離宮の愛人

眠りん

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三章

八話

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 そして再審の日がやってきた。
 フリードは弁護士姿で、弁護士席へ座った。傍聴席は多くの人がいたが、一番右奥の席だけ、人々が避けるように座っている。
 ウェルディスがやってきて、騒ぎにならないよう端に座ったのだが、それでも周りは驚いて騒然としている。

 全帝国中が注目している裁判だ。一階席は埋まってしまい、二階から覗いている者が多い。


 裁判が開始されると、元サーシュ侯爵夫人が現れた。彼女は徐々に体力を取り戻しており、車椅子だが健康状態は良さそうに見える。
 以前のように薬物中毒でおかしくなる事もなく、毅然とした態度で検事からの問いに受け答えをしていた。

 そしてようやく。麻薬は盛られたもので、判断力が狂った状態で公爵の言葉に操られて殺人を犯してしまった事が明らかになった。
 公爵の事を言えば息子を殺すと脅されていたと、今は公爵が亡くなったから話せるのだと言い、その上で自分の意見をはっきりと打ち明けた。

「脅されていたのは事実ですが、殺したのも事実。このまま刑を受け入れる所存です」

 裁判長は静かに口を開いた。

「主文。被告を有罪とする。殺人罪として、一年間の投獄とする」

「裁判長……!」

 元侯爵夫人は驚きの顔を見せた。殺人罪は終身刑か死刑が殆どだ。今まで、ここまで軽い刑罰になる事は有り得なかった。

「確かに、脅された時点で警察に相談するなり、弁護士を雇うなりすれば、ここまでの騒ぎにはならなかったであろう。
 だが、麻薬で判断力を失わされたのも事実。情状酌量の余地があると判断した。
 意義がなければ閉廷する」

 無罪にはならなかったが、弁護士としては良い成績を残す事となった。今後フリードが弁護士になる事もないだろうが。


 その数日後に元サーシュ侯爵の再審が始まった。夫人同様、見物人が多い。この日もウェルディスが来ていたので大騒ぎだ。

 フリードは前回と同じ主張をし、元侯爵も同じように答弁をする。前回と違うのは、今回は確実に真実の証言をする証人がいる事だ。
 元侯爵家に仕えていた者達、ルブロスティン侯爵家で働くメイド達や、ギルセン等公爵の罪を把握していた者達。

 ようやく不倫は事実無根である事が証明された。
 無罪となった事で、ウェルディスがその場で立ち上がった。
 本来、裁判に関わってはいけない原則だが、その場にいる者は誰も異論を唱えず黙って皇帝と元侯爵を見守った。

「サーシュ侯爵、この日を待ちわびていた」

 ウェルディスは今にも泣きそうな顔で元侯爵を見つめた。すると、元侯爵は片膝を着いて敬意を表した。

「……陛下!」

 今にも泣きそうな、震えた声だった。ウェルディスは続ける。

「今よりサーシュ侯爵の名を戻す。サーシュ領や屋敷の管理は問題ない。すぐに屋敷に戻り、落ち着き次第元の仕事に戻るよう命ずる」

「はい、有難き幸せに存じます」

 サーシュ侯爵に戻った彼は、涙を流しながらウェルディスを見つめている。その場にいる誰もが、二人のやり取りを感動して見ていた。

 爵位を戻し、帝国軍第三隊の隊長に戻る事が出来た。一人侯爵邸へ戻り、少しずつ以前働いていた使用人達を戻している。
 裁判が終わった後、ウェルディスはフリードに、これから忙しくなると嬉しそうに語ったのだった。





 そして、ルブロスティン公爵となったアナスタは、サーシュ侯爵への償いとして再興の助力を惜しまず、家具や生活に必要なものを用意した。
 急にやってきたアナスタに驚いた侯爵は、彼と二人きりで会談の席を設けた。

