侯爵夫人の甘やかな降伏

尾崎ふみ緒

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愛だけでは足りない

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 侯爵夫人が塞ぎの虫に憑りつかれているらしい、という話を聞いたのは、あの雨の日から二週間経った頃だった。寝室から出てこないというのだ。
 いつも邸を明るく照らす、陽気で華やかなヘレンがこのような有り様になっては、邸から光が消え、音もなくなり、伯父はもちろん、使用人たちでさえ顔に陰が差す始末。ヘレンがこのようなことになるのは初めてで、議会の日など伯父は妻の看病のために政務もそこそこに邸に帰ることが多くなった。
 伯父の浮かない顔を見てヘレンの様子を窺うしかなかったけれど、きっとあの日の出来事がきっかけなんだろうことは想像できた。しかし、何を思い悩むことがあるのか僕には見当がつかない。
 僕の愛を喜んで受け入れてくれたじゃないか。これは彼女に真意を尋ねなければならない。
 議会のある日、伯父が邸を出る頃合いを見計らって、彼らの寝室をノックする。鍵はかかっていない。
「誰?」
 疲れたようなヘレンの声がした。
「僕です、ジェレミーです。入りますよ」
「駄目っ、来ないで……」
 しかし、怯える声を無視して中に入る。
 中は厚いカーテンが引かれたまま真っ暗で、ヘレンの様子は分からない。
「まったく、こんなに暗いままでは気持ちまで同じようになるのは当たり前です。今の貴女に必要なのは何よりも光ですよ」
 カーテンを思い切りよく開け、部屋全体に光を入れると、ベッドでシーツにくるまっているヘレンの姿が見えた。
 僕が彼女の脇に腰かけると、彼女はか細い声で言った。
「お願い、帰って……今は貴方の顔は見たくないの……声も聴きたくない.」
 すっかり拗ねた子どものような彼女に、あやすように囁きかける。
「何をそんなに機嫌を損ねているのですか?何があったんです? 言ってごらんなさい」
「……なんて意地悪なことを言うの、貴方のせいじゃない」
「僕のせい? さて、僕が何をしました? さぁ、貴女の口から仰ってください。……ははは、これじゃあ確かに意地悪だな、でも、こう言うだけでいいんですよ。『私たちは熱烈に愛し合った』と。でも、それの何に気を病む必要がありますか? 貴女も喜んでいたではありませんか。思い悩むことは何もないんですよ。貴女がそんな風に塞ぎこんでしまっては、伯父上も心配して仕事も手につかない。そんな状態を貴女は望んでいるわけではないでしょう。こうして部屋に閉じ籠っていても何にもなりませんよ。気分転換にどこかへ出かけましょう。コッツリッジなんてどうでしょう、ちょうど今は花盛りで晴れやかな気持ちになれますよ、ね。では、僕は馬車の手配をして来ますから、貴女も出かける支度を」
 彼女は何も言わないが、断るという選択肢はないはずだった。彼女はもう僕の言葉に抗えない。
 馬車の仕度をし、ヘレンを待っていると、彼女は修道女のようなドレスを着て現れた。まるで純潔の誓いを立てたように。少し顔を強張らせて。
 僕たちが乗り込むと、リズミカルに馬車は動き出す。
 しばらくは二人とも無言のまま向かい合い、窓から流れる景色を眺めるか馬の足音に耳を傾けるくらいしかなかったが、沈黙を破ったのはヘレンの方だった。
 意を決して、という表情で話し出した。
「あの日のことは忘れて欲しいの、あれは私たちにとって間違いだったと。私の立場であんなことは許されないことなのよ、だから、なかったことにして……」
「馬鹿なことを言うものではありませんよ、一度起きたことをなかったことにするなど、神ですら出来ることではない。起きたことは受け入れるよりほかないのです。むしろ、その先をどうするかにかかっていると思いますがね。貴女はどうしたいのです?僕との関係を絶ちたい? それとも続けたい?」
 僕の問いにヘレンは泣きそうな声になり、顔を両手で覆って下を向いてしまった。
「私、あの人を、エディを愛しているの、あの人も私を愛しているのよ。それを裏切ってしまってあれから心と体がちぎれたように苦しいのでも、愛だけでは足りないって気づいたの、あの日貴方とああなって分かったのよ。私には貴方が必要なのよ、ジェレミー。でも、肉欲を貪るなんて罪なこと」
