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四章
五話
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馬車の後を追って辿り着いたのは、森の中だった。だが、途中で追跡は困難になった。
「ここまでか…」
フリードは地面を注意深く観察し、轍の後を探ろうとするが、難しい。
「どうしましょうか?」
アグリルも四方を見渡すが、馬車が通った様子もないようだ。
フリードは目を閉じ、五感の全神経を集中させた。スパイとして育てられた時、聴覚と視覚を、普通の人の何倍も感じ取れるように、訓練させられた。
感覚を研ぎ澄ませ、聴覚に意識を全集中させると、数百メートル先から、僅かに自然のものではない物音がした。
「多分…こっちだ…」
集中力を深め過ぎると、その代償としてかなりの体力が削られる。
フリードは少し息を切らしながら走り出した。アグリルもその後を追う。
「フリード様、大丈夫ですか?」
「ああ、問題ない」
僅かに聞こえた音を頼りに向かった先は、森の奥にある山小屋だった。
馬車があるわけではないが、再び耳を済ませると、中から人の声がした。
内容は聞き取れないが、一瞬トートの声が聞こえた。
それは一秒程の短いものだったが、確かにトートの声だった。
「今、トートの声が聞こえた。ここで間違いないようだ」
「普通の山小屋って感じがしますが、まさかここに攫った人を監禁しているのでしょうか?」
フリードは木の影に隠れて、小屋の様子を観察する。隣の木に隠れているアグリルも、緊張した面持ちで、山小屋を凝視している。
「何人も入れるようには見えないがな」
山小屋はそこまで大きいものではない。家族が住んでいるとして、三人で住んだとしても、窮屈だろう。
「突入しますか?」
「いや、その前に確認したいんだが、武器は何を持ってきてる?」
アグリルは腰の剣を二本見せた。一つは柄も鞘も黒い長剣で、もう一つは柄は金、鞘は黒に近い紺色の長剣だ。
「え?そりゃあもちろん、俺の愛剣である相棒と、フリード様から賜った剣は、常に帯剣していますが……」
「トートを助けに来たのは俺の意思だ。
もし、俺に危険が及んでも、アグリルはトートの救出を優先して欲しい」
「そんなの、出来るわけないじゃないですか。どんな状態であれ、俺が一番優先すべきはフリード様です」
「全く、全然俺の言う事を聞いてくれないな」
「当たり前です!」
その時だった。人の声が完全に消え、何か鈍い音が聞こえてきた。
「……突入は少し待とう」
「どうしたんですか?」
「もしかしたら、地下室に入っていったかもしれない。今入るのは、危険かも」
「地下室……。なにやら怪しいですね」
アグリルはフッと笑みを浮かべた。何が起こるか分からない、そんな緊張感が二人の間にあった。
フリードはある事を確信して、言うべきか、言うべきでないか、迷っていた事をアグリルに話すと決めた。
「なぁアグリル、俺の仮説を聞いてくれるか?」
「なんでしょう?」
「トートさんは本当に、最近帝都で流行っている、誘拐事件の犯人に攫われたと思うか?」
「さあ?俺はフリード様についてきただけですから。ですが、彼も顔は整っていますし、そうなんだと思っていましたよ」
「おかしいと思わないか。トートさんはパッと見て男性か女性か区別がつかない。
仮に、男性だったとしても誘拐するのは不自然だ」
「トートさんが異端審問官だからですね?外を出歩く時、必ず制服を身に付けているようですし、俺達と一緒にいた時も、目立つ白い服装をしていました」