 アナスタはしっかりと侯爵と目を合わせて謝罪をした。

「この度は申し訳ありませんでした」

「いえ、あなたには感謝しかありません」

「私は……、ヘイリアの剣としてこの国を支えたい。それにはサーシュ侯爵、貴殿の存在は不可欠です。援助をするのは当然です。
 これからはお互い協力し合えませんか?
 父の事でルブロスティン公爵家を恨む気持ちは分かりますが、感情を抜きにして帝国の未来を守りましょう」

「確かに前公爵様へは恨みもございますが、公爵様と弟君には何も罪はございません。
 それに、妻がお母上を殺しただけでなく、私の愚息までもがお父上を……。私の方こそ恨まれて当然なのに、ここまでしていただいて感謝しかありません。
 この恩はいつか必ずお返し致します」

「いえ、謝るべきはこちらです。
 ルベルトは、公爵家に引き取られてからずっと虐待を受けていたようです。
 それと……ルベルトは父上の罪を知ってしまったそうで、復讐を果たしたのだと書き置きがあったそうです。
 この件については父上の自業自得だと思っております」

「ですが、それでも殺人はしてはいけなかった」

 侯爵は歯を食いしばった。後悔しているのだ、先代公爵がルベルトを引き取りたいと言ってきた時に無理にでも拒めば良かったと。
 どんな目に遭ったとしても、それだけは阻止しなければならなかったと。

 そんな侯爵の胸の傷を癒すように、アナスタは優しい言葉をかけた。

「ルベルトがした事は、全てサーシュ侯爵夫妻、あなた方の為にした事ですよ。そして、そのお陰で父の罪が明るみになったのです。
 私はルベルトを恨みはしません。そして、事実を世間に広めるつもりです。彼がいつ戻ってきても良いように……」

「公爵様」

「今、ルベルトの罪を軽くしてもらうよう嘆願書の署名を求める運動をしております。
 改めて弟を連れて謝罪に参ります」

「いえ、こちらも。妻が釈放され次第、改めて謝罪に参りたいと思います」

 アナスタは手を差し出し、侯爵はその手を握った。貴族派筆頭だったルブロスティン公爵と、皇帝派のサーシュ侯爵。
 長い間、敵対関係にあった両家が初めて和解した瞬間だった。

 失ったものは大きく、お互いの傷も癒えていない状況だが、だからこそ支え合えるだろうと、しっかりと手を握り合ったのだった。





 帝国中が注目した二つの再審。それが終わってから三日後、司法局の奥にある拷問塔……その一番最上階にある暗く、薄気味の悪い雰囲気の部屋でもう一つの裁判が開かれていた。

 決して表に出る事はない、誰も知る事の出来ない、司法局の闇。裏裁判である。
 この裁判が開かれるには三種類ある。
 一つ目は捕らえたスパイを拷問の後、どんな処遇を下すか判断する為の裁判。
 その殆どが死刑判決となり、人体実験で散々利用された後に処刑されるが、殆どは人体実験中に耐えきれずに死んでしまう。

 二つ目は、皇族間で起こった事件だ。皇帝自らが裁判長を務め、解決を促すのが目的だ。
 この裁判は後に書面で公開しても良い事になっている。

 そして三つ目は表の裁判にかけられない貴族の裁判だ。実際は重罪とされるが、司法取引によって罪が軽減される場合だ。

 被告席にはマルガルタ。弁護士はフリードと、その助手にサマエルのボスがついてきた。
 検察役はアナスタだ。彼は公爵であるという事に加え、父の愛人だったマルガルタを責める権利があると配役された。
 そして、裁判長はウェルディスだ。一番高い位置から全員を見下ろすように座っている。

「これにて、先代ルブロスティン公爵の不倫事件について裁判を行う」

 ウェルディスの顔は厳しく、フリードが見ても背筋が凍りつきそうな程、暗い目つきでマルガルタを睨んでいた。
 当然マルガルタも恐ろしさからか、身体を震わせていた。
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