 この時、僕は罪の意識などクソくらえと思った。僕たちの愛の行く手を阻む存在なら、神でさえ邪魔者だと呪うだろう。
「いや、肉体を求めることも立派な愛ではないですか?愛がなければ求めることもないでしょう。僕は貴女しか欲しくないのです、真に愛ゆえにそう思っているのです」
 これは僕の心からの言葉だった。ヘレンへの愛に偽りはないと悪魔にすら誓える。僕の思いに迷いはない。ヘレンを手に入れるためなら、神を裏切ることさえ厭わないと覚悟した。その上でのあの日の出来事だったのだ。
 もう僕たちは引き返せない。ヘレンだって知ってしまった、僕の愛を。愛を、肉体で味わう喜びを。
「貴女は何も思い煩う必要はない、堂々と僕の愛を受け入れてくれればそれでいいのです。確かに、人目を忍ぶ、ということはあるにしても、決して後ろめたく思うことはない」
「でも、エディのことを考えると……」
 僕はヘレンの顔を両手で包み込み、真っ直ぐ彼女の目を覗き込む。
「僕といる時は僕だけを見て、感じて。エドワードのことは考えちゃいけない。今見ているものこそが確かなものなのだから」
 そして、彼女の目を覆ってこう言う。
「さぁ、今見えているのは……?」
 そう言って覆った手を離すと。
「ジェレミー、ジェレミー・タウンゼントよ」
 そう答えると、彼女は自ら僕にキスをしてきた。最初は躊躇いがちに、だが徐々に激しく僕の唇を求めてくる。
 そう、これでいい。自分の思いに素直に従えば答えは自ずと出てくる。
 彼女のキスに応えているうちに、僕の気持ちも昂っていく。
「僕の膝の上においで」
 ヘレンを僕の膝に乗せ抱き合った後、純潔の誓いのようなドレスを脱がす。ヘレンはこの瞬間を待ち望んでいたように笑みを浮かべる。そして、僕のジャケットの下に手を滑らせて、「貴方もよ、ジェレミー」と脱ぐように誘う。
 ジャケットを脱いだところで待つのももどかしいのか、彼女の方からタイを、次にボタンを外してきた。全部外したところで彼女は、僕の首筋や胸に唇と舌を這わせ、乳首を舌先で弄ぶ。
 この間のお返しとばかりに、彼女も負けじと舐め回してくる。
 こうやって彼女の玩具になっているのも楽しいが、彼女の甘い声や顔も楽しみたい。
 嬉しそうに僕を舐め、撫でまわす彼女に僕の足を跨ぐように促す。そして、ドレスをたくし上げ下着の中へ手を滑り込ます。少し濡れていたが、まだ充分ではない。指でクリトリスと膣を弄っていると、ヘレンの甘い吐息が漏れてきて、耳に心地いい。小声で「もっと、もっと」と腰を振る彼女の愛らしさに、指の動きも激しくなる。
 僕は、糸をひくほどの愛液を掬った指を取り出し、舐めとると彼女に言う。
「貴女の蜜は格別に美味しいですよ」
 この言葉に桃のような頬が恥ずかしそうに上気する。
 そのうち、そろそろ僕のペニスももの欲しそうに盛り上がってきて、ズボンがきつくなる。彼女の中に入れたくて我慢できなくなってきた。ペニスを出して、彼女にこう言う。
「ヘレン、今日は君の好きなようにやってごらん。気持ちいいところに自分で突いてみるといい」
 彼女は下着を脱ぎ、改めて僕を跨ぐと、自分の中に僕のペニスを包み込む。そして、腰を振り始めると、馬車の揺れと体勢で前より深く中に入っていく。
 ヘレンは僕の首にしがみついて、もう止められないとでもいうように激しく動く。
「ああんっ、あんっ、はぁっ、そこっ、はぁっ、やんっ、あんっ」
 動くたびに上下に揺れる胸の愛らしさに、唾液が垂れるほど吸いつく。また、弾力のある尻を掴んで僕の腰に押し付け、彼女の腰の動きを煽る。獣のような愛し方だが、下品だとは思わない。ヘレンの快感へ昇っていく顔を見ると、彼女の欲するものを存分に与えているという自信しかなかった。
「いやっ、イくっ、イッちゃう、めちゃくちゃになりそうよっ、やッ、やッ、イッちゃう、イッちゃう……」
「ああっ、イッてもいいよ、貴女の、イく顔が見たいな、ほらっ、イッて、イッて、イッちゃえばいいよ、めちゃくちゃになればいい」
 彼女の動きに合わせて、僕も腰を突き上げる。もっと強く、もっと早く。彼女の膣内と僕のペニスの摩擦で、愛液と精液が混ざり合う音も大きく響いてくる。
「ああっ、ああっ、あああっ、ああああっん、あんっ!」
 ヘレンの絶頂に達した声は馬のいななきでかき消され、外の誰の耳にも届くことはなかった。
 コッツリッジに着いたらしく、馬車が止まり、御者が声をかける。
