上 下
13 / 84

第十三話 森で会いたくない動物一位

しおりを挟む
「これは?」
「薬草です」
「これは?」
「薬草です」

 ……臭い草は百パーセント薬草みたいだ。
 見つけた臭い草を引き抜いて、手当たり次第にペトラに確認してもらう。
 丸まっていないキャベツみたいな草は『緑葉っぱデカデカ草』。
 鈴みたいな桃色の小さな花のツボミを沢山付けた細長い草は『雨鈴細々草あめすずほそほそそう』。
 ここまで来ると、生えている草が全部薬草に見えてしまう。

 だけど、探してるのは暗闇で蒼白く光る妖精の薬草だ。
 一応両手で覆い隠して調べているけど、光る草は見つからない。
 エロ爺の雑貨屋で渡されたこの革手袋がなければ、この両手はもうくさっている。
 これだけはエロ爺に感謝感謝だ。臭い革の両手を合わせて感謝した。

 ♢

(夜に探した方が良いかも……)

 薬草詰め込んだ白鞄がパンパンだ。体感で二時間以上は経過したと思う。
 疲れてきたし、ほたると同じで夜に探した方が見つけやすいと思う。
 それに私も鞄ももう限界だ。午後七時の帰宅中に殺されたから、私の体内時計は真夜中だ。
 子供も大人も寝る時間だ。この世界では昼かもしれないけど街に帰って休みたい。
 ついでに街に帰ったら新しい鞄を買って、薬草臭い制服を洗濯したい。

「ペトラ、そろそろ帰ろっか?」

 少し離れた場所で茂みを掻き分けているペトラに聞いてみた。

「も、もうちょっとだけ……」

 こっちを振り向きもせずに捜索続行の返事がかえってきた。

「うん。じゃあ、もうちょっとだけね」
「は、はい……」

 別にサボりたいわけじゃないけど、一生懸命探せば見つかるものじゃない。
 服が汚れるのも気にせずに、ペトラは休まず探し続けている。
 このままだと働き過ぎで倒れたお母さんと同じように倒れてしまう。
 残酷な真実を教えてやめさせる方法もあるけど、きっと止まらない。
 誰かに言われて止まるような軽い思いなら、こんな所まで来ない。

「きゃあ!」
「んっ?」

 ちょっとの時間が分からないまま薬草探しを続けていると、可愛い悲鳴が聞こえた。
 葉っぱに毛虫でも付いていたのだろうか? 声の方を振り向くと……

「えっ? エエッ⁉︎」

 ペトラが地面に倒れていた。
 何が起こったのか分からないけど、急いで駆け寄り助け起こした。

「ど、どうしたの、ペトラ⁉︎ 大丈夫⁉︎」

 お母さんよりも先に、ペトラが死ぬような事は絶対に起きたら駄目だ‼︎
 顔、胸、手、足と大出血みたいな派手な外傷は見当たらない。
 毒虫に刺されたとか、精神的な過労で倒れたのかもしれない。
 だけど心配していると、ペトラの目がパチッと開いた。

「ま、魔物です! 早く死んだフリしてください!」
「……へぇっ?」
 
 超小声だ。超小声で死んだフリしていたペトラが伝えてきた。
 倒れたわけじゃないのは良かったけど……魔物って何?
 死んだフリせずに周囲を探してみた。

「はうっ‼︎」

 三十メートル先の樹木の間にヤバイの見つけて、私もすぐに地面にバタンと寝転んだ。

「ガフッガフッ?」

 狐とか兎とか可愛い魔物なら、腰の短剣をチラつかせて脅して追い払える。
 でも、ノシノシと四つん這いになって歩く、大きな茶色の筋塊(きんかい)は絶対無理‼︎
 体長百八十~二百三十センチ。森で遭遇したくない動物ナンバーワン『熊さん』だ。

(はっ‼︎)

 この草の茂み低過ぎて、全然身体が隠れてない‼︎
 ペトラと並んだ死んだフリは完璧だけど、物凄い大問題に気付いてしまった。
 私達が隠れている草の茂みの高さは膝下以下。しかも隙間だらけ。
 ハッキリ言って、熊から丸見え状態だ。
『あっ、新鮮な死体見っけ♪ パクリンチョ!』と普通に食われてしまう。

(どうしよう⁉︎ どうしよう⁉︎)

 そもそも熊に死んだフリは有効じゃない。
 やった事ないから分からないけど『死体怖い! ぎゃああああ‼︎』と熊が逃げ出す姿は想像できない。
 想像出来るのは太い前足で踏ん付けられる私達の姿だ。

(くっ、これしかない!)