「ああ。彼を誘拐するなんて、教会に喧嘩を売るようなもんだろう。
ただ見た目の良い男を攫って、例えば人身売買をする場合、俺ならトートさんは絶対に選ばない」
「普通はそうでしょうね。それに、あの時俺達が近くにいました。
わざわざ、トートさんを誘拐した現場を目撃させたみたいな?」
「なぁもしかしたら……」
フリードが仮説を説明すると、アグリルは緊張の面持ちで、冷や汗を一筋流した。
突入の計画を練り直し、フリードは太腿に隠していた拳銃を取り出すと、アグリルと共に山小屋へと歩を進めたのだった。
山小屋の中に入ったと同時に、銃口を室内に向けるが、狭い一室には誰もいなかった。
中央の床に金属の扉があり、開いてみると空洞になっていた。
梯子を降りると、中は真っ暗闇でどこを見ても何があるか分からない。
フリードは服の中に隠し持っていた蝋燭を取り出し、マッチを擦って火をつけた。
「よく蝋燭やマッチなんて持っていましたね?」
「潜入捜査の時、使う事が何度かあったからな。燭台がないから、蝋燭を直に持つ事になるのが、少し不便だが…」
「それなら俺が持ちますよ。フリード様の手を傷付けるわけには……」
「問題ない」
蝋が溶けて持っている手にかかるが、フリードからすれば、痛みを感じる温度ではない。
奥へと進むと行き止まりだ。進行方向と、左右それぞれに鉄扉があり、トートがどの扉に進んだのか分からない。
再びフリードは聴覚を研ぎ澄ませる。
「アグリル、恐らく真っ直ぐの扉に、攫われた男性達が捕えられている。
呻き声や泣き声が聞こえた。左は誰もいない、右は犯人達がいるようだ」
「もしトートが捕えられているいるとしたら、真っ直ぐですね…」
「ああ。だが、俺の仮説が正しければ、こっちが正解だろうな。剣の準備をしておけ」
フリードは蝋燭の火を消して、地面に落とすと、右の鉄扉の取手に手を掛け、勢いよく開く。
そして、銃口を中にいる者達に向けた。
部屋の中にはテーブルが一つ、真ん中に燭台があり、蝋燭が灯っていた。
その周りを、椅子に座っている人物が五人いた。
一番驚いていたのは、部屋の一番奥で一際大きな椅子に座っていたトートだ。
彼は白い服を着ておらず、シャツと長ズボンという軽装をしていた。
他の男達は全部で四人おり、座っていた椅子から立ち上がったものの、武器は持っておらず固まっている様子だった。
「やっぱり、さっきトートさんが誘拐されたのは、狂言だったんだな?」
「フリードさん……。なんだバレてたんですね。折角、良い証言してくれると思ったのに、ここまで来てしまうなんて、予想外ですよ。
よく馬車を追えたものです」
「俺達は少し他の人間とは違うからな。友達ごっこもここまでにしよう。
いちいち敬語で話すのも、面倒だろう?」
トートは考え込むように上に視線を向け、またフリードに戻した。
すぐには撃たれないと自信があるのか、余裕のある表情だ。
「んー。僕の場合、敬語以外の喋り方をした事がないので、この方が楽なんですよね。
それより、僕の誘拐が狂言だと分かったのに、どうしてここまで来たんですか?」
「確証がなかった。トートを誘拐するのはリスクが高いのに、どうしてだと思ったが、他に何か理由でもあるんじゃないかって思ったんだよ。
君が誘拐犯の仲間じゃない事を何度も心の中で祈ったよ」
するも、立ち上がっていた男の一人が、フリードに怒鳴りつけた。
「お前!トート様への不敬であるぞ!敬語で話さないか!」
「へぇ、トートが犯人グループのリーダーって奴か?」
「そんな下品な言い方をするな!我らは、トート様を崇めているだけで、トート様は何も悪事は働いておらん!
誘拐自体は我々がやっているに過ぎないからな!
