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第十二話 耳長ギザギザ草発見

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 エロ爺の話だと、少し大きな森になら薬草は何処にでもあるそうだ。
 街の東側にある私が目覚めた森にもあると言っていた。
 街の近くにあって、私が目覚めた森だから、絶対に御利益とか縁とかありそうだ。
 今日中に幻の薬草を手に入れられる可能性があるとしたらこの森しかない。

「大丈夫?」
「へ、平気です……」

 元気のない曇った表情のペトラに尋ねると、微妙な笑みで答えた。
 草原の中の砂利道を歩いて森を目指しているけど、出会った時から疲れている気がする。
「家で待っていていいよ」と言ったけど、「いいえ、薬草には詳しいので一緒に探します」と言われてしまった。

「そう、疲れたらいつでも言ってね」
「は、はい……」

 無理はさせたくないけど、頑張りたい気持ちは分かる。
 私のお母さんが病気になって助からないと分かったら、私はどうするだろうか?
 きっと神頼みするか、病室でずっと話をすると思う。

 そう考えると、これは御百度参おひゃくどまいりみたいなものなのかもしれない。
 存在しない薬草を探す行為が大切なんだ。
 それに御百度参りは人に任せずに、本人がやらないと効果がない。
 ……頑張った後に願いが叶うのか分からないけど。

「よし、到着! ふぅー、ちょっと休憩していい?」
「あっ、はい、どうぞ……」

 四十~五十分ぐらい頑張って歩いて、森の外周までたどり着いた。
 ペトラを休ませたい気持ちもあるけど、私が街と森の往復で疲れている。
 森の中には魔物がいるらしいし、この辺の安全な場所で一度休みたい。

 ダラシなく地面に座ると、白鞄からサツマイモみたいな橙色の野菜を取り出した。
 味は分からないけど、野菜屋のおばさんが勧めてきたから間違いない。
 ズボンのベルトに差した短剣を鞘から抜いて、半分に切るとペトラに差し出した。

「ペトラも食べる?」
「『アマレテ』ですね。いただきます」

 食べられるのは元気な証拠だ。ペトラが野菜の名前は言って受け取った。
 私も中身がニンジンみたいに赤い野菜を軽く齧ってみた。

「んっ~? これって、甘いニンジンなのかな?」

 アマレテという名前じゃ味は分からないけど、この味は冷えた半焼きの石焼き芋に近い気がする。
 でも、硬さと色はニンジンだ。アマレテは多分ニンジンに近いサツマイモで間違いない。

「あのぉ……すみません」
「んっ? どうしたの?」

 歯応えのある石焼きニンジンをボリボリ食べていると、ペトラが落ち込んだ感じに言ってきた。
 飲み物も欲しいのだろうか? 子供が遠慮しなくてもいいのに。
 白鞄から飲み口を紐で縛っただけの古そうな茶革の水筒を取り出した。
 本当はマロウ酒が良かったんだけど、「あれは人間を駄目にする飲み物だと、隣のおばさんが言ってました」とペトラにハッキリ言われたら、野菜屋のおばちゃんに頼んで普通の水を入れるしかない。
 
「少ない報酬で無理言って、すみません。でも、他に頼る人がいなくて……」

 あぁーそっちか。子供がそんなこと気にしなくてもいいのに。
 飲み物じゃなくて、ペトラがまた謝ってきた。本当に気にし過ぎだ。
 私の家のお風呂掃除は一回二十円なんだから、鉄貨六枚(多分六千円ぐらい)は超高額報酬だ。
 チョロ優しいパパと違って、鬼ママは安い小遣いで私に重労働させる。まったく困ったものだ。

「お父さんが小さい頃にいなくなって、お母さんと二人っきりで暮らしてきたのに、お母さんは私の為に頑張って頑張って働いてくれて、それで倒れてしまって……だから、今度は私が頑張らないといけないんです!」

 間違ってお酒飲んだだけで怒る私の鬼ママと違って、ペトラは屑パパの所為で凄く凄く苦労したみたいだ。
 今にもペトラは泣きそうな顔なのに凄くしっかり話し続けている。
 聞いている私の方が泣きそうだけど、頼れる大人の女として我慢しないといけない。
 それに今、私がしないといけないのは一緒に泣く事じゃないと思う。
『大丈夫だよ』と励ますのが、大人の女がやるべき事だと思う。