「ジェレミー様、着きました」
「いや、ここにはもう用はないよ。邸に戻ってくれ」
こうして花の香りに溢れる草原に降り立つことなく帰路につくことになった。





 僕とヘレンの関係を怪しむ人間は一人としていなかった。今までだって仲の良い兄妹のようだと見られていたのに、今さら二人だけでいることを咎める人間など皆無だった。
 僕の部屋で、例のアンブルミアの宿で、伯父がいないときは彼女の寝室で、馬車の中で、僕たちはことあるごとに愛し合った。
 こんなこともあった。
 夕方、僕一人で仕事をしていた伯父の政務室へヘレンが来た時のこと。仕事が終わったら観劇に行くことになっていて、彼女は夜会服でやってきた。
「あら、エディはいないの?」
「ちょっとワトスン卿がやってきて下の応接室にいますよ、もう少ししたら戻ってきます」
 仕事の手を休めて、彼女に近づく。
「今日のドレスは見たことないな。新調したんですね」
「ええ、これを貴方に見せたくて」
「僕のためにおしゃれしてくれたのか、それは嬉しいな、ありがとう。でも、ドレスを着ている貴女は美しいが、脱いだ貴女も美しいんですがね」
と、むき出しになっている彼女の白いうなじに口づけようとするが、彼女はさっとかわして、
「今は駄目よ、ドレスが乱れてしまうもの」
と素っ気ない。
 しかし、
「でもそれなら、ね……」
と彼女はそばに来てキスをすると、僕のズボンの上からペニスを撫でさすり始めた。
 ふーん、そういうことなら、と僕はボタンを外してペニスを取り出し彼女に握らせる。すると彼女はふんわりとした笑顔でレースのハンカチを取り出し、僕のモノにかぶせてシゴき始めた。
「貴方のは勢いがいいからドレスを汚しちゃうと大変だわ」
 もはや僕のペニスはヘレンの可愛いお気に入りだった。彼女がこうしたいと言ったら、僕は抵抗できない。
 互いに舌と唾液を絡ませながら、僕は彼女の手の動きのなすがままになる。
「はぁっ、はぁっ、ふんっ、うっ、ヘレン、まったく君ときたら、はははっ、ああっ」
 激しくはあるが乱暴ではなく、緩急のついた動きで僕を快感へ誘う。今にも伯父が戻ってくるのでは、というスリルもたまらず、僕たちを興奮させた。
「んふっ、どうする?今伯父上が来て、こんなことをしてるところを見られたら、あぅっ、ここで先っぽはずるいな、くくくっ」
「いいでしょ、ここ、お気に入りの場所だから可愛がってあげたくなるのよ、ふふふふふ。エディに見られたら? 玩具で遊んでただけよって言うわ、別に悪いことじゃなくてよ。だって可愛いんですもの、いつでも遊びたくなるの。あの人だってあんなに私に玩具で満足させようとしてくれてたんですもの、分かってくれるわ」
 僕のペニスを悪気なく「玩具」と呼ぶヘレンの変化を、僕は好ましく思う。可憐さと淫らな顔が少しも矛盾しない。彼女の人生は僕なしではいられなくなっている。これは充分に愛と呼べると僕は思うし、ヘレンも思っている。
 そう、僕たちは愛し合っているのだ。肉欲という形であっても、求め合う気持は神聖だ。僕を満足させようとしてくれるヘレンを心から愛おしいと思う。この情愛を道に外れていると謗るならそうすればいい。愛する人を手に入れた人間には恐ろしいものは何もないのだから。
「ああっ、イくっ、イくっ、イくっ、出るよ、出る出る出る出る出る、ああっ、我慢できないっ」
「ああ、ヘレン、来てたのか。ジェレミーどうした? 息を切らして」
 伯父が戻って来たのは、僕が果ててまだ息も整わなかったころだった。立っていられず、伯父の机の椅子に座っていた僕に伯父はこう声をかけたが、苦笑いしてごまかすしかなかった。
「私たちハミルトン夫人の話をしていたの」
 ヘレンはどんな時でも素っ頓狂な受け答えをしては笑いを誘うハミルトン夫人の名を出し、僕に小さくウィンクした。
「ははは、ハミルトン夫人か、それは大笑いもするか」
 そして、ヘレンは伯父に頬に軽くキスをし、
「そろそろ時間ですわ」
と促す。
「ああ、のんびりしていたら始まりに間に合わなくなるな、じゃあ行ってくるよ」
「ええ、楽しんできて」
 伯父たちを見送り、再び僕一人になった部屋で、先ほど使ったレースのハンカチをポケットから取り出し、今度は自分でシゴき始めた。
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