ふたりで居たい理由-Side H-

垣崎 奏

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H-44.木曜の予定 2

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 ☆


 楽器を抱えた男四人と私で、中央駅前にあるファミレスに入る。店員さんは慣れているのか、当然のように端の広い席を案内してくれた。周辺にはライブハウスもいくつかあるらしいし、大学生らしき人が課題を広げてやっている姿も目に入る。大荷物の人が利用するのも珍しくないんだろう。

「せっかくだし、バンド名決めたい」
「いいっすね、案あるんすか?」
「今から探す」
「ならドイツ語にしたいな」
「ドイツ語?」
「響きがなんかいちいちカッコいいんだよ。クーゲルシュライバーでボールペンだぞ?」

 尊さんの言葉で、私と基樹くん以外の三人は携帯で検索し始める。大学で第二外国語として取っている講義がドイツ語なんだそうだ。

 基樹くんはバンド名に興味がなさそうで、ドリンクバーへ誘われた。基樹くんが関与しないなら、私もしない。楽器もやらない私は、このバンドにとって一番の部外者だ。基樹くんが居てくれる限りはぞんざいには扱われないだろうけど、不用意な口出しもしない方がいい。

 席に戻ると、候補の選定は終わっていた。しかも、すでに一単語、三人の意見が合ったものがあるらしい。

 《エーデルシュタイン》。日本語では《宝石》を指す言葉らしい。航さんも北原も、「エーデルって呼んだらいい感じ」と盛り上がっている。
 
「ふたりもエーデルでいい?」
「え、はい」
「よし、決まり!」

 タイミングよく注文していた料理が届いて、バンド名の話は終了、全員が晩ご飯に手を伸ばした。三人はがっつりお肉の鉄板とサラダやライスのセットを、私と基樹くんは和風の定食だ。年長者としてカトラリーを配った尊さんと、目が合った。聞きたいことがあるならどうぞと、言われた気がした。

「そんな軽い感じで決まるもんなんですね」
「まあ、呼び名なだけだからな。意味よりは覚えやすさとか、言いやすさの方が大事」

 ご飯が目の前にあっても、尊さんは答えてくれた。もし、このバンドがステージに立つようになったら、きっとエーデルと略称で呼ばれるんだろう。尊さんは、それを疑ってなかった。まだ、基樹くんは立つことを決めてはいないのに。

 
 ☆


「今度の葦成祭あしなりさい狙ってみない?」
「葦成祭?」
「ああ、そうか、転入生だもんね。地域の文化祭だよ、誰でも無料で出られる。くおんオーナーが協賛してて、枠が割り振られてるんだ」

 地域のことに疎い私に、航さんは説明してくれた。丁寧にスタジオのホームページに載ってる久遠くおんオーナーの写真まで見せてくれた。この辺にあるライブハウスやスタジオの経営者で、中島兄弟はふたりとも顔馴染みの人らしい。
 
「前野、どう思う?」
「嫌です」

(思ったより、はっきり断った…!)

 基樹くんのことだから、もう少しメンバーに気を遣った表現をするかと思った。北原くんと航さんに関しては、強めに行かないと押し通せないと感じたんだろうか。確かにそのふたりは、尊さんのように話を聞いてくれるタイプではない。
 
「まあ、そう否定しないでさ、ちょっと考えてみてよ」

 航さんはそう言って、一旦この話題を終わらせた。私もどちらかと言えば、基樹くんにステージに立ってほしい側の人間だ。でも、基樹くんが崩れるのは見たくない。頼れる人がいなくなる。基樹くんがやりたいと思うなら、背中を押してあげたい。無理に、立たせたいわけじゃない。


 ☆


 バンドメンバー全員での晩ご飯は初めてだったのもあって、尊さんが先輩だからと奢ってくれた。当然、私と基樹くんは抵抗したものの、航さんも北原くんも普通に奢られてて、今回だけは出してもらうことになった。ファミレスの出口で、北原くんに呼び止められると同時に、基樹くんの目線も感じた。

(北原くんが関わると、すごく不機嫌そう…)