いいか、凡人のお前らには分からないだろうがな。トート様は生まれた時から、苦しみながら生きてこられた。
だが、その苦しみを乗り越え、神の領域に近付いたのだ!」
長くなりそうな話に、フリードは溜息をついた。
「ちょっと、黙っててくれる?」
フリードが言うと、アグリルがすぐに動き、矢継ぎ早に喋り続ける男の鳩尾を肘で打ち、気絶させた。
他の男達も次々に、手刀や膝蹴りで気絶させられていく。
その間も、トートは余裕の表情でその光景を見ているだけで、何の感情も動かない。
「うるさくてすみません。悪い子達じゃないんです。
僕の姿を見て、悪魔が取り付いていると言う者もいれば、神だと言う者もいてね。
大体のドルーズ教信者は、悪魔であると認識しているのですが、こうして僕の味方になってくれる異端者もいるというわけです」
「異端審問官が、異端者に崇拝されているというのも、変な話だな」
「ふふっ、そうかもしれませんね」
トートは立ち上がると、シャツを脱ぎ捨て、ズボンやその下の下着まで脱ぎ捨てた。
「何を!?」
フリードが止める間もなく、トートは生まれたままの姿になった。
やや膨らんでいる乳房があるが、下半身には男性器がついている。
だが、それ以上に体は傷だらけで、鞭で打たれた跡が、身体中に残っていた。
古傷になっているものが殆どだが、その上から真新しい傷も刻まれている。
「僕は両性具有ってやつらしいんですよ。
男性器の奥には、女性器もあって、妊娠出来る体だそうですよ。
でも僕の心は男なんですよね、なのに胸は膨らむし、月経もある。
なんなんでしょうね、この体は」
フリードもアグリルも、何も答えられなかった。
ただ、目の前の異質な存在に圧倒されていた。トートは続ける。
「生まれてすぐ、僕が両性具有だと知られた時、教会は僕に悪魔が乗り移ったと断定しました。
僕を産んだ両親は、国を追放され、僕も処刑されるところだったそうです。
物心がつくようになってからは、地獄の日々でした。悪魔だから罰を与えなければならない、それから体を清める為だと、毎日鞭を打たれました」
フリードは奥歯をギリ…と噛み締めた。
(この世界はいつもそうだ。弱い者が、何の意味もなく虐げられる)
痛々しいまでの体、トートは辛さなど一切感じさせない。
トートは服を着直すと、ニコリと優しい笑みをたたえたまま、続きを話す。
「……ですが、そんな辛い日々を救ってくれたのは、僕達が初めて出会った町、カメリアの教会長様でした。
神の教えの元で生きれば、悪魔も浄化されると言われてね、僕はずっと教会長様の所有物だったんです」
「教会長を憎んでいるのか?」
「いいえまさか。僕が悪魔の化身だから、異端審問官として、苦しい訓練をさせられたり、悪魔を追い出す儀式として、体を辱められても、僕はそんな事で憎んだりなどしません」
その言葉は本心のようだ。心から誰も憎まず、ただ自身に降りかかる苦痛を受け入れたと、トートの目は語っている。
それはもう、人である事が異常に思える程だ。
「じゃあ、どうしてこんな事を?男性を誘拐した目的はなんだ?」
「目的は、捜査を撹乱させる為ですかね。
今倒れている仲間が作戦を練ってくれたので、詳しい事はよく知りません。
急に僕が消えたら、教会は血眼で探すでしょうが、それまでに男性の誘拐が相次げば、そちらに意識が向かい、僕が急に消えても、逃げるまでの時間稼ぎが出来るとか。
誘拐した男性達は、僕が逃げた後に解放すると聞きました」
トートなりに自由に生きたいと思っているのだろう。
それを否定する事は、フリードには出来ない。
カメリアの教会長が困ろうが、興味もない。
今はただ、目の前にいる友達を救いたい、そんな気持ちが強くなっていた。
