離宮の愛人

眠りん

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四章

四話

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 朝になってすぐにカメリアの町に別れを告げ、フリード達は帝都まで馬車を走らせた。
 二日かかる道のりを、途中の町に寄って、泊まりながら進む。
 フリードは新しい町に着く度、アグリルを連れて出歩いて、その間ジールは宿で待機していた。

 酒屋で情報収集をするも、既に知っている情報ばかりだ。
 それ以上は何も得られなかった。

 だが、そこで不穏な噂話を聞いた。それは怪しい店が並ぶ一角を歩いていた時だ。
 胸元を強調した、娼婦と思わしき二人がフリードを誘ってきた。

「ねぇお兄さん達、少し遊んでいかない?」

「私達、慣れてるから乱暴にしてもいいわよ」

 女性は二人共かなりの美人だ。こんなところで客引きなどしなくても、男の方から寄ってきそうだ。

「その誘いには乗れないよ。どうして俺らに声を掛けたの?
 金を持っていそうな男は他にもいるだろうに」

 アグリルが訊ねると、一人の女性が悩ましげに溜息を吐いた。

「私達、別に娼婦じゃないわよ。可愛い男の子が好きで、二十歳前後の若い男と一夜限り遊びたいだけ。
 相手がお金を持っているかは関係なく、顔で選んでるのよ」

 するともう一人の女性も頷いた。

「そうそう。勘違いして言い寄ってくる男とか、お断りなのよね。
 でも最近、若い男がいなくなっちゃってね、ここには旅行がてら、男遊びをしに来たの」

「なんか帝都で、若くて見目の良い男が連れ去られる事件が起きてるらしくて、自分がイケメンって自覚ある人は引きこもってるみたい」

「だから私達、ここまで来ないと、お遊びが出来なくてつまらないのよね。そろそろ結婚しろって神様が促しているのかもしれないわ」

 女性達はそう言いながら立ち去って行った。
 フリード達は宿に帰ると、その事をジールに報告した。

「帝都で若い男が…ね。まぁフリードはアグリルがいるから大丈夫だろう。
 今回、スティラ村に行って身を潜めるのが第一優先だ。ルーベリアの問題はルーベリアの者が解決するだろう。
 俺達が関わる事は言語道断。巻き添えを食らう前にさっさと行動した方が良さそうだな」

 フリードもアグリルもそれに異論はなく、二人揃って頷いた。
 そして二日かかって、ようやく帝都に着いたのだった。

 帝都は今までの町と比べて別格だった。大きな広場には、旅芸人が曲芸を披露していたり、出店も数多く並んでいる。
 行き交う人の数も多いので、ボーッとしていると人波に流されそうだ。

 城下町の先に大きな城がそびえ立っている。ヘイリア帝国の皇城よりも一際大きな造りだ。
 そして、城の対極に位置する場所に大きな教会が建っている。今までの町にも教会は建っていたが、大きさも存在感もまるで違う。
 ここが本拠地なのだろう。

「そういえばジール、どうして帝都に寄ったんだ?」

 フリードが聞いた。スティラ村に行くだけなら、帝都に寄る必要はない筈だからだ。ジールは少しバツが悪そうな顔で、フリードとアグリルに聞き返した。

「悪いけど寄り道していい?」

 ジールが向かった先は、大通りを抜けた先だった。あんなに集まっていた人々は徐々に少なくなっていき、たまにすれ違う人がいるだけだ。
 フリードはキョロキョロと周りを見ながらジールについて行き、その後にアグリルが続く。

「こっちは人が少ないんだな?」

「こっちは民家が集中してるからね。住んでる人くらいしか来ないよ。
 あ、目的地はここだよ。ただーいまー」

 ジールは石造りで出来た家の扉をガチャリと開き、ズカズカと入っていった。
 少し困惑しながらも、その後に続いて家の中へ入った。
 すると奥から初老の女性がニコニコした笑顔で出てきた。

「あれま、ジール。帰ってくるなら連絡くらい寄越しなさいよ。後ろの二人は友人かい?
 狭いとこだけど、くつろいでいきなさい」

 女性は奥から椅子を持ってきて、テーブルの周りに置いた。普段は二人で使っているのだろう、四つの椅子に皆それぞれ座った。

「母ちゃんありがとう」

「いいんよ、それより嫁さんと孫達は元気してるのかい?」

「うん。元気にヘイリアで食堂を営んでるよ。ヘイリアとルーベリアの問題が片付いたら、遊びに来てくれよ。
 母ちゃん達、なかなかルーベリアから出ないから、全然会えなかったし」

「うんうん、そうするよ。お前の顔みたら父ちゃんも喜ぶよ」

 ジールは楽しそうに母親と会話をしており、フリードもアグリルも微笑ましい顔で話を聞いていた。

「そうそう、ポッポンが手紙を置いていったよ。
 ボスさんにはまだ着いてないですって返事をしておいたからねぇ」

「母ちゃん…、勝手にポッポンをボスに送るなって言ってるのに。俺がここに来たのも、ポッポンを回収する為だったんだぞ。
待たなきゃいけなくなるじゃんか」

「あらま、ごめんねぇ。私もボスさんに、挨拶がしたかったから、勝手な事をしちゃったんだねぇ」

「いいよ。ポッポンが戻るまで、ここに滞在してもいい?」

「いいよ。お友達のお二人も、ゆっくりここにいていいからねぇ」

 にこにこ顔の母親が、手紙をジールに渡した。フリードは少し怪訝な顔になる。

(彼女はジールの仕事をどこまで知っているのだろうか)