 たぶん、普段基樹くんと関わりがない人には気付かれないくらいの、表情の変化だ。目つきというか、オーラというか、少し強くなる。待ってるからと、圧を掛けられる。北原くんは分かってなくて、教室と同じように話しかけてくる。 

「長谷川さ、オレのこと呼び捨てでいいよ」
「え」
「『くん』付け、苦手なんだよ」
「…そう」
「オレは『くん』付け大歓迎だよ! 遠慮なく『航くん』って呼んで! 前野も!」
「あ、はい」
 
 尊さんが航さんを引っ張って歩きだし、北原は駅の改札へ、私と基樹くんはシューペへと向かった。ふたりきりになって少し経って、基樹くんが緊張を緩めたのが分かった。ゆっくりと、息を吐き出している。きっと、スタジオに入ったりバンドメンバーと会ってご飯に行ったりするたびに、基樹くんは気を張る。

(…誰でも気は張るけど、その程度は人によるよね)

 ステージに、全く立ちたくないわけじゃないはずで、そんな自分と葛藤してるんだと思う。裏道で好きにギターを鳴らしていただけだったのを、私が奪った。ライブハウスのステージを見てしまったのは、琴音さんのせいでもあるけど、私もあの舞台に立つ基樹くんを見たいと口にしてしまった。追い打ちはかけずに、何か話題を振らないと。とりあえず、ステージから考えを引き離すような何かを。

 空を見ると、真っ暗な中、地上の灯りに照らされた厚い雲が広がっていた。身体の重さはなくなっていたけど、明日の朝にはまた感じることになるだろう。今週末の予報は台風による暴風雨なんだから。

「基樹くん」

 声をかけると顔が見えた。初めて会った頃には、絶対になかったことだ。 

「もし雨だったら、どうやってスタジオ行くの」
「傘さして歩いて、学校にギター持っていって、隠しとく」
「それでいいの?」
「もうオレがギターやってるのはバレてるしね」
「ああ…」
「できるなら、降らないで欲しいよ、濡らしたくないし」
「うん」

 結局、ギターの話題から反らすことはできなかったけど、基樹くんの息は普通に戻ったように見えた。過呼吸を見た時もそうだったけど、きっと隣に居て話しかけるだけでも気が紛れて、症状は落ち着くんだろう。ネットの情報なんて、どこまでが本当かは分からない。ただ、全く調べないよりはいい。

「明日、無理しないで」
「うん」
「あ、あとこれ。お腹いっぱいだとは思うけど」
「ありがとう」

 基樹くんから、おにぎりをもらった。今はファミレスでご飯を食べたばっかりで、基樹くんの言う通りお腹が空いていない。明日の朝ご飯に食べようと、ありがたくバッグにしまった。


 ☆


 滅多に光らなかった携帯が、光る。基樹くんだと思って取ったら、北原だった。《Edelstainエーデルシュタイン》と名称の変わったグループメッセージに連絡が来ていた。なぜ私がこのグループに入っているのかは、未だによく分からないけど、変に探って関係が不穏になるのも嫌で、結局そのままだ。
  
「なんでスタジオって木曜なんですか? スタジオの度にご飯行くんですよね?」
「金曜は次の日休みの人が多くて、社会人も使いやすい分、ちょっと高いんだよ」
「なるほど」

 なんでもないただの質問で、確認だった。これは、木曜にスタジオへ入る可能性があるから空けておけと言われているんだろうか。全員帰宅部で、予定を合わせれば平日のどこでもいいはずだけど、今のところ二回とも木曜だ。たぶん、そのつもりでいて間違いない。


 ☆


 一度、確実に目を閉じて、意識も落ちたはずだ。まだ外は暗い。なぜ目が覚めてしまったんだろう。理由は、耳を澄まさなくても分かった。

(ああ、これも久々だ…)

 親の口論で目が覚める。夜中になんて大声で喧嘩しているんだろう。起きているとバレても面倒だから、布団を頭までかぶる。葦成市に来てから一ヶ月。親もこの地域に慣れて、遊んでも家に帰って来れるようになってしまったんだろう。

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