「教会から逃げたいって事だよな?それなら、俺達と一緒に来ないか?」
「フリード様!」
アグリルが制止してきたが、フリードは止まらない。
「俺はトートのように、辛い思いをしながらも、気丈に生きている人を知ってる。
上手くすれば、ルーベリアから抜け出せるかも。
俺はもう友達を放置したくないんだよ!」
フリードは手を伸ばした。だが、トートの返事は冷たい否定だった。
「ここまでか…」
フリードは地面を注意深く観察し、轍の後を探ろうとするが、難しい。
「どうしましょうか?」
アグリルも四方を見渡すが、馬車が通った様子もないようだ。
フリードは目を閉じ、五感の全神経を集中させた。スパイとして育てられた時、聴覚と視覚を、普通の人の何倍も感じ取れるように、訓練させられた。
感覚を研ぎ澄ませ、聴覚に意識を全集中させると、数百メートル先から、僅かに自然のものではない物音がした。
「多分…こっちだ…」
集中力を深め過ぎると、その代償としてかなりの体力が削られる。
フリードは少し息を切らしながら走り出した。アグリルもその後を追う。
「フリード様、大丈夫ですか?」
「ああ、問題ない」
僅かに聞こえた音を頼りに向かった先は、森の奥にある山小屋だった。
馬車があるわけではないが、再び耳を済ませると、中から人の声がした。
内容は聞き取れないが、一瞬トートの声が聞こえた。
それは一秒程の短いものだったが、確かにトートの声だった。
「今、トートの声が聞こえた。ここで間違いないようだ」
「普通の山小屋って感じがしますが、まさかここに攫った人を監禁しているのでしょうか?」
フリードは木の影に隠れて、小屋の様子を観察する。隣の木に隠れているアグリルも、緊張した面持ちで、山小屋を凝視している。
「何人も入れるようには見えないがな」
山小屋はそこまで大きいものではない。家族が住んでいるとして、三人で住んだとしても、窮屈だろう。
「突入しますか?」
「いや、その前に確認したいんだが、武器は何を持ってきてる?」
アグリルは腰の剣を二本見せた。一つは柄も鞘も黒い長剣で、もう一つは柄は金、鞘は黒に近い紺色の長剣だ。
「え?そりゃあもちろん、俺の愛剣である相棒と、フリード様から賜った剣は、常に帯剣していますが……」
「トートを助けに来たのは俺の意思だ。
もし、俺に危険が及んでも、アグリルはトートの救出を優先して欲しい」
「そんなの、出来るわけないじゃないですか。どんな状態であれ、俺が一番優先すべきはフリード様です」
「全く、全然俺の言う事を聞いてくれないな」
「当たり前です!」
その時だった。人の声が完全に消え、何か鈍い音が聞こえてきた。
「……突入は少し待とう」
「どうしたんですか?」
「もしかしたら、地下室に入っていったかもしれない。今入るのは、危険かも」
「地下室……。なにやら怪しいですね」
アグリルはフッと笑みを浮かべた。何が起こるか分からない、そんな緊張感が二人の間にあった。
フリードはある事を確信して、言うべきか、言うべきでないか、迷っていた事をアグリルに話すと決めた。
「なぁアグリル、俺の仮説を聞いてくれるか?」
「なんでしょう?」
「トートさんは本当に、最近帝都で流行っている、誘拐事件の犯人に攫われたと思うか?」
「さあ?俺はフリード様についてきただけですから。ですが、彼も顔は整っていますし、そうなんだと思っていましたよ」
「おかしいと思わないか。トートさんはパッと見て男性か女性か区別がつかない。
仮に、男性だったとしても誘拐するのは不自然だ」
「トートさんが異端審問官だからですね?外を出歩く時、必ず制服を身に付けているようですし、俺達と一緒にいた時も、目立つ白い服装をしていました」