 他に良い手が思いつかない。
 白鞄に右手を突っ込んで、臭い薬草をペトラと私の身体の上にバラ撒いた。
 臭いを嫌って熊が近づかない事を祈るしかない。

(ドキドキ……ドキドキ……)

 薄っすら目を開けて、茂みの隙間から熊がこっちに来ないか確認だ。
 万が一にもやって来たら私が盾になって、何とかペトラだけでも逃すしかない。
 短剣の柄を右手でギュッと握り締めて、祈るように熊の動きを目で追っていく。

(ドキドキ……ドキドキ……)

 ほっ♪ 良かったぁ~。こっちを見向きもせずにノソノソと歩き去っていった。
 私の短剣の出番はまだまだ先のようだ。まあ、永遠に来なくていいけどね。

「ペトラ、行ったよ。危ないから今日は街に帰ろう」
「は、はい……」

 軽く身体を揺すってペトラを生き返らせると、素直に言う事を聞いてくれた。
 流石に怖い熊さんと一緒に薬草探しはしたくないみたいだ。
 童話みたいに『可愛いお嬢さん。妖精の薬草落としましたよ』と親切な熊は追って来ない。
 そうなってくれると非常に助かるけど、あの凶悪そうな面構えは肉食ベアに決まっている。

 ♢

 草原の砂利道を暗い気持ちで歩いて、何とか無事に街に帰還した。
 収穫は多種多様な薬草と悪くないけど、全部ノーマル薬草だ。
 奇跡が起こせるウルトラレアの妖精の薬草は見つからなかった。

 でも、『三人寄れば文殊の知恵』『一本の矢は容易に折れるが、三本まとめてでは折れ難いだ』。
 ノーマル薬草も沢山集まれば、ウルトラレアな効果を発揮してくれると信じている。

「家まで送るよ。お母さんに挨拶したいし、この薬草で薬草料理も作りたいから」

 このまま別れて、宿屋に行くのは人間のする事じゃない。
 料理経験は高校の一年しかないけど、謎の爆発を起こすド素人じゃない。
 薬草洗って、短剣で細かく切って、塩コショウで、『薬草サラダ』ぐらいは作れる。
 薬草洗って、短剣で細かく切って、お湯入れて、『薬草茶』ぐらいは作れる。

「そんな悪いです⁉︎ そこまでやってもらうなんて出来ないです⁉︎」
「ううん、やらせて! やらせてください‼︎」

 ペトラが凄く遠慮しているけど、こっちはもうやる気になっている。
 この神の右手(自称)が『料理を作らせてくれるまで帰らない』と訴えている。

「わ、分かりました。……でも、無理しなくてもいいですよ。もう充分です。本当にありがとうございます」
「フフッ。お礼言うのはまだ早いよ。さあ、早く行こう!」

 小さいのに凄くしっかりしている。
 ペトラが姿勢を正して、ペコリと頭を下げてお礼を言ってきた。
 今日まで何度も頭を下げてきたのか、凄く綺麗なお辞儀だ。
 謝罪と感謝、どっちが多いのか分からないけど、こんな悲しいお辞儀は何度も見たくない。
 早くお母さんに元気になってもらって、心から喜べるようになってほしいな。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

私が死んだあとの世界で

もちもち太郎
恋愛
婚約破棄をされ断罪された公爵令嬢のマリーが死んだ。 初めはみんな喜んでいたが、時が経つにつれマリーの重要さに気づいて後悔する。 だが、もう遅い。なんてったって、私を断罪したのはあなた達なのですから。

異世界でのんびり暮らしてみることにしました

松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

【完結】転生少女は異世界でお店を始めたい

梅丸
ファンタジー
せっかく40代目前にして夢だった喫茶店オープンに漕ぎ着けたと言うのに事故に遭い呆気なく命を落としてしまった私。女神様が管理する異世界に転生させてもらい夢を実現するために奮闘するのだが、この世界には無いものが多すぎる! 創造魔法と言う女神様から授かった恩寵と前世の料理レシピを駆使して色々作りながら頑張る私だった。

【完結】番を監禁して早5年、愚かな獣王はようやく運命を知る

恋愛
獣人国の王バレインは明日の婚儀に胸踊らせていた。相手は長年愛し合った美しい獣人の恋人、信頼する家臣たちに祝われながらある女の存在を思い出す。 父が他国より勝手に連れてきた自称"番(つがい)"である少女。 5年間、古びた離れに監禁していた彼女に最後の別れでも伝えようと出向くと、そこには誰よりも美しく成長した番が待ち構えていた。 基本ざまぁ対象目線。ほんのり恋愛。

初めて本気で恋をしたのは、同性だった。

芝みつばち
恋愛
定食屋のバイトを辞めた大学生の白石真春は、近所にできた新しいファミレスのオープニングスタッフとして働き始める。 そこで出会ったひとつ年下の永山香枝に、真春は特別な感情を抱いてしまい、思い悩む。 相手は同性なのに。 自分には彼氏がいるのに。 葛藤の中で揺れ動く真春の心。 素直になりたくて、でもなれなくて。 なってはいけない気がして……。 ※ガールズラブです。 ※一部過激な表現がございます。苦手な方はご遠慮ください。 ※未成年者の飲酒、喫煙シーンがございます。

処理中です...