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04.一日目:付喪神さんのお手伝い
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「さて、そろそろ飯の支度ができる。食べられるか? 美詞」
銀さんは畳から立ち上がり、台所を振り返る。
――そうだ。台所! あの踊っている鍋や菜箸、お皿たちは一体何なんだ!? それにあの小さな狐たち。何匹いるの……一、二、……えっ、八匹? ここの裏山って狐なんかいたっけ……!?
「あ、あの、その台所の……」
「ん? ああ、俺が目覚めたからか奴らも眠りから覚めたようでな。働き者の付喪神たちよ」
「つくもがみ……って、妖怪? でしたっけ? 百鬼夜行とかの……」
「おお、そうだ。よく知っておるな。だが奴らはこの家の台所に住まう付喪神。人に捨てられ鬼になった奴らとは違う」
「はあ……」
言っていることは分かるけど、理解は難しい。だけども実際に私の目の前で、菜切り包丁が葱を刻み、豆腐を切っている。しかもトコトン! とリズムを取ってちょっと「ドヤァ」っとしている気がする。
「まあ、いっか……」
そう呟いて、私は考える事を放棄した。
だって元々が『お狐様にごはんを作ってあげる』というちょっと不思議なミッションだったのだ。お狐様が本当にいて、喋り方はちょっと古風だけど十分会話になるし、それに……良い人だと思う。
怖がっても何かを疑っても、どっちみち私は一ヶ月ここにいるんだから、それなら楽しんでしまった方が絶対に良い。
尻尾を振って鍋を覗く銀さんも、台所で踊る調理器具たちも別に怖くはない。むしろ可愛らしい。
「よし」
伊庭 美詞、二十八才。突然の冬休みと思って楽しむことに決めました。
◇
台所へ向かうと、私が珍しいのか子狐たちが集まって来た。
『きゅ~ん?』
『くぅん?』
『くきゅう~ん?』
「どうしたの? 子狐さんたち」
きっとこの子たちも普通の狐ではないのだろう。よく見れば、走っているだけでなく飛んでいる。跳んでるんじゃなくてフワフワ、ピューンの方の飛ぶだ。
「ああ、そ奴らはまだ修行中の子狐でな。俺が面倒を見ているのだが……遊びたがりの悪戯好きだから、美詞も気を付けた方が良いぞ?」
「そうなの? 子狐さん。でも今はごはんの支度をするから、あとで遊ぼうね」
『きゅ~!』
『くっきゅー!』
『きゅきゅーん!』
うん、可愛い。子犬っぽくもあり、遊びをねだる小さな茶色のおててがメチャクチャ可愛い。なんだっけ……小学校の頃、教科書に載っていたあのお話……。子狐がお金を持ってお使いに行く、あのお話の可愛い挿絵を思い出した。
「銀さん! 私もお手伝いします」
「そうか? では食器を出してくれ。膳はそちらに」
「……ぜん? ああ、お膳!」
そちら、と指さされた方を見ると、立派な黒漆のお膳が二つ。四つの脚で静々と歩いてきているところだった。
「お膳さん、持ちますね? えっと……テーブルに置きますよ?」
お膳に触れるのなんて、雛人形の飾り以来だ。しかもこれは年代物できっと貴重な品だろう。傷を付けたりしないよう気を付けなくちゃ。
「食器は――ああ、この子たちか」
戸棚をそうっと開け覗いているお椀と目? が合った。きっとこのお膳とセットになってるお椀なのだろう。蓋付きとそうでないものがあったので、きっと片方はご飯用。
「塗り物のお茶碗なんて初めて使うかもしれないなぁ……」
「美詞、小鉢と小皿を出してくれ」
「あ、はい!」
藍色の模様が入った小鉢を二つ、銀さんへ手渡そうとするとお膳に手を引かれた。『自分の上へ置け』と言っているのだろうか?
私は出した食器をお膳に並べ、正しいのかは分からないけど、そのままコトコトと湯気を立てる竈に近付いた。
「銀さん」
「うん。さあ皆、こちらへ――」
彼がそう言うと、お釜は木の蓋を外してしゃもじが炊き立ての白米をさっくり起こす。途端、ふわぁ~っと湯気が広がった。
「うわぁ……! すごい! 艶々!」
しゃもじが動く度にしっとり甘いごはんが香り立つ。そしてその中に見え隠れする、ほのかな香ばしい匂い……これは何だろう?
「あ! そっか、おこげ! うわぁ~……すごい! 美味しそう~!」
竈で炊いたご飯なんて、見るのは幼い頃以来。あの頃はこんな風に炊き立てを見ることもなかったし、ご飯の良し悪しなんかも分からなかった。
「おお、おお。そんなに褒めるものだから、竈神が照れておるぞ? 美詞」
「竈神?」
『パチパチッ』
「きゃっ!?」
竈の炎が小さく爆ぜた。
「もしかして……今のが竈神? さん?」
「そうだ。火を扱う竈は付喪神の中でも特別でな。竈神は他よりも位が高いので、色々器用にできるのだ」
「へぇ……。竈神さん、美味しいごはんをありがとうございます」
一体どうやってお米を研いだのか気になるけど、きっと台所みんなで協力したのだろう。何だか想像できる。
「それから、外の井戸にも井戸神がおる。あとであちらにも食事を供えてやってほしい」
「あ、はい! 分かりました」
井戸か。勝手口の方からすぐの場所だから、温かいうちに持って行ってあげれる。
そしてご飯の次は、甘辛い匂いが食欲をそそる里芋の煮っころがしだ。木匙が鍋を叩き、小鉢を呼んでいる。ゴロトロッとよそわれて、インゲンも添えられた。小皿には、いつの間にか白菜の浅漬けがちょこんと座っていた。
銀さんは畳から立ち上がり、台所を振り返る。
――そうだ。台所! あの踊っている鍋や菜箸、お皿たちは一体何なんだ!? それにあの小さな狐たち。何匹いるの……一、二、……えっ、八匹? ここの裏山って狐なんかいたっけ……!?