「ああ。彼を誘拐するなんて、教会に喧嘩を売るようなもんだろう。
ただ見た目の良い男を攫って、例えば人身売買をする場合、俺ならトートさんは絶対に選ばない」
「普通はそうでしょうね。それに、あの時俺達が近くにいました。
わざわざ、トートさんを誘拐した現場を目撃させたみたいな?」
「なぁもしかしたら……」
フリードが仮説を説明すると、アグリルは緊張の面持ちで、冷や汗を一筋流した。
突入の計画を練り直し、フリードは太腿に隠していた拳銃を取り出すと、アグリルと共に山小屋へと歩を進めたのだった。
山小屋の中に入ったと同時に、銃口を室内に向けるが、狭い一室には誰もいなかった。
中央の床に金属の扉があり、開いてみると空洞になっていた。
梯子を降りると、中は真っ暗闇でどこを見ても何があるか分からない。
フリードは服の中に隠し持っていた蝋燭を取り出し、マッチを擦って火をつけた。
「よく蝋燭やマッチなんて持っていましたね?」
「潜入捜査の時、使う事が何度かあったからな。燭台がないから、蝋燭を直に持つ事になるのが、少し不便だが…」
「それなら俺が持ちますよ。フリード様の手を傷付けるわけには……」
「問題ない」
蝋が溶けて持っている手にかかるが、フリードからすれば、痛みを感じる温度ではない。
奥へと進むと行き止まりだ。進行方向と、左右それぞれに鉄扉があり、トートがどの扉に進んだのか分からない。
再びフリードは聴覚を研ぎ澄ませる。
「アグリル、恐らく真っ直ぐの扉に、攫われた男性達が捕えられている。
呻き声や泣き声が聞こえた。左は誰もいない、右は犯人達がいるようだ」
「もしトートが捕えられているいるとしたら、真っ直ぐですね…」
「ああ。だが、俺の仮説が正しければ、こっちが正解だろうな。剣の準備をしておけ」
フリードは蝋燭の火を消して、地面に落とすと、右の鉄扉の取手に手を掛け、勢いよく開く。
そして、銃口を中にいる者達に向けた。
部屋の中にはテーブルが一つ、真ん中に燭台があり、蝋燭が灯っていた。
その周りを、椅子に座っている人物が五人いた。
一番驚いていたのは、部屋の一番奥で一際大きな椅子に座っていたトートだ。
彼は白い服を着ておらず、シャツと長ズボンという軽装をしていた。
他の男達は全部で四人おり、座っていた椅子から立ち上がったものの、武器は持っておらず固まっている様子だった。
「やっぱり、さっきトートさんが誘拐されたのは、狂言だったんだな?」
「フリードさん……。なんだバレてたんですね。折角、良い証言してくれると思ったのに、ここまで来てしまうなんて、予想外ですよ。
よく馬車を追えたものです」
「俺達は少し他の人間とは違うからな。友達ごっこもここまでにしよう。
いちいち敬語で話すのも、面倒だろう?」
トートは考え込むように上に視線を向け、またフリードに戻した。
すぐには撃たれないと自信があるのか、余裕のある表情だ。
「んー。僕の場合、敬語以外の喋り方をした事がないので、この方が楽なんですよね。
それより、僕の誘拐が狂言だと分かったのに、どうしてここまで来たんですか?」
「確証がなかった。トートを誘拐するのはリスクが高いのに、どうしてだと思ったが、他に何か理由でもあるんじゃないかって思ったんだよ。
君が誘拐犯の仲間じゃない事を何度も心の中で祈ったよ」
するも、立ち上がっていた男の一人が、フリードに怒鳴りつけた。
「お前!トート様への不敬であるぞ!敬語で話さないか!」
「へぇ、トートが犯人グループのリーダーって奴か?」
「そんな下品な言い方をするな!我らは、トート様を崇めているだけで、トート様は何も悪事は働いておらん!
誘拐自体は我々がやっているに過ぎないからな!
