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復讐
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この関係が始まって八か月ほど経った頃、僕たちが政務室で仕事をしていると、僕の母が声高く部屋にやってきた。
「エドワード! 貴方仕事なんてしている場合じゃないわよ! すぐにでもヘレンのところに駆けつけなきゃ!」
「仕事中になんですか、母上」
「一刻も早く、エドワード、貴方に伝えたくてね! この間からヘレンの体調がすぐれないって言ってたでしょ、もしかしたらって思ってガバナー医師に診てもらいに連れて行ったの、そしたら、『ご懐妊ですよ』ですって! 赤ん坊が生まれるの! ねぇ、貴方とうとう父親になるのよ! ああ、なんて喜ばしいのかしら。これでサマセット侯爵家も安泰よ。ああ、赤ん坊、貴方たちの子だからきっと可愛い子が生まれるわよ!」
母は自分のことのように喜んでいるが、ちらと伯父の方を見るとすっかり血の気が引いて青ざめている。椅子に座っていなければ倒れていたかもしれない。
「で、夫人は?」
「ヘレンもそれはそれは嬉しそうで、泣き出してしまったほどだったわ。ああ、今から待ち遠しい! 色々準備しておかなくちゃ、ベッドに肌着、玩具に、素晴らしい家庭教師もつけなければね!」
まるで自分のことのように興奮して、まだまだ先のことも心配して喋り倒して母は行ってしまった。
しかし、めでたいニュースを知らされた後だというのに、部屋の中には重苦しい空気が流れていた。この雰囲気を紛らわそうと伯父に祝福の言葉をかける。
「夫人のご懐妊、おめでとうございます、伯父上」
「ああ……ありがとう……」
言葉とは裏腹に声は沈み、もはや僕に憚ることなく頭を抱えてしまった。
「ジェレミー、少し席を外してくれないか」
「分かりました。隣にいますので、用があればお声を掛けてください」
そうして僕は部屋を出ていこうとした時、あのことを話しておくかと思いついた。何の気なしに、ちょっとした冗談でも言うように。
「ああ、伯父上、ひと言言っておきたいことが.」
伯父のそばへ行き、耳元でこう言ってあげた。
「伯父上、何も心配なさることはありませんよ。安心なさい、夫人のお腹の子の父親は……僕ですよ」
こう言うと、伯父は目を大きく見開き僕を凝視した。
「まさか……お前とヘレンが……? 嘘だ……あり得ない……」
「嘘ではありませんよ、伯父上。貴方の代わりに子を孕ませてあげたのです、夫人も大層喜ばれましたよ」
伯父は困惑と怒りの目で僕を見つめる。
「ふざけるなっ! 私を馬鹿にしているだろうっ」
「馬鹿にしているなどとんでもない。ただ、伯父上には子を孕ませることは無理でありましょうから、僕が子種を宿して差し上げただけですよ。むしろ感謝していただきたいほどです、このまま貴方たちに子がいなかったらこの家も安泰ではないのですから。それに、何より僕はヘレンを愛しているのです、貴方よりもずっとね。まあ、それに、ヘレンだって冷酷なわけではない。貴方のことを今でも愛していますよ。ただ、貴方が与える愛より、僕の愛の方が多く、強いだけのことで、どちらを選ぶかは貴方だって分かるでしょう。貴方のように満足に彼女を愛せない男は甘ったれているだけだ。僕こそ彼女に相応しい、と伯父上だって思いませんか?」
伯父はさっきまでの青ざめた顔から一転、紅潮させて何か言いたそうに口を震わせているが、一向に言葉が出てこない。拳を作り、今にも僕を殴りかかりたそうにしているが、あまりの怒りで足に力が入らず立ち上がれないといった様子。
「どうしました、叔父上? 何がしたいのです? おっと、僕を殴ったりしたら、ヘレンがどうなるか知りませんよ。彼女を失いたくないのなら、僕のことには構わないことですね、ははははは」
僕は勝利の味に酔っていた。この味の甘美さを味わうだけの苦汁は充分舐めたはずだ。そう、今目の前にいる男に味わわされたあの悔しさと無力感を、今度はこの男が味わう番なのだ。
