたのよ……まったく。

 息が切れた私は、ルーカス様と壁際のソファに移動した。汗を拭きながら外を見れば、庭の木々を抜けて歩いて来る王女様が見える。あ、そういえば呼び名が変わったんだったわ。王女様や王女殿下とお呼びしてはいけないのだ。今後はニュカネン子爵家の奥様になる。

 王家が用意した地位だが、実際にニュカネン子爵家は存在する爵位だった。いずれバレるとしても、すぐは探られてもわからないよう手配したらしい。

 女子爵とその旦那様と言う形に落ち着いたのは、社交の関係だ。もしヘンリが子爵で王女様が夫人となれば、社交の中心がヘンリになってしまう。元平民の騎士が子爵を継いでも、上手に振舞えないから……と彼が辞退したと聞いている。

 どこまでも謙虚な人なのに、よく王女様と亡命駆け落ちしようと思ったよね。それだけ王女様を愛している証拠だろう。祖国や家族を捨ててまで叶えたい恋愛か。想像できないな。

「エヴェリーナ様だ」

「エルヴィ様だぞ」

 直されて慌てる。そうだった。家名と爵位を賜るのと一緒に、お名前が変わったんだっけ。似た響きの候補から、ご自身で選んだとか。

「失礼しました。エルヴィ様がおいでなので、お茶を用意してもらおうかしら」

 執事が一礼して両書するも、ルーカス様は渋い顔をして釘を刺してくる。ぐさっと深く刺さった。

「切り上げた分の練習は寝る前に行う。勝手に休むなよ」

「……はい」

 逃げられたと思ったのに。立ち上がって大きなガラス扉を開き、エルヴィ様を招く。このホールではなく、隣の客間を使うよう言われた。確かにダンスホールだから、無駄に広くて寒々しいよね。お茶を飲む環境じゃない。

 温室は現在植え替え中で、庭師が忙しくしているから邪魔できないし。ルーカス様の進言通り、隣室に移動した。赤い小花がところどころに飾られた客間は、応接室といった感じだ。日帰りの客人を通して話を聞くだけのお部屋……豪華だ。

 実家との差を感じながら、綺麗なカップでお茶を飲む。エルヴィ様は不思議なほど私を気に入ってくれていた。今日はローズマリーを使ったトマト煮込みを作ったようで、始めたばかりのお料理の話題が中心だ。今まで料理をしたことがないと言ってたのに、明らかに私より上手で美味しい。

 盛り付けのセンスも負けていた。やばい……もしかしてお料理の勉強も必要? でもダンスが大変で手が回らない。そんな愚痴をこぼしながら、エルヴィ様お手製のトマト煮込みを味わった。くすくす笑いながらダンスのコツを教えてくれる彼女は、本当に優しくていい人だ。

「エルヴィ様と友人になれて幸せです」

 微笑んでそう告げれば、彼女は目を見開いた。えっと……図々しかった? 困って首を傾けた私に、眉尻を下げたエルヴィ様は泣き笑いの表情を浮かべた。

「ありがとうございます。私もこの国に友人が出来て嬉しいわ」

 ああ、そうか。かつてのご友人とは、もう会えないんですものね。ご安心ください。ハンナも含め、私は仲良くさせていただきます!!
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