「あ、あの、その台所の……」
「ん? ああ、俺が目覚めたからか奴らも眠りから覚めたようでな。働き者の付喪神たちよ」
「つくもがみ……って、妖怪? でしたっけ? 百鬼夜行とかの……」
「おお、そうだ。よく知っておるな。だが奴らはこの家の台所に住まう付喪神。人に捨てられ鬼になった奴らとは違う」
「はあ……」
言っていることは分かるけど、理解は難しい。だけども実際に私の目の前で、菜切り包丁が葱を刻み、豆腐を切っている。しかもトコトン! とリズムを取ってちょっと「ドヤァ」っとしている気がする。
「まあ、いっか……」
そう呟いて、私は考える事を放棄した。
だって元々が『お狐様にごはんを作ってあげる』というちょっと不思議なミッションだったのだ。お狐様が本当にいて、喋り方はちょっと古風だけど十分会話になるし、それに……良い人だと思う。
怖がっても何かを疑っても、どっちみち私は一ヶ月ここにいるんだから、それなら楽しんでしまった方が絶対に良い。
尻尾を振って鍋を覗く銀さんも、台所で踊る調理器具たちも別に怖くはない。むしろ可愛らしい。
「よし」
伊庭 美詞、二十八才。突然の冬休みと思って楽しむことに決めました。
◇
台所へ向かうと、私が珍しいのか子狐たちが集まって来た。
『きゅ~ん?』
『くぅん?』
『くきゅう~ん?』
「どうしたの? 子狐さんたち」
きっとこの子たちも普通の狐ではないのだろう。よく見れば、走っているだけでなく飛んでいる。跳んでるんじゃなくてフワフワ、ピューンの方の飛ぶだ。
「ああ、そ奴らはまだ修行中の子狐でな。俺が面倒を見ているのだが……遊びたがりの悪戯好きだから、美詞も気を付けた方が良いぞ?」
「そうなの? 子狐さん。でも今はごはんの支度をするから、あとで遊ぼうね」
『きゅ~!』
『くっきゅー!』
『きゅきゅーん!』
うん、可愛い。子犬っぽくもあり、遊びをねだる小さな茶色のおててがメチャクチャ可愛い。なんだっけ……小学校の頃、教科書に載っていたあのお話……。子狐がお金を持ってお使いに行く、あのお話の可愛い挿絵を思い出した。
「銀さん! 私もお手伝いします」
「そうか? では食器を出してくれ。膳はそちらに」
「……ぜん? ああ、お膳!」
そちら、と指さされた方を見ると、立派な黒漆のお膳が二つ。四つの脚で静々と歩いてきているところだった。
「お膳さん、持ちますね? えっと……テーブルに置きますよ?」
お膳に触れるのなんて、雛人形の飾り以来だ。しかもこれは年代物できっと貴重な品だろう。傷を付けたりしないよう気を付けなくちゃ。
「食器は――ああ、この子たちか」
戸棚をそうっと開け覗いているお椀と目? が合った。きっとこのお膳とセットになってるお椀なのだろう。蓋付きとそうでないものがあったので、きっと片方はご飯用。
「塗り物のお茶碗なんて初めて使うかもしれないなぁ……」
「美詞、小鉢と小皿を出してくれ」
「あ、はい!」
藍色の模様が入った小鉢を二つ、銀さんへ手渡そうとするとお膳に手を引かれた。『自分の上へ置け』と言っているのだろうか?
私は出した食器をお膳に並べ、正しいのかは分からないけど、そのままコトコトと湯気を立てる竈に近付いた。
「銀さん」
「うん。さあ皆、こちらへ――」
彼がそう言うと、お釜は木の蓋を外してしゃもじが炊き立ての白米をさっくり起こす。途端、ふわぁ~っと湯気が広がった。
「うわぁ……! すごい! 艶々!」
しゃもじが動く度にしっとり甘いごはんが香り立つ。そしてその中に見え隠れする、ほのかな香ばしい匂い……これは何だろう?
「あ! そっか、おこげ! うわぁ~……すごい! 美味しそう~!」
竈で炊いたご飯なんて、見るのは幼い頃以来。あの頃はこんな風に炊き立てを見ることもなかったし、ご飯の良し悪しなんかも分からなかった。
「おお、おお。そんなに褒めるものだから、竈神が照れておるぞ? 美詞」
「竈神?」
『パチパチッ』
「きゃっ!?」
竈の炎が小さく爆ぜた。
「もしかして……今のが竈神? さん?」
「そうだ。火を扱う竈は付喪神の中でも特別でな。竈神は他よりも位が高いので、色々器用にできるのだ」
「へぇ……。竈神さん、美味しいごはんをありがとうございます」
一体どうやってお米を研いだのか気になるけど、きっと台所みんなで協力したのだろう。何だか想像できる。
「それから、外の井戸にも井戸神がおる。あとであちらにも食事を供えてやってほしい」
「あ、はい! 分かりました」
井戸か。勝手口の方からすぐの場所だから、温かいうちに持って行ってあげれる。
そしてご飯の次は、甘辛い匂いが食欲をそそる里芋の煮っころがしだ。木匙が鍋を叩き、小鉢を呼んでいる。ゴロトロッとよそわれて、インゲンも添えられた。小皿には、いつの間にか白菜の浅漬けがちょこんと座っていた。
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