呆然と僕を見る伯父のそばを離れ、部屋を出て行った。
「エドワード! 貴方仕事なんてしている場合じゃないわよ! すぐにでもヘレンのところに駆けつけなきゃ!」
「仕事中になんですか、母上」
「一刻も早く、エドワード、貴方に伝えたくてね! この間からヘレンの体調がすぐれないって言ってたでしょ、もしかしたらって思ってガバナー医師に診てもらいに連れて行ったの、そしたら、『ご懐妊ですよ』ですって! 赤ん坊が生まれるの! ねぇ、貴方とうとう父親になるのよ! ああ、なんて喜ばしいのかしら。これでサマセット侯爵家も安泰よ。ああ、赤ん坊、貴方たちの子だからきっと可愛い子が生まれるわよ!」
母は自分のことのように喜んでいるが、ちらと伯父の方を見るとすっかり血の気が引いて青ざめている。椅子に座っていなければ倒れていたかもしれない。
「で、夫人は?」
「ヘレンもそれはそれは嬉しそうで、泣き出してしまったほどだったわ。ああ、今から待ち遠しい! 色々準備しておかなくちゃ、ベッドに肌着、玩具に、素晴らしい家庭教師もつけなければね!」
まるで自分のことのように興奮して、まだまだ先のことも心配して喋り倒して母は行ってしまった。
しかし、めでたいニュースを知らされた後だというのに、部屋の中には重苦しい空気が流れていた。この雰囲気を紛らわそうと伯父に祝福の言葉をかける。
「夫人のご懐妊、おめでとうございます、伯父上」
「ああ……ありがとう……」
言葉とは裏腹に声は沈み、もはや僕に憚ることなく頭を抱えてしまった。
「ジェレミー、少し席を外してくれないか」
「分かりました。隣にいますので、用があればお声を掛けてください」
そうして僕は部屋を出ていこうとした時、あのことを話しておくかと思いついた。何の気なしに、ちょっとした冗談でも言うように。
「ああ、伯父上、ひと言言っておきたいことが.」
伯父のそばへ行き、耳元でこう言ってあげた。
「伯父上、何も心配なさることはありませんよ。安心なさい、夫人のお腹の子の父親は……僕ですよ」
こう言うと、伯父は目を大きく見開き僕を凝視した。
「まさか……お前とヘレンが……? 嘘だ……あり得ない……」
「嘘ではありませんよ、伯父上。貴方の代わりに子を孕ませてあげたのです、夫人も大層喜ばれましたよ」
伯父は困惑と怒りの目で僕を見つめる。
「ふざけるなっ! 私を馬鹿にしているだろうっ」
「馬鹿にしているなどとんでもない。ただ、伯父上には子を孕ませることは無理でありましょうから、僕が子種を宿して差し上げただけですよ。むしろ感謝していただきたいほどです、このまま貴方たちに子がいなかったらこの家も安泰ではないのですから。それに、何より僕はヘレンを愛しているのです、貴方よりもずっとね。まあ、それに、ヘレンだって冷酷なわけではない。貴方のことを今でも愛していますよ。ただ、貴方が与える愛より、僕の愛の方が多く、強いだけのことで、どちらを選ぶかは貴方だって分かるでしょう。貴方のように満足に彼女を愛せない男は甘ったれているだけだ。僕こそ彼女に相応しい、と伯父上だって思いませんか?」
伯父はさっきまでの青ざめた顔から一転、紅潮させて何か言いたそうに口を震わせているが、一向に言葉が出てこない。拳を作り、今にも僕を殴りかかりたそうにしているが、あまりの怒りで足に力が入らず立ち上がれないといった様子。
「どうしました、叔父上? 何がしたいのです? おっと、僕を殴ったりしたら、ヘレンがどうなるか知りませんよ。彼女を失いたくないのなら、僕のことには構わないことですね、ははははは」
僕は勝利の味に酔っていた。この味の甘美さを味わうだけの苦汁は充分舐めたはずだ。そう、今目の前にいる男に味わわされたあの悔しさと無力感を、今度はこの男が味わう番なのだ。
呆然と僕を見る伯父のそばを離れ、部屋を出て行った。
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