 ポッポンは伝書鳩で、ルーベリアにいる間、ボスとジールはそれでやり取りをすると話していた事があった。
 ポッポンやボスの事を知っている限り、サマエルの事も知っているように思えたが、フリードもアグリルもその事には触れなかった。

 それからフリード達三人は、昔ジールが使っていた部屋に通された。
 しばらくここで宿泊する事になった。

「ジール、実家に行くならそう言ってくれよな」

 フリードが文句を言うが、ジールは呑気に笑った。

「まぁいいじゃないか。ポッポンの手紙のやり取りをするのに、一度ここに来る必要があったんだ。
 ポッポンはこの実家までは来てくれるけど、スティラ村までは来てくれない。
 俺もスティラ村に滞在するから、ポッポンを一度村に連れて行かないと。
 あくまで一度来た場所に戻るという習性を利用しているからね」

「そういう仕組みになってるんだ?」

 アグリルも不思議そうに問いかけた。

「そう。だからポッポンが到着するまでここに待機だね」

「そういう事なら、俺、街の探索に行ってくるわ」

 フリードがそう言って部屋を出ようとすると、アグリルも一緒についてきた。

「それなら俺も行きます!」

「じゃあ俺はここにいるから。フリードは人さらいに注意してよ。
 アグリル、フリードから目を離さないように」

「はい、もちろんです!」

 ジールが言うとアグリルは大きく頷き、フリードの後を追いかけていったのだった。

 再び城下町へと戻っきてたフリードは、まず情報収集の為に色々な店を回った。
 どこも、最近若い男性が連れ去られている話で持ち切りで、最近は子供も連れ去られる事があるようだ。
 全員顔の良い男で、人通りが多い場所は男性も多いが、裏通りに行くと殆ど人の影はなかった。
 夕方になると夕日も沈み、辺りが暗くなってきたところで、アグリルが帰るよう促してきた。

「フリード、そろそろ戻った方が。誘拐される可能性もありますし」

「そうだな。アグリルが誘拐されても面倒だし」

「危ないのは、俺よりフリードですよ」

「そうかな?まぁ、大体の街の地理は把握したし、帰るか」

 フリードは元々自分の容姿が整っている自覚などなかったが、ウェルディスが会う度に可愛いとか、顔が綺麗だと褒めてくるので、さすがに客観的にどう見られているかを知っている。
 誘拐されたところで、自己解決出来ると自信があるし、特に心配していなかった。
 
 来た道を戻り、フリードが曲がり角を曲がった瞬間、横から出てきた相手にぶつかり、フリードは後ろへよろけた。

「フリード!?」

 すぐにアグリルがフリードの肩を支えるが、ぶつかった相手は尻もちをついてしまった。

(最近よくぶつかるなぁ…)

 フリードがその者に目を向けると、驚いた事にトートだった。

「あれ、トートさん!?」

「あっフリードさん!」

 トートは起き上がると、驚いた顔を見せた。背後で、アグリルが警戒する。

「よくぶつかりますね、僕達」

「たまたまとはいえ、すみません」

「二度あることは三度あると言いますし、僕も気を付けます」

 トートはにこにこと優しい笑みを浮かべた。

「トートさんも帝都に向かうと聞いていましたが、この広い帝都で会えるなんて、思ってもみませんでした」

「僕もです。人生でたった一人のお友達…、また会える事を楽しみにしています」

 トートは右手を左胸に添えて、恐らくドルーズ教の敬礼らしき動きをした。フリードも真似する。

「ええ、また会いましょう」

 トートが身を翻し、走り去った時だった。ガラガラと馬車が走る音が聞こえてきた。
 その馬車はフリードとアグリルの前を通り過ぎ、トートのそばで停車すると、黒いローブを頭から被った人物が、馬車から降りてきた。

 フリードはなんだか嫌な予感がして叫ぶ。

「トートさんっ!」

 だが、黒い人物はトートのみぞおちを殴り、倒れ込んだトートを担いで馬車に乗ると、走り去って行った。

「アグリル!俺はあの馬車を追う!アグリルはジールを呼んで、加勢に来てくれて!」

 フリードが走り出すと、アグリルはフリードのすぐ隣を走った。

「アグリル!?」

「その命令は聞きかねます」

「俺達が追ってるのは、恐らく若い男性を誘拐しているという犯人だろう。
 それをジールに伝えるんだ。俺は事件解決でなく、トートさんを助ける事だけを目的にする為、深追いはしない!だから!」

「それだけなら、俺達でもどうにか出来るでしょう。
 俺は騎士として、あなたの身の安全を守る必要があります。例えフリード様の命令であっても、その命令だけは聞けません!」

「ジールがいれば、良い作戦を出してくれると思ったんだが…仕方ない。
 失敗して、二人とも死ぬような事があっても恨むなよ!」

「望むところです!」

 フリードとアグリルは、道にかすかに残った轍の後を追った。
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