お狐様とひと月ごはん 〜屋敷神のあやかしさんにお嫁入り?〜

織部ソマリ

文字の大きさ
3 / 27

03.〇~一日目:お耳と尻尾

しおりを挟む
「――誰が蛍だ」

 ちょっと不機嫌そうだけど、艶とハリのある良い声だ。

「えっ……アッ! もしかして業者さんですか!? 街灯の用意をしてくれたとか――」
「何を言っているのだ? 待ちわびたぞ。お前が今代の『世話人』であろう?」
「は? 世話人って……?」

 暗闇の中から姿を現したのは、白っぽい長い髪をした、平安時代の様な装束を着た若い男の人。着物も白だから夜にぼんやりと浮かんでいる。けど――。


「みっ……!!」
「み? 何を言って……ん? この匂い……」
「ヒッ……」

 私の間近に寄った男は、スンスンと鼻を鳴らし私の首筋の匂いを嗅ぐ。
 
 ――ちょ……っと、待って。これ……何!?

「ん、やはり。お前、美詞だな? 大きくなって……」
「えっ……」

 彼はにっこりと、嬉しそうな笑顔を浮かべ私を見下ろしている。

「ご、ごめんなさい……? あの、どな……た、ですか?」

 すごく綺麗な人だけど、いきなり匂いを嗅ぐとか変態かと思うけど、私を知っているってことは……危ない人じゃ、ない? いや、知ってるふりをしてる危ない人かも!? いやいやでも、待って、その前にこれ――。

「おっと、憶えていないか。まぁ……あの頃はまだ幼かったから仕方がないか」

 すると男は、少し屈んで私と目を合わせて微笑み言った。

しろがねだ。お前が好きと言った、お耳もあるぞ?」
「……しろがね……さん?」

「思い出さないか?」

 ホラ、と。男は頭を下げ、私を上目遣いで見る。

 金色……の眼? すごい……キラキラしていて美味しそう……。それにこの長くてサラサラの白い髪? 豪勢なシルバーブロンド? かな? すごく綺麗……だ、けど……。

「……ッ!」

 やっぱりだ。気のせいじゃなかった……! 頭の両側、髪とは違う――耳だ。獣の耳。ふさふさの毛で覆われた、三角の可愛い耳――。

 ざわッと、全身の産毛が立った気がした。

「み、みみ……? 耳!?」
「好きだったろう? 美詞もこのお耳ほしいって随分ねだってくれたではないか。そら、この尻尾も――」
「尻尾……!?」

 足下からフワッと風が起きた。恐る恐る視線を向けると……立派なモフモフの尻尾が揺れていた。そして尻尾を先から遡れば、辿り着く場所はやっぱり、目の前の男のお尻だ!!

 クラッと眩暈がした。バチン、バチ、バチン、と目の前に火花が散って、私はそのまま意識を失った――。

「おい! 美詞! 美詞…………――」

 瞼の裏で聞いたその声は、焦っていたけど心地良い響きで、優しくて、いつも私を――。




 一日目

 コトコト、コトコト。トントン、トントン。
 パタパタパタパタ。パタタタタ。

 ……良い匂いがしてる。これ、お味噌汁の匂い……? あれ……私どこにいるんだっけ……? お父さん……今、燻製作りにはまってるってお母さんが…………――。

「ンン!?」

 ガバッと起き上がると、そこには目を丸くするしかない光景が広がっていた。

 竈の上に置かれた鍋は踊っていて、まな板の上の油揚げと葱を切っていたのはぶ厚い刃の包丁で、その下、竈の火には小枝が飛び込んで行っていた。そして私の周りには、黄金色の毛並みの子狐たちが走り回っている。あ、お味噌の樽と煮干しも踊ってる……。

「起きたか、美詞」

 名前を呼ばれビクリと肩が揺れた。
 この声は、あの人だ。

「どれ、熱はないか? 気分はどうだ?」

 ファサッ……と畳の上に尻尾と髪の銀糸を広げ、彼は私の横へ跪く。そして額や首筋を掌でペタペタ触り瞳を閉じると、頭上の耳がピッピッと私の脈を刻んだ。

「美詞、寒くはなかったか? 布団の在りかが分からなかったのでな。お前の外套しか掛けてやれなくてすまなかった」
「いえ、あ……の、え……っ?」

 目を瞬き身を引く私に、彼は「ふぅ」と溜息を吐き若干その耳を下げた。

「……美詞は何も憶えていないか。屋敷の話も、百年毎の習わしも何も聞いておらんのか?」
「あ……おばあちゃんが、ひと月……お狐様にご所望のごはんを差し上げてって……」
「うんうん、それだ。千代ちよはもういないのだろう?」

 千代――それはおばあちゃんの名前だ。私はゆっくりと頷く。

「淋しいな……。もう一度会って共に食事を楽しみたかったが……仕方がない。人とはそういうものよ」

 ああ、今度は完全に耳がシュンと下を向いてしまった。心なしか尻尾も元気がない。
 私は思わず、可哀想なその耳に手を伸ばしてしまう。

「銀、さん? あの……私、おばあちゃんの代わりにひと月ごはんを作るから。だから泣かないで……?」
「……泣いてはおらん。涙は見せん」
「……そうですか?」
「そうだ」

 だけど見上げた金の瞳には、薄い膜がゆらゆら揺れている。
 お母さんは、銀さんにごはんをお供えするのは十年に一度と言っていた。さっき口にした『百年毎の習わし』は何のことか分からないけど、銀さんはきっと、今、初めておばあちゃんがいないことを確かに知ったのだろう。

「……銀さん」
「何ということはない。いつもの事よ。じきに痛みは忘れられる」

 ほんのり赤く染まった目尻をなぞり、銀さんは笑って言った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

異世界召喚されたけどスキルが地味だったので、現代知識とアイテムボックスで絶品料理を作ったら大商会になっちゃいました

黒崎隼人
ファンタジー
手違いで剣も魔法もない異世界に召喚された、しがない日本のサラリーマン、湊カイリ。 彼に与えられたのは、無限に物が入る【アイテムボックス】と、物の名前が分かる【鑑定】という、あまりにも地味な二つのスキルだけだった。 戦闘能力は皆無。途方に暮れるカイリだったが、異世界の食事が絶望的に不味いことを知り、大きなチャンスに気づく。 現代日本の「当たり前」の知識は、この世界ではとんでもない「宝」なのだと! 「醤油?味噌?そんなものがあれば、この世界の食文化はひっくり返るぞ!」 ひょんなことから出会った没落貴族の美少女・リリアナと共に、カイリは現代知識と地味スキルを駆使して屋台から商売をスタート。 絶品料理で人々の胃袋を掴み、さらには便利な生活用品を次々と発明していく。 伝説の神獣の幼体「フェン」やドワーフの鍛冶師など、頼れる仲間たちも加わり、彼らが立ち上げた「サンライズ商会」は瞬く間に大躍進! 迫り来る悪徳商会や腐敗した貴族の妨害も、現代のマーケティング術と知恵で痛快に打ち破る! これは、平凡なサラリーマンが異世界の常識を覆し、食と生活に革命を起こして一代で大商会を築き上げる、痛快成り上がりファンタジー! 美味しい料理と、もふもふな相棒、そして仲間との絆。 人生、逆転できないことなんて何もない!

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

処理中です...