いいか、凡人のお前らには分からないだろうがな。トート様は生まれた時から、苦しみながら生きてこられた。
だが、その苦しみを乗り越え、神の領域に近付いたのだ!」
長くなりそうな話に、フリードは溜息をついた。
「ちょっと、黙っててくれる?」
フリードが言うと、アグリルがすぐに動き、矢継ぎ早に喋り続ける男の鳩尾を肘で打ち、気絶させた。
他の男達も次々に、手刀や膝蹴りで気絶させられていく。
その間も、トートは余裕の表情でその光景を見ているだけで、何の感情も動かない。
「うるさくてすみません。悪い子達じゃないんです。
僕の姿を見て、悪魔が取り付いていると言う者もいれば、神だと言う者もいてね。
大体のドルーズ教信者は、悪魔であると認識しているのですが、こうして僕の味方になってくれる異端者もいるというわけです」
「異端審問官が、異端者に崇拝されているというのも、変な話だな」
「ふふっ、そうかもしれませんね」
トートは立ち上がると、シャツを脱ぎ捨て、ズボンやその下の下着まで脱ぎ捨てた。
「何を!?」
フリードが止める間もなく、トートは生まれたままの姿になった。
やや膨らんでいる乳房があるが、下半身には男性器がついている。
だが、それ以上に体は傷だらけで、鞭で打たれた跡が、身体中に残っていた。
古傷になっているものが殆どだが、その上から真新しい傷も刻まれている。
「僕は両性具有ってやつらしいんですよ。
男性器の奥には、女性器もあって、妊娠出来る体だそうですよ。
でも僕の心は男なんですよね、なのに胸は膨らむし、月経もある。
なんなんでしょうね、この体は」
フリードもアグリルも、何も答えられなかった。
ただ、目の前の異質な存在に圧倒されていた。トートは続ける。
「生まれてすぐ、僕が両性具有だと知られた時、教会は僕に悪魔が乗り移ったと断定しました。
僕を産んだ両親は、国を追放され、僕も処刑されるところだったそうです。
物心がつくようになってからは、地獄の日々でした。悪魔だから罰を与えなければならない、それから体を清める為だと、毎日鞭を打たれました」
フリードは奥歯をギリ…と噛み締めた。
(この世界はいつもそうだ。弱い者が、何の意味もなく虐げられる)
痛々しいまでの体、トートは辛さなど一切感じさせない。
トートは服を着直すと、ニコリと優しい笑みをたたえたまま、続きを話す。
「……ですが、そんな辛い日々を救ってくれたのは、僕達が初めて出会った町、カメリアの教会長様でした。
神の教えの元で生きれば、悪魔も浄化されると言われてね、僕はずっと教会長様の所有物だったんです」
「教会長を憎んでいるのか?」
「いいえまさか。僕が悪魔の化身だから、異端審問官として、苦しい訓練をさせられたり、悪魔を追い出す儀式として、体を辱められても、僕はそんな事で憎んだりなどしません」
その言葉は本心のようだ。心から誰も憎まず、ただ自身に降りかかる苦痛を受け入れたと、トートの目は語っている。
それはもう、人である事が異常に思える程だ。
「じゃあ、どうしてこんな事を?男性を誘拐した目的はなんだ?」
「目的は、捜査を撹乱させる為ですかね。
今倒れている仲間が作戦を練ってくれたので、詳しい事はよく知りません。
急に僕が消えたら、教会は血眼で探すでしょうが、それまでに男性の誘拐が相次げば、そちらに意識が向かい、僕が急に消えても、逃げるまでの時間稼ぎが出来るとか。
誘拐した男性達は、僕が逃げた後に解放すると聞きました」
トートなりに自由に生きたいと思っているのだろう。
それを否定する事は、フリードには出来ない。
カメリアの教会長が困ろうが、興味もない。
今はただ、目の前にいる友達を救いたい、そんな気持ちが強くなっていた。
「教会から逃げたいって事だよな?それなら、俺達と一緒に来ないか?」
「フリード様!」
アグリルが制止してきたが、フリードは止まらない。
「俺はトートのように、辛い思いをしながらも、気丈に生きている人を知ってる。
上手くすれば、ルーベリアから抜け出せるかも。
俺はもう友達を放置したくないんだよ!」
フリードは手を伸ばした。だが、トートの返事は冷たい否定だった。
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