「ペトラは充分に頑張っているよ。それに報酬が少ないなら、追加報酬が欲しいかな?」
「はい、私に出来る事なら何でも……」

 だからペトラの顔を見つめながら、ちょっと意地悪な笑みを浮かべて言ってみた。
 深刻そうな表情でペトラが同意してくれたけど、私がお願いしたい事はとても簡単な事だ。

「じゃあ、笑って♪」
「ふへぇ?」

 私のお願いを聞いて、ペトラが変な声を出した。

「頑張っている女の子の笑顔、それが一番の報酬だよ。だから笑って。ペトラが笑っている方がお母さんも嬉しいはずだよ」
「はぁぅ‼︎」

 我ながら恥ずかしい台詞だけど、蔵様に言われたら、私なら死ぬほど嬉しい。
 きっと蔵様なら、喫茶店でチョコレートパフェ奢りながら絶対言ってくれる。
『あ~ん』されて、きっと優しく頭撫で撫でされて『糖死(とうし)』してしまう。

「うぅぅぅ……は、はい……」
「よしよし。今までよく頑張ったね」
「うわあああーんッッ‼︎」

 優しくペトラを抱き寄せると、柔らかい茶色い髪を優しく撫でた。
 大泣きしちゃっているけど、止まない雨はない。
 悲しみの涙もいつかは止んでくれると思う。

 ♢

 ペトラが泣き止んだので、食事休憩を終わらせて、森の中に入ってみた。
 二人で頑張って薬草探しを始めたけど……

「薬草……薬草……薬草って、どれ?」

 雑草と薬草の違いが分からない。
 森を出る時は注意深く見てなかったけど、地面に多数の植物が生えている。
 綿棒みたいな形の黄色いツクシ花。
 蜘蛛の巣のように地面に広がって咲く、朱色の五枚の花弁の花。
 黄金色したイチョウの形の葉っぱが、何十枚も積み重なったジェンガ草。
 木の根元に咲くラッパのような形をした緑色の花……
 
「ねえペトラ。薬草って、どの辺に咲いてるか分かる?」

 全然分からないから、少し離れた場所で探しているペトラに聞いてみた。
 部活でキノコ狩りの経験があるから、キノコと草なら見分けられる。
 でも、薬草は探した事がないから分からない。
 
「えーっと、聞いた話なんですけど、日当たりが良くて、乾燥した場所なら何処にでも生えているそうです。臭いが強烈なのですぐに分かるそうですよ」
「なるほど臭いね……」

 何処にでも生えているなら、街で探しても見つかりそうだけど、探しているのは幻の薬草だ。
 ついでに妖精の薬草は探しても絶対に見つからないから、何処を探しても問題ない。
 必要なのは頑張って探す行為なんだから、結果を求めたら駄目なんだ。
 とりあえず臭い草が薬草なら、ドクダミ草みたいな臭い草を見つけるしかない。
 だったら、目よりも鼻を頼りにした方が良さそうだ。

 クンクン、クンクン……

「あっ、ありました! これが薬草です!」
「えっ⁉︎ 本当っ⁉︎」

 犬みたいに鼻を鳴らして探していると、ペトラが先に見つけてしまった。
 五メートルほどの距離を駆け寄ると、ペトラが指差す地面を見た。

「へぇ~、これが薬草かぁ~」

 ポツンと木の根元から六十センチほど離れた地面にそれはあった。
 二つに分かれた紫色の草の形はウサギの耳みたいで、表面はサボテンみたいに硬そうだ。
 草の外周はノコギリみたいにギザギザしていて、その見た目は茎と花が無いチューリップだ。

「うっ! こ、これを集めればいいの⁉︎」

 そして、その匂いは運動部の部室の臭いがする。シャツに染み込んだ濃厚な男臭だ。
 出来ればあまり集めたくない臭いだけど、一応ペトラに訊いてみた。

「えーっと、これは『耳長みみながギザギザ草』だからいいです。探している妖精の薬草は暗闇の中で蒼白く光るそうですよ」
「へぇ~、そうなんだ……」

 集めなくてもいいのは嬉しいけど、無い薬草よりは、臭くても有る薬草を集めたい。
 怪我する予定はないけど、一応集めておこうかな。薬草なら雑貨屋で多分売れる。

「エイッ!」

 ブチッと臭い兎耳草を根っこごと引き抜いた。
 白鞄に入れるには躊躇する臭いだけど、入れるしかない。
 今日からこの白鞄は臭いの専用鞄